6月 広島市東区東蟹屋町にある東区民文化センター第2スタジオで「五色劇場の試演会『新平和』」を観る。

昨日、広島アクターズラボで生まれた五色劇場の試演会「新平和」を観に行った。


現在は広島平和記念公園となっている場所である中島地区をモチーフに、原爆投下前は賑わしく生活していたその地区のとある家族の一人の少女を起点に、各俳優がそのまわりの人々を演じた群像劇となっていた。


劇がどうこうというより、原爆というテーマについて考えさせられた。


関東で生まれ育った自分は広島に来て原爆についてより知ることになった。今だってどの程度知っているかといえば、ほとんど知らないといえるが、それ以上にまるで知らない自分がいた。原爆の影響と範囲など考えたことなどなく、広島県がどのくらいの広さでどんな街があるか知らなくて、お好み焼きは知っていてももみじ饅頭は知らず、厳島神社がある県だと知らなかった。原爆についての知識はすべてはだしのゲンからだ。


そんな自分が広島に来て、少しの興味で原爆について知ったことで驚いたことの一つが、平和記念公園という場所には息づいた人人の暮らしがあって、今は面影が地中に埋まるのみで一切見当たらないことだった。


平和記念公園から西へ本川橋を渡れば、戸建てやマンションがあって人人の暮らしを感じられる。東へ元安橋へ渡れば、本通りへ続く賑やかさで人人の生活圏を感じる。しかし平和記念公園ははるか昔から公園であったと錯覚させるほど整然としていて、昔は材木町などと呼ばれた営みなどまったくない。


ここに原爆の凄まじい破壊力とまったくの無から記念となる公園を作った人人の忘れさせてはならないという冷徹なまでの意志を感じることもできなくはない。


劇を観ていて、ある瞬間にこんなことが頭に浮かんだ。「また原爆か、もう疲れたよ」。不謹慎だが、正直な感想だ。広島に来てから街のいたるところに存在する遺構や新聞記事などに見飽きて、引っ越してきた当初の、よそ者だからこその好奇心で気にして引き起こされていた感情の揺れは、たしかに集中して向かえば今も覚えるが、無意識に避けていることを被爆者に関する新聞記事をとばしている自分が知っていた。


広島弁も今はカープと同じで倦み疲れた。


しかしカープと広島弁は正直どうでもいいにしても、原爆に関しては疲れようが、忍耐を持って向き合い続けなければならないことを知っている。


ふと、職場の人で原爆についての話をしたことのある人は、実際に身内が被爆した一人の年配の人だけで、それ以外の人は平和記念式典に参加したとも聞いたことがない。改修工事が行われていることさえ知らないのではと思える人ばかりだ。


原爆について関心のある人はたしかに少なからず存在するが、カープに対して盲目的に関心のある人ほど多くはない。カープぐらい気にすればいいのにと思うが、ふと、とっくに飽きてしまい、疲れて、原爆について少しでも考えることが億劫になったりしているのかと思った。広島に来たばかりの自分に比べてはるかに長い年月も原爆という歴史について触れなければならなかった広島の人に、よそから来た自分が何を言えよう。何も言えやしないだろう。原爆の歴史は広島に住んでいる人にとっては気象の変化ほど身近で、時たま雨が降るような頻度で原爆について触れずにはいられず、ある季節には一斉に情報が溢れてくる。


劇を観てそんなことを思った。


広島という街が消滅するまで、この街は原爆を材料に記事を起こしたり、劇を作っていく宿命がある。被爆者がいなくなれば、原爆は歴史の一つとして扱われ、生身の体験による生きた証言は時間によって風化していくのは避けられない。それでも歴史的な出来事は忘れさられることも決して無い。関ヶ原の戦いくらいのものになるだろうか。


とにかく、広島にいる限りは、可能な範囲で原爆についての知識を深め、もう疲れたと思っても、決して情報を得ることを遮断して考えを停止してはいけないのだろう。それがこの街に住む人間の当然の役目として受け止め、疲れた疲れたとぶつぶつ愚痴りながらでも、わずかでもいいから、風化を抑える防風林のように曲がってでもそこにいないといけないのではないだろうか。

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