きゅっきゅちゃん、十八匹目

 ペットショップ。

 といっても、この店にペット……動物自体は売っていない。この-街-ではどこでもそうなのだ。

 動物を飼うのに必要な道具や、えさなどが売っているだけ。

 じゃぁ、動物自体はどこで入手するか。

 ブリーダーや牧場か、それかもとから飼ってる誰かに譲り受けるのだ。

 もしくは、保護施設……アニマルシェルターを活用する……か。

 なので、ここには餌やらアイテムを買いに来る人しかいない。

 で、俺たちも餌や巣箱などを買いにきたわけなんだけ、ど……。

「でもきゅっきゅちゃん用のえさってないよね?」

 そもそも、きゅっきゅちゃんはあの牧場にしかいない訳で、ペットとして飼うのは俺が初めてらしい。つまり、ペットショップでそういうものは入手できないのだけれども。

 あ、そう言えばマツヤさん? 牧場主はペレット食わせてたっけ……総合飼料買えばいいのか?


 ユウキは首を傾げてきょとんとした顔をする。

 餌が売ってないとか、そらそうだろ。とでも言いたげな顔だった。

「なんでも食うぞ。動物じゃないから。何食っても死なない」

 と、俺にだけ聞こえる声でユウキが答える。

「ん?」

「スライムから進化したんだってば。だからもとは?」

 あぁ、魔物。

 そういえば、言ってたな。

「じゃぁ、専用の餌は要らないのか」

「ん。さすがにチョコばっか食わせたら太るけど」

「やったな? その口ぶり、チョコばっか食わせたな?」

 ユウキは目線を泳がせて口笛を吹いている。

 吹きそこなってるぞ、おい。

「まぁまぁ、リードと、トイレとトイレ砂、ペットシート……食器、あとは……おやつのジャーキーくらい買ってやれば良いんじゃないか? あ、あとケージ。消臭グッズとかあってもいいかも」

「えぇ……閉じ込めるつもりないんだけど……」

 眉を潜めて怪訝に呻けばユウキは朗らかに否定する。

「持ち出す用。万一の時に、な」

 あぁ、なるほど。

 納得、と頷いて店内を改めて見る。

 さまざまな道具が並んでいた。

 結構広い店内のはずなのに、ところ狭しと並んだ商品のせいで狭く感じる。

 首輪、ケージ、衣装、食料、嗜好品……おもちゃ。

「あ。ぬいぐるみかわいい」

「あー、ぬいぐるみほしいの?」

 ぬいぐるみが陳列しているゾーンが目に留まり、呟けば、ユウキが覗き混んできた。

 ……なんというか、気安いなぁ……別にいいんだけど、さ。前世でも数度喋った程度なのに、そこまで気安いのは……友達って訳でもなかったのにな。……嫌じゃないけどさ。

 ただ、中身は野郎だけど、少女の、しかも美少女の顔が近くに来ると……キョドるでしょ!?

「いや、欲しいわけじゃ……」

 と、口をもごらせる俺。

 いや、欲しいわけじゃないんだけど……きなこ、一匹だけだから、一人は寂しいし? 似たぬいぐるみでもいれば、寂しくないかなって。

 俺も学校があるしねぇ……ずっと一緒にいることはできないわけで。

 だが、そこらへんの考えは口に出さなかったのでユウキには伝わらない。

 ユウキは首をかしげてから新たな提案を口にした。

「買うならぐるみ屋行こうぜ?」

 新しい店の名前が出た。

 ぐるみ屋?

 いや、ぬいぐるみ屋なのは何となく想像できるけど。

「知り合いがやってる人形屋。時間かかるけど、オーダーメイドもやってくれるし」

 ほう? ならあれか。きなこそのままのぬいぐるみを作ってくれるのか? 

「考えてることが透けるぜー?」

 ニヤニヤと笑みを浮かべるユウキに、俺はきまづい笑みで誤魔化すことにした。


「きなこー」

「きゅきゅーん?」

 呼べば反応し、寄ってきてくれる。

 きなこはもう自分の名前を認識したらしい。

 ……おや、アホの子ではなかったのか?

「お前の住処、どれがいいかなぁ」

 色とりどりの持ち運び用ケージを前にきなこへきいてみる。……まぁ、返事が返ってくるわけないんだけどさぁ……

 とか言ってると、一通り間近できなこがケージを見、そしてクリーム色のプラスティック製らしいポータルケージを伸ばした手でたしたし叩く。


 あ、それがいいの?


 それからきなこはトイレコーナーまで這い、またクリーム色の猫用らしいトイレをたしたし叩く。

 こ、こいつ……めっちゃ賢い?! つか、意思を伝える能力あるのか?!

 驚愕だった。アフォの子だとばっかり……。

「……だから、考えが透けるってば……」

 ついでにその勢いできなこに散歩ひもも選んでもらった。

 赤い、ハーネスリード。

 首輪じゃなくて、胴体で固定するやつ。

 いいチョイスだと思った。


 あ。こいつ、賢いな?

 

「あ、食器、かぁ……」

「あと水のみな。きゅっきゅちゃんはわりと水のむの下手なやつおおいんだよなぁ……」

「へぇ……」

「きゅーきゅー」

 ユウキとしゃべっているときなこがからんころんと食器をつついていた。

 これまたクリーム色の深皿……ってクリーム色好きだなぁ?!

「あ、ユウキ」

「おん?」

「きゅっきゅちゃんって色の認識どうなってんの?」

 好奇心で尋ねてみる。

 や、カラーで見えてるのか、どうなのか。

 クリーム色に何かしらの魅力あるのかなって。

「……」

 ユウキが視線を泳がせた。

 それから目を閉じる。

 数拍。

「へぇ……そうなのか。……ハルト、人間とほとんど一緒だってさ。カラーで見えてるらしいぞ」

「おい、いま誰に聞いた」

 開発元(無論システムの優樹)に問い合わせたな?

 

 まぁ、そうか。きなこ……色の感覚あるのか。

 やっぱクリーム色好きなのか。

「きゅっきゅーきゅっきゅちゃん、きゅきゅきゅ」

 めっちゃ喋るなきなこ。

 詳細な内容は全くわからないが、何となく……楽しそうである。

 え、水入れも決めた?

 吊り下げ式の、こう……ハムスターとかが使ってそうな形の……ウォーターノズル? 

 それの、猫用の水いれをご所望していた。

 ほう、こぼさなくて良さそう……なのかな?


 一式揃えてみたが……

「こんなもん?」

「一気に買っても持てないでしょ……」

「あ、そっか」

 確かに、ケージの時点で結構重い。

 プラスチック製の、ポータブルケージだが、それでも俺には少々重い。

 ユウキが運んでくれるそうなので、あまり気にしてなかったけど、それでも限度があるか。

 つか、よくよくみると大荷物だな。

「どうやって運ぶの?」

「仮想空間に突っ込んどく」

 購入した商品を、虚空にずぼずぼ放り込みながら答えるユウキ。

 めっちゃシュールなんだけど。なにこれ。

「お前の家についたら引き出すから」

「これ、悪用できそうだな……」

「サテライト経由で地獄に落とされたいか?」

 仮想空間に手を突っ込むユウキを眺めつつ呟けば、呆れた声が帰ってきた。

 地獄というのは、この世界の刑務所みたいなもんである。

 犯罪をおかすと、地獄へ落とされ拘束、その場で裁判、刑期の判定されるという……。

 なんで地獄と呼ばれているのかは……不明。

 ついでに地獄へ落とされると戻ってこれないらしい。まじか。

「いや、刑期が生きてる間に終わったら帰れるぞ」

「そなの?」

「生きてる間に終わればな」

「あぁ……」

 生きてる間に終わらないんだ……

「何例かあったはずだけどな。帰った例」

 ションボリしていると、ユウキが苦笑しながら呟く。

 まじですか。

 っていうか

「なんで知ってるのさ」

「地獄の裁判官と友達。神様なめんなっての」

 Oh……そういや神様だったね。このユウキ。

「ま、窃盗ならワンチャン帰れるかなぁ……基本窃盗するやつこの-街-にいないけど」

「そなの?」

「できるシステムだと思うか?」

 あぁ、まぁ。そうか。

 サテライトに管理されて、店を出るとともに自動で清算するので、万引きはまずできない。

 たとえ口座にお金がなくても、ツケにされてお金が出来た瞬間優先的に清算される。


 ……。

 あれ?


「この世界って、割りとディストピア?」

 俺が瞬いて、気づいたことを口に出せば

「おや、気付いたか。徹底的に管理されたこの国は割りとディストピアだよ」

 さらっと肯定し、ユウキはニヤッと笑う。

「いい環境だろ?」

 桃源郷と間違うくらいには。

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