全編を通じて感じたのは様々な「愛」。
そこには相手を思うがゆえの辛さ、苦しさも伴っています。
冒頭の第一話で示された手紙の一節だけで、読み手は作者の世界へ引き込まれるでしょう。
この手紙は一体なんなのだろう……。
タイトルとの関連は?
ある事件が起こり、登場人物たちのつながりが少しずつ明らかになるにつれ、手紙の持つ意味も鮮明になっていきます。
ミステリーとして謎解きの要素は薄いものの、ホワイダニットと呼ばれる「なぜ犯行をおこなったのか」という動機にスポットを当てて物語は進みます。ときおり挟まれる女性主人公の一人称視点での語りも、読み手の心情をぐっと近づける効果があると感じました。
美術に関する情報も、お好きな方はうなずきながら、そうでない方にも雑学として絶妙なさじ加減で散りばめられているこの作品。
手紙の持つ意味もそれぞれの思いもすべてが明らかになったとき、あなたの胸にはどんな思いがよぎるでしょうか。
つくづく人は誰かの人生の一部しか見ていないんだなと思う。
それはまるで額縁に飾られた一枚の絵のように、ほんの一面なんだ。
そんなジグソーパズルのような切れ端から、その人がどんな人かを想像する。
人生の裏側に何が並んでいるのかと。
ミステリーは謎解きばかりではなく、動機の解明に魅力が現れる。
そしてそんな作品は、人物設定が極めてしっかりしているんだな。
私は豪華なソファーに座ってブランデーを舐めながら読んだ。(イメージです)
「ふっ、重厚な作りの作品を仕上げてきた、この作者」(遠い目)
悲し過ぎる結末を思い胸が傷む。当事者にはまるで反省などないものだな。
登場人物たちがふと口にする言葉が、とても響いてくる。奥が深い。
特にすきなのは「第17話 クロード・モネ」の回の
「かささぎ」についての絵の描写。質感のある言葉が美しい。
まぁ、そして、何といっても! 島崎&川畑の刑事コンビ!
今回はそこに川畑のデキル上司の吉井まででてきて
相変わらずのジレジレ状態にさせてくれる。
しかも途中からずっと二人は会ってないのに、心はもっと近づいてるとかっ!
(この二人のシーンになると、私はソファーの上にぴょこんと正座する。)
ミステリーが無理なら、この二人でラブコメでもSFでも童話でもいいから
また何か書いて下さいね。 シリーズ化バンザイ!
女にプレゼントし慣れない男がさりげなく渡す芸当ができるとは!
(ここだけナイスタイミング!)
ミステリーが好きだ。
表紙裏に書かれた登場人物から吟味する。犯人は誰だろうと。
本格ミステリーは読者への挑戦状だ。犯人に辿り着けるギリギリの情報を開示し、読み解く楽しさを与えてくれる。そして外れても、納得のいく外れ方なのだ。
作者との駆け引き、知恵比べが楽しい。だからミステリーが好きだ。
なので私はフーダニット(だれがやったか)が好きなのだろう。
『一番価値のあるものを奪ってやる』
活字を切り貼りした怪文書が、三人の元に届く。
アートギャラリーを経営する中橋。横領で逮捕された阿久津。強制猥褻で逮捕された西川。
この小説の容疑者は七人。(内ふたりは既に他界)
全て同じ大学の登山サークルに所属していた。
ただし、サークルはアウトドア派とトレッキング派の二つに分かれている。
『アウトドア派』
阿久津文明(六十歳)建設会社経理部長。業務上横領容疑で逮捕。
西川修(六十歳)都議会議員。強制猥褻容疑で逮捕。
内藤きよみ(五十九歳)小料理屋を経営。アパレルメーカー経理、クラブのホステス。現在はスナックのママ。
木立美琴(享年五十六歳)専業主婦。夫に先立たれ、後を追うように他界。
『トレッキング派』
桐谷武彦(六十歳)商業高校でこの春まで簿記の教師。
中橋洋一(五十九歳)アートギャラリーナカハシのオーナー。
宮脇恵美(享年二十六歳)
宮脇恵美と桐谷武彦は付き合っていた。
怪文書が届いたのは阿久津、西川、中橋。
誰が犯人か。もうお分かりだろう。
そしてこの小説は序盤で犯人が提示される。犯人捜しではなく、動機の解明である。
Who done it?「だれがやったか」
How done it?「どのようになされたか」
Why done it?「なぜおこなったか」
でいくと、今回は三つ目のホワイダニット(犯行の動機)の話だ。
アウトドア派の女性二人が職を転々としたり、夫の後を追うように他界したのに比べ、男性二人は地位と金を手にしている。この落差に違和感を覚えた。
女性側は、大学時代になにかしら心に傷を残すことがあったのだろうかと。
多分それは、犯行の動機となった事に類似しているのではと。
犯人の寂しい人生と、悲しい過去。同情する結末である。
だが、ただの動機探しではなく、豊富な絵画の知識や二人の刑事の恋模様がいいスパイスになっている。
ミステリーとエンタメと恋愛が適度に調合された、構図のよい絵画のようだ。
この作者の作品はどれも堅実で無駄がなく、ピシリと織り込まれている。
肥後守という小道具ひとつにしても、使い方が粋だった。
ミステリ読みの私は、なにより納得感を得たい。言動にはそれを起こす動機がある。後付けの説明ではなく、きちんと前振りをして欲しい。
そんな我が儘な読者の希望を、当然のようにかなえてくれる作者だ。
私にとって一番価値のあるものは時間である。二度と取り戻せないからだ。
納得感のある充実した時間をもらえた作品、そして作者に、拍手を贈りたい。
僕は基本的に物語がシームレスにかつ一定のスピードを保って流れていくのが好きで、書くのも読むのもそういう作品を意図してしまうという自覚があります。そしてそういう作中での時間の流れをどれだけ巧くコントロールできるかという所に作家の技量は出るかなと勝手に思っております。
いや、なんでそんな話をするねんというと「如月芳美さんはそれがどちゃくそ巧い作家なんですよー」という、ちょっとそれはどうなんよというヨイショではなくてですね、どっちかっていうと言い訳なんです。
如月さんの作品を三作読んでおきながら、とりあえずはこの一作だけレビューするのは、つまるところそういう理由です。僕の中の好き・レビュー書きたいという評価基準は上に書いた内容に拠っており(もちろん他にもある)、それに該当したのが今のところは「三十五年目のラブレター」だけってことです。
わざわざレビューで書くことでもないんですけれどね。
これ、勘違いしないで欲しいのは、僕の評価軸というだけの話ですので、他の小説は皆さんそれぞれの軸で評価されればいいと思いますし、面白いと思えば面白いと言えばいいと思います。というか、小説を評価するってのはそういう、自分の中のものさしを引っ張り出してきて測るってことなので、小学校のテストみたいに絶対的な正解を求めるみたいなものではないでしょう。
うん、何と戦っているんだ僕は。(如月さんなんかツイッターでよくしてくれているのにこんなことになってごめんねという謝意を全力で表したかった)
という訳で、同時三作品を投入されている如月芳美さんですが、本作品はその中でも物語の連続性がすこぶる優れている・巧いという感想を個人的に持っている作品になります。
なにを置いても、内容がシンプルなのがいい。
起こるのは誘拐事件。分からないのはWhy――なぜ誘拐されたのか。
事件の発端にあるのは「三十五年目に届いたラブレター」。
滑落事故により死亡した彼女から届いたそれ。
しかし、その内容も分からない。
男女二人からなる主人公たちは、一方は誘拐事件の身代わりに意図せずなったことで犯人に肉薄しそれを求める、一方は淡々と足で情報を集めて事実からそれに近づいていく。人情派の推理と、理論派の推理という両輪でストーリーを攻めながらも、ぶれることなくお互いに補完するようにその役割が機能している辺りは、作品を通して解決するべき命題を「Why」に巧くフォーカスしているからでしょう。この辺りをさらっとやってのける辺り、書き手としての恐ろしい力量を感じさせてくれます。
徐々に明らかになっていく事件の前後関係。
一見すると無関係に思えた企業役員の汚職事件や政治家のセクハラ問題。
しかしながらその当事者たちと、誘拐事件の当事者たちには、大学時代に同じサークルメンバーだったという妙な接点が。
さらにさらに、事件の発端には犯人と目される男の関与が疑われるが――肝心なところで繋がらない。
また、その犯人と目される男と、誘拐された娘の父、そして、ラブレターの差出人にして今は故人の女性との間に、何か暗いものが存在しているのも窺える。
繋がらないが、それを一気に繋げるだろう「三十五年目に届いたラブレター」の存在だけは確か。
はたしてその内容が明らかになったとき、どんな真実が浮かび上がるのか。
そして犯人は被害者は、この事件に関わった主人公たちは、何を思うのか。
あるいはまだ、ここから大きなどんでん返しがあるのかもしれませんが――残念ながら僕はギミックの絵画についての知識がない!!
たぶんいろいろ仕込んでいるんだろうなという予感をひしひしと感じながら、物語を追うことしかできないのであった。
まる。(ちからづよく)
という感じで、最後なんかちょっと雑になっちゃったけれど、しっかりとミステリとしてカッチリ仕上がってる本作品。
深夜にやっているサスペンスドラマの再放送よりも、できたてほやほやでまだまで先の見えないこちらを今夜なんかはいかがでしょうか。
本作は、いわゆる「本格」ではなく、人間ドラマを主軸に展開していくミステリだ。
奇抜なトリックや非現実的な舞台装置は存在しない。犯人も早い段階で明らかになる。
読者はただ、作者氏の巧みな筆致によって描かれる人間模様と、それを通して浮かび上がる「ホワイダニット(何故、犯人は犯行を行ったのか?)」に身をゆだねるだけで、極上の物語を体験できるはず。
「ミステリってなんか難しそう」と普段は敬遠されている方も、どうか安心してお読みいただきたいと思う。
島崎と川畑、二人の刑事コンビが真相に迫るというバディものの側面も持っており、二人の微妙な関係性も見所。
私などは「もう、やきもきさせるなぁ!」と何度思わされたことか(苦笑)。
そんな「過程」の描写も本作の魅力の一つ。
数々の人間模様を通して明らかになる「三十五年目のラブレター」の真実とは?
愛と哀に溢れるその結末を、ぜひとも目撃していただきたい。