第159話 は? 逃げる?
「あー、揉めてる所悪いんだけど、アンタらに選択権なんかないよ」
俺がそう言うと、少しやつれた男と美女が同時にこちらに振り返った。
さっき会ったシステアが言うには男の名がレナザード、女の名はクロナという名らしい。
まぁそんな事は今はどうでもいい。
問題はクロナという女の傍で転がっているアルジールだ。
「おーい、アール!」
試しに俺はアルジールを呼びかけてみるが返事がない。
どうやらネタとかそういうものではなくマジで意識を失っているらしい。
普段のアルジールならば熟睡してようが俺が少し呼びかけただけですぐに目を覚ます。
つまりアルジールの傍に立っているクロナという女がアルジールにそれほどのダメージを与えたということになる。
「さて」
俺は転移魔法を使い、一瞬の内にアルジールの元まで移動した。
当たり前だが、傍にはクロナという女が立っていたが、俺が一瞬で転移したのを見て、驚いたように後方に飛びのいた。
何をそんなに驚くことがあるのかは分からないが、俺はアルジールの身体を持ち上げた。
いわゆるお姫様抱っこというやつだ。
どうせなら可愛い女の子の方がいいのだが、今はそんな事を気にしている場合ではない。
俺はすぐにまた転移した。
転移先はシステアと冒険者達の所である。
転移してきた俺にシステアは驚きながら俺に駆け寄って、俺が持ち上げているアルジールを見る。
「ク、クドウさん! ……アールでも勝てなかったんですね」
「みたいですね」
システアはアルジールが負けたことに驚きこそしていなかったがそれでも動揺が隠せなかったのか悲しそうな顔で更に言う。
「クドウさん、今からでも遅くありません。アールさんも連れて逃げませんか? クドウさん達はまだ若い。万が一にでもクドウさんが今、敗れてしまっては人間界は希望を失ってしまいます」
システアの言っている事が俺にはよく分からない。
俺に期待していることはありがたいが、逃げるという選択肢は俺にはない。
仮に俺が逃げる相手がいるとするならそれはブチ切れて冷静さを失った母さんくらいのものだろう。
あとシステアが知るわけの無い事だが俺は全然若くない。
「システアさん、慎重なのは悪い事ではないですが、今逃げたとしてまた強い敵と出会った時どうするんですか? ——また逃げればいいんですか?」
俺が人間となって寿命や老化などがどうなったかは知らないが勝負が分からない強敵と出会ったくらいの事で毎回逃げていてはキリがない。
「それにガランさんとアールはともかくアリアスさんは勝てない相手だと分かっていたのにあのクロナという女と戦ったんですよね?」
世界の為に勝てないと分かっている敵と戦う。——それが本来勇者のあるべき姿だと俺は思う。
勝てる相手としか戦わず少しピンチになった程度で町の人間は放置して逃げ出す者など誰が勇者と呼ぶだろうか。
それじゃ何のためにわざわざユリウスをボコってまで転生したか分からない。
「それは……」
俺に言われて、システアは言葉に詰まる。
とはいえ、システアも別に間違ったことを言ったわけではない。
要は考え方の違いであり、システアの言う事もまた正しく、仮に俺がクロナという女に敗れた場合、システアの言っていた事が正しかった事になってしまうのである。
「あぁ、君ちょっとコレ預かってくれる?」
そう言って、俺はガタイの良い冒険者の一人にアルジールを預け、俺達が滞在しているミンカの宿の場所を伝える。
状況が状況だけにその冒険者は渋る様子など一切見せずに数人の冒険者を連れ立ってミンカの宿へと向かい始めた。
(メイヤがいるから大変だろうが頑張れよ)
メイヤにはこっちには絶対来るなと厳命しているので、いくらアルジールを倒した敵がいるとはいえこちらにはやってこないだろう。多分な。
きたらぶっちゃけ足手まといなのでそう信じたい。
仮にもアルジールが勝てない相手にメイヤがどうこうできるわけがないのだからな。
俺はミンカの宿へと向かった冒険者達を見送ると未だに俺の問いかけにフリーズしているシステアに言う。
「まぁそもそも勝てない相手ではありませんよ。だから逃げません。さっさと行って終わらせてきますよ。心配せず待っていてください」
前情報とは違いクロナという女からは魔力が少し感じられたがそれでも勝てない相手だとは思わない。
アルジールを倒したのだから警戒すべき相手だというのは事実なのだろうがそれがクロナという女と対峙した俺の率直な感想だった。
「……絶対に帰ってきてくださいね」
心配そうに言うシステアに俺は笑顔で返した。
「はい、必ず。じゃ、行ってきます」
システアに見送られ転移するとアルジールが雷神竜で作った巨大クレーターの向こうにレナザードとクロナが立っていた。
俺がいない間に合流して俺への対策でも考えていたのだろうか。
(まぁ無駄な努力だけどな)
俺はそう思いつつ、こちらを見ている2人に話しかけた。
「よく逃げなかったな?」
システアとやり取りをしている間もレナザードとクロナの動きをずっと見張っていたので逃げる事など不可能なのだが、俺はあえて2人にそう挑発した。
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