第54話 魔人ホイホイ
「システアさん、メイヤ! できるだけ俺と魔人達から離れて!」
迫りくるゾデュスと配下の魔人の位置関係を確認しつつ、俺はシステアとアルメイヤに大声で叫んだ。
突然の指示だったが、2人の動きは迅速だった。
具体的な指示ではなかったのだが、俺の思った通り俺の後方へと全速力で走ってくれている。
(うん、悪くないな。えーっと、これくらいかな? 2体くらいはみ出てるけどそれくらいはどうにかなるか)
俺はシステアとアルメイヤが効果範囲に入らないようにしつつ、できるだけ多くの魔人が効果範囲内に収まるようにその魔法を使用した。
第2級魔法ミラージュミスト。
敵味方問わずに方向感覚、魔力探知、視界その他諸々を阻害する霧を円状に発生させた上に霧内の空間を拡張させる魔法だ。
この霧から自力で抜け出す方法は2つ。
ミラージュミストの阻害する強度以上に方向感覚や魔力探知などが優れている場合。
つまり、簡単に言えば格上相手にこの魔法は通用しないということだ。
そして、もう一つの方法は魔法を行使した術者を倒す事である。
これも簡単に言えば術者つまり俺を倒せば霧の外に出られるようになる。
言うのは簡単だが、これを破るのはかなり難しい。
現に今まで使った中でこれから逃れたのはユリウス只一人である。
まぁユリウスの場合はこれから逃れた後も普通に戦ってくれたので、実際に使った意味はまったくなかったのだが。
(さて、始めるとするか)
突如、謎の霧に包まれたゾデュスは困惑していた。
周囲に部下の魔人の姿はなく、一人孤立した状態になっていたのである。
(なんだ、この魔法は? あの冒険者が使ったのか?)
ゾデュスの知る限りこんな魔法はない。完全に未知の魔法である。
状況から考えれば、この魔法を行使したのはあの冒険者だろう。
ゾデュスは必死に魔力探知をかけるがなぜかうまくいかない。視界も少しぼやけていて見通しも悪く霧の終わりが見えない。
それでも少し移動すれば霧の端に到達するだろうと考えたゾデュスは走り始めた。
だが、数分走っても一向に霧を抜けることはできなかった。
(なんだ、これは? 空間が拡張しているのか? それとも方向感覚も狂わされている? もしくは両方か?)
ゾデュスは正解に辿り着いているのだが、かといってそれが解決ということにはならなず、途方に暮れる。
「クソッ! あいつらはどうなった?」
既にこの霧に囚われてから数分が経過している。
魔法が解除されていないという事は術者である冒険者は恐らく生きている。
あの冒険者が逃げていないのだとすれば、いずれかの配下と戦っているのだろう。
だが、あの冒険者が生きているという事は配下との戦いが長引いているのかもしくは……。
「……ありえない。魔人がE級冒険者に敗れるなど」
配下の魔人といえど魔人は魔人である。
A級冒険者か勇者ならばいざ知らず、E級冒険者など魔人からすれば、人間の一般市民と大差ないのだ。
「やぁ、ゾデュス君」
ゾデュスは呼びかけられた逆の方向に飛びのき、声の主を確認すると、先程の生意気なE級冒険者が立っていた。
気配も魔力の乱れも何もなかった。何の前触れもなくゾデュスの背後から現れたのだ。
「なぜ攻撃しなかった? 不意打ちなら俺に手傷の一つでも負わせられたかもしなかったぜ」
ゾデュスは戦闘中の奇襲は卑怯だとは思わない。
非戦闘状態からの奇襲ならともかくひとたび戦闘が始まったなら奇襲される隙をさらした方が間抜けなのだ。
敵の背後を取れるというのも実力の1つだ。
そもそも人間程度に奇襲を仕掛けられた程度でゾデュスが敗れるという事などありえない。
だがそんな思いと強気な発言とは裏腹にゾデュスの額から汗が止まらない。
そんなゾデュスの様子を見てかは分からないが、クドウは呆れた顔でゾデュスを見た。
「いやいや、お前程度に奇襲とか必要ないから」
「奇妙な魔法で優位に立てたつもりでいるのか? 純粋な戦闘能力ならお前は俺には遠く及ばない」
——そのはずだ。人間がブリガンティス軍軍団長の地位に就いているゾデュスに勝てるわけがない。
ゾデュスは昔、魔王ギラスマティアと勇者の戦いを見たことがあった。
ギラスマティアは言わずもがな。あれは化け物だ。
ゾデュスがどう背伸びしても、万が一の奇跡が起きたとしても勝つことなど不可能な相手だ。
一方、ギラスマティアに愚かにも勝負を挑んだ勇者といえば、ギラスマティアに軽く遊ばれた後、転移門の中に叩きこまれて人間界にカムバックだ。
ギラスマティア相手なら仕方ないのだが、それにしたって初代勇者が伝説の前魔王を滅ぼした事を知っていたゾデュスからすればなんともお粗末な戦いだったのを覚えている。
あれならばギラスマティアでなくてゾデュスが相手だったとしてもいい勝負ができただろう。
人間界の英雄でそうなのだ。
それから考えれば目の前につっ立っている少年はE級冒険者。
本来であればゾデュスどころか普通の魔人の前にすら立つことのできない相手だ。
そんな弱者であるはずのゾデュスの目の前に立つ少年は強者であるはずのゾデュスに向かって平然と信じられない言葉を口にした。
「御託はいいからさっさとかかってこい、お前で最後なんだ」
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