ACT.36 ”青冠”は嗤う(Ⅳ)


▽▲▽


 あの作戦会議から数時間後。

 カイトが立てた作戦を実行する為の準備を終えた三人は、焼野原エリアの小高い丘の上にたたずみ、実行の時を待っていた。


「――――――」


 その丘の上から無言で遠くを見つめるカイト。

 その瞳の先には、遠くの平原に一匹ポツンとたたずむ【“青冠”の嶺兎】の姿があった。


「ねぇ、カイト」


 そんなカイトに、後ろからレナが話しかけた。

 レナの表情は、どこか憂いを帯びているように感じた。


「あの作戦、ホントにやるの?」


「あたりまえだろ? ここまで準備したんだし」


「い、いやそうなんだけどさ」


 そこでレナは一瞬、言いよどむ。

 そして意を決してこう切り出した。


「今からでも遅くないから、上位の人たちに任せない? “予兆”の相手ならきっと喜んでやってくれるよ!」


「だろうな」


「だから、だから!! カイトが苦しむ姿なんて、私見たくない!」


 そう、この作戦はカイトの負担が大きい――どころの話ではない。

 カイトが冗談じゃなく苦痛を味わう、そんな作戦だ。

 ゆえにカイト自身がこう言ったのだ、「過去最低レベルの下策」だと。

 自分の犠牲の上に成り立つ勝利、そんなものは下策中の下策だとカイトは断じながらも、【“青冠”の嶺兎】に自分たちの力で勝つために、そのワイルドカードを切ったのだ。


「――そこは、悪いと思っている」


「だったら!」


「それでも俺は、やれるだけのことはやってしまいたい。約束する、これで駄目なら諦めて、上位の人たちに依頼する」


「――なんでそこまで?」


 レナはそう言った。

 所詮この世界はゲーム、遊びだ。

 その遊びに嫌なことがあったり、辛いことをする選択を迫られるのはあっていいのか?

 レナは、そういうことはない方がいいと考えてたし、ソレは当然の考えだと思っていた。


「本気だから」


 だが、カイトの答えは少し異なっていた。


「本気で楽しいと思っているからこそ、苦痛も努力もできるだろ?」


 カイトは、さも当然のようにそう答える。


「苦痛が伴わない努力に意味はないなんて言わないが、成功には対価が必要だと思う。それは時間だったり、努力だったりするだろうけど」


 彼の視線は相変らず遠くの【“青冠”の嶺兎】を見つめたまま。

 そのまま淡々と話し続ける。


「けど、それらを払ってまで成し遂げたいことがあるのってすごくないか? チープな言葉で悪いが、俺はそう思う。そういう奴は尊敬するし、俺は憧れる」


 だから、とカイトは言葉を続ける。


「夢中になることは、本気でいることはすごいことなんだ。だから、俺も本気で手を尽くして、万事をつくして勝ち取りたいんだ。俺が勝ち取りたいと思ったものを」


 カイトにとっては当たり前の、何気ない言葉。

 しかしそれは、彼が普段から持っている信条に他ならない。


 そこでレナは、あることを思い出す。


 高校時代、かつて彼に初めて出会った時のことを。

 そして、そこでかけられた言葉にどれだけ自分が救われたのかということを。

 今でも鮮明に思い出せる、あの恋に落ちた瞬間を。

 

「――わかった、もう文句言わない」


「そりゃよかった」


「そのかわり、絶対に成功させよ! カイトを骨折りゾンビのくたびれ儲けにはさせないから!」


「――骨折り損のくたびれ儲け、な? 何故一気にスプラッター風味になってるんだよ」


 なんだかんだで、結局締まらない二人であった。

 そして、二人は最後の準備を進めるナギのもとへ舞い戻る。


 

 そして、最低最悪の作戦が始まる。

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