第66話 逆鱗
その時、シラルークに住む全ての人々は東の空を見つめていた。
突如現れた巨竜と3体の竜。
そして、多くの人々が見ている中、シラルークの町を見下ろした巨竜は大きく息を吸い込み——。
「勇者を出せぇぇぇ——!」
凄まじい怒りの声と共に吐き出された衝撃波がシラルークの町を襲う。
シラルークの建物の窓ガラスの殆どはその時の衝撃音で割れ、近くにいた住民たちがその衝撃音だけで次々と意識を刈り取られていった。
「……な、なんですか? あれ」
腰を抜かしている冒険者協会職員の男が呟いた。
「3体の竜……まさかアレは……。聖竜か?」
「聖竜? あ、あれがですか?」
伝説に謳われる聖竜がなぜここにいるのか?
なぜ勇者に怒りを向けているのか?
人間界に永く姿を見せなかった聖竜だが、基本的には人間には比較的友好的な竜であることが伝説では語られていた。
そんな竜の始まりにして圧倒的な力を誇る始祖竜の一体でもある聖竜がなぜ人間界に牙を向けようとしているのか?
分からないことだらけ状況だが、一つだけ分かっていることがある。
決してこの聖竜だけは敵に回してはならないということだ。
別に今が大変な時期だからというからではない。
世界が平和だろうが、人間界に最高の戦力が整っていようが関係ない。
敵が魔人であればたとえ勝ち目がない戦いだったとしても人は戦う事が出来る。
だが、聖竜とだけは決して戦ってはいけないのだ。
「落ち着いて! 母様!」
ギルドマスター達が上空の聖竜達を見ている中、3体の中の一体の竜が聖竜の前に立ちはだかり言うと、聖竜はその竜を怒りの表情で睨みつけた。
「黙れ、アクア。私から大事な物を奪った勇者を私は許さない。あの子の願いを破る事になったとしても私は勇者を殺す。どけ、お前といえど邪魔をすれば許さん」
凄まじい殺気を受けアクアと呼ばれた竜は僅かにたじろぐと、他の竜が口を挟んだ。
「やめときなよ、アクア。こうなった母さんはもう止まらないよ。知ってるだろ?」
そう諭されたアクアは聖竜の前からあっさりと立ち退くと諭した竜がポツリと呟く。
「……勇者とやらがすぐ出てきてくれたらいいんだけどね。僕だって母さんが人間界を破壊するのなんて見たくはないしね」
少し諦めに似た表情を見せた竜は小さくため息を吐いた。
この竜にとっては小さな声の単なる呟きだったのだが、比較的近くにいたギルドマスター達にははっきりと聞こえる声だった。
「おいっ、アリアス殿はまだ帰ってこないのか?」
いつの間にか外に出てきていた都市長がギルドマスターにそう問いかけた。
「……もう帰ってこられるとは思いますが、……まさか都市長はアリアス様を聖竜に引き渡すおつもりで?」
ギルドマスターがそう返すと都市長はギルドマスターを睨み返す。
「決まっているだろう。聖竜様がそれをお望みなのだ。何を迷う事がある?」
「アンタ、人間界を救ったばかりの英雄を売り渡すつもりか?」
理由は分からないが、聖竜が勇者アリアスに怒りを向けているのは明らかだった。
そんな状態の聖竜にアリアスを引き合わせるなどアリアスを見殺しにするに等しい行為である。
冒険者協会のギルドマスターとしてそれは断じて見過ごせない行為だった。
そんなことをすれば冒険者協会の信用は地に落ちるだろう。
そうでなくてもたった今、人間界を魔人の手から救った1人であるアリアスをそんな目にあわす事などギルドマスターの信条が許さない。
「悪いがそれは拒否させてもらう。まずは聖竜殿の事情を聞いてからだ」
「そんな悠長なことを言っていられるか! たった今のエレメンタルドラゴンの言葉が聞こえなかったのか? シラルークだけでなく人間界は聖竜様の気分一つで滅ぶのだぞ!」
「だから事情を聞くと言っているだろう!」
「それで気分を害したらどうする! それともギルドマスターにあの魔法を防ぐ手段でもあるというのか!」
都市長は都市長で必死だった。
たった今の聖竜による常軌を逸する超魔法を見たばかりなのだ。
あれを見ただけで都市長は聖竜が人類の抗える相手ではない事を悟ってしまった。
たとえ、魔人20体を無傷で撃退した勇者パーティーをもってしてもだ。
そんな都市長の前でギルドマスターは通信魔法を起動させた。
その相手は現在東からこのシラルークに帰ってくる途中だと思われる勇者パーティー『光の剣』の魔法使いシステアだった。
「おいっ、何を!」
止めにかかる都市長を無視して、ギルドマスターは通信先のシステアの返答を待たず、叫んだ。
「システア殿! アリアス様をシラルークに戻すな! 聖竜の狙いはアリアス様だ!」
そして、システアの返答を待つことなく、ギルドマスターは一方的に通信を切ったのだった。
「……貴様!」
都市長はギルドマスターを激しく睨みつけたが、ギルドマスターはそれをフンっと笑い飛ばす。
「都市長、聖竜殿に事情をお聞きに伺いに行きましょう。もちろん、都市長も来られますよね?」
ギルドマスターとしては別に都市長が来ようが来なかろうがどちらでも構わなかった。
臆病風に吹かれないのであれば勝手にこい。——とそう言ったのである。
「ふんっ、行ってやる! だが、何か起きれば貴様が責任を取るという事を忘れるな!」
都市長にも都市長としての意地があった。
それにここで逃げたとなれば、都市長としての今後はないだろう。
(責任も何も何かがあった頃には俺もアンタもこの世にはいないだろうよ)
心の中で都市長への皮肉を言いながらギルドマスターは都市長と共に聖竜に事情を聞きに向かうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます