第156話 避難勧告

クロナとアルジールとの戦いが数分に渡り続いている。




実際に2人の戦いがはっきりと見えている者はこの場ではレナザードただ一人だが、それでも多くの冒険者達の目にはクロナとアールの戦いは互角に映っていた。






(埒が明かないな)






アルジールとしても今の状況は予想しているものではなかった。




確かに最初に見た時から只者ではないとは思っていたがまったく魔法を使用せずここまで自身の攻撃に対応して見せるとは思ってもみなかったからである。




魔人にも魔力量が少なくても肉体能力が優れている者はいるが、目の前のクロナのギャップはそれ以上に大きかった。




アルジールはクドウに使用を禁じられている『雷神招来』以外にも第一級魔法を手札として持っているが、正直クロナの動きを見る限り普通に放ったとしても当てられる気がしない。




少し前のアルジールならば当たるまで撃ち続つというゴリ押しの作戦を実行できたかもしれないが今はそれをやるほどの魔力量はないのである。




なんせ只の第2級魔法である雷嵐流を数百発撃った程度で既に現存魔力が最大値の半分を割ってしまっているのだから。




このまま続けていては魔力を使い果たし、敗北するのは自分だとアルジールは理解していた。




だが、それでもアルジールには一切の焦りはなかった。






(それならば当てられる状況を作り出せばいいだけの事だ)






「雷神剣」






隙を見てクロナから距離を取ったアルジールは短くそう言うと聖剣に凄まじい魔力を注ぎ込む。




普通の剣であれば耐え切れない程の魔力が聖剣に満ちると、聖剣からこれまでの比ではないほどの電流を帯びそこら中に雷を撒き散らした。




その間も雷嵐流での攻撃は継続されている。




その上でアルジールは凄まじい電気を帯びた聖剣を振り下ろすと、聖剣の先から不規則な動きでさながら複数の鞭のような電撃がクロナへと放たれる。




だが、不規則であるものの速度では雷嵐流に及ばない雷神剣の雷撃はクロナに全て避けられる。






(やはり避けるか。思った通り剣で防がなかったな)






アルジールはこれまでの攻防でクロナは極力避けられる攻撃は避けて、タイミング的に回避が困難なものだけを剣で防ぐ事に気付いていた。




普通に考えれば剣しか使えないクロナの剣が万が一にも折れでもしたら、戦いの上でかなり不利を背負う事になるので当たり前といえば当たり前の反応だろう。




流石に予備の剣はあるようだが、剣の損耗を嫌うのは純剣士としては染みついた行動の一つというわけだ。






「おい、システア」






アルジールは戦闘状態を継続させたままでシステアに通信魔法をかけた。




アルジールにとってさほど得意な魔法ではないが、普通に喋っても聞こえるような距離なのでまったく問題はないし、魔力皆無なクロナが傍受などという器用な真似ができるはずもない。






「えっ? アールさん大丈夫なんですか?」






戦闘に集中しなくてもいいのですか? という意味でシステアはアールに返答する。




システアの声は驚きこそしてはいるが、それを周囲に悟られるような無様な真似はしない。






「ガランはあの建物からもう逃げたのか?」






アールがなぜこの戦闘の最中そんな質問をしたのかシステアには分からなかったが、アールの負担にならまいとすぐさまにそれに答える。






「裏口から職員数人で移動されているのを確認しています。もう冒険者協会はおろかこの付近には私達しか残っていないはずです」






「そうか、ではお前達だけか。では今すぐゆっくりとここから退避しろ。今からあの女を消すが、それに巻き込まれんようにな」






どのような種類の魔法で規模はどの程度かなど聞きたい事は山ほどあったが、システアはその言葉を飲み込んで「はい、わかりました」とだけ答えるとアールからの通信魔法が切れた。






切れたのを確認すると、システアはアールの言う通りに周りの冒険者達に小さく声をかけ、全員でその場から避難を始めるのだった。


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