第21話 カミングアウト

その日、シラルークとその付近の町は突然の夜が訪れた。


そして、多くの人々が東に光の柱を見たと後に語っている。


ある者は魔人が攻めてきたと大騒ぎし、ある者は世界の終わりが来たと涙を流したという。


その事件がF級冒険者パーティー『魔王』の仕業だとは誰も思いもしなかったであった。


俺は叫んだと同時にお姉さんの隣まで転移していた。

しれっと使った転移魔法だが、この転移魔法事態に攻撃力はないが、第2級魔法であり、上級魔法に位置している。


いくら俺が速いといっても走っていては雷神招来の攻撃速度から考えれば間に合わない。

お姉さんは俺が転移したことに気づいた瞬間には雷神招来の雷の柱がもうそこまで迫っていた。


常人から見れば雷神招来は光った瞬間にはもう攻撃が着弾しているように見える。それが数100メートル以上離れていたとしてもだ。

俺から見てもかなりの速度だ。目で追えなくもないが、避けるとなればそれなりに苦労する。

このタイミングからお姉さんと共に退避するのは俺でも不可能である。


俺は一瞬の内に異次元空間から1本の魔剣を引っ張り出した。

魔剣リティスリティア——俺が魔王時代に愛用していた魔剣で別名魔王剣。魔王が使う剣とは思えぬほど綺麗な響きの名を持ち、美しい黒い刀身が特徴の魔剣だ。


そういえば、神に魔剣リティスリティアの名を伝えたらかなり驚いてたっけな。

余程の名剣なのだろう。神の持っていた神剣相手に互角に打ち合ってたし。


(……さて、まさかD級依頼でこいつを使うとは思わなかったが……)


俺は迫りくる雷の柱に向けてリティスリティアで斬撃を放った。


第3級魔法、魔王剣黒翔刃。


ぶっちゃけゴブリンを倒すときに使った魔風刃とほぼ同じ魔法である。

違う点は単に魔力操作で風を飛ばすだけの魔風刃とは違い、持っている剣に魔力を乗せて斬撃を飛ばすので威力と攻撃範囲はその剣の性能の影響を大きく受ける点だ。

そして、第3級魔法と侮ることなかれ。この魔王剣黒翔刃を撃つのに使用したのは世界最強クラスの魔剣リティスリティアだ。


俺の魔力とユリスリティアの力の相乗効果で俺の魔王剣黒翔刃は凄まじい威力となって、アルジールの雷神招来を迎え撃った。

雷神招来にぶつかった魔王剣黒翔刃は圧倒的な威力をもって雷神招来を左右に割り、上空へと突き抜けていった。


流石に攻撃範囲が違いすぎるので雷神招来の完全消滅は不可能だった。

だがこれで充分。左右に分かれた雷神招来は俺達の横を通過し、地面へと突き刺さった。


(ふー、……コスパ最強―!)


そう、コスパが最強なのだ。


魔王時代にアルジールの雷神招来を叩き割った事があるので、ほぼ成功することは分かっていたが、今考えても第1級魔法である雷神招来を第3級魔法で防ぐなど反則でしかない。


完全に防ぎきるとなると俺ももっと高位の魔法を使わなければならなかったが、局所的にとはいえ第1級魔法を第3級魔法で防げてしまうのは異常だ。


俺達を避けて雷神招来の直撃を受けた地面はなくなっていた。かなり抉られたようで覗き込んでも底は見えない。


そして、すぐにここら一帯を覆っていた闇は晴れていく。


アルジールが雷神招来の攻撃モードを解除したのだ。


今まで闇に包まれていたのが嘘だったかのように綺麗な青空に戻った。


「ま、ま、魔王様―!」


気が動転しているのかアルジールは完全にクドウという名を忘れ、俺の事を魔王と連呼しながら、俺に近づいてくる。


……まぁいいんだけどね。


「私は魔王様になんという事を! ……死んでお詫び致します」


悲壮感漂うアルジールがそんな事をいうが、今はそんなことどうでもいい。


「俺が飛び込んでいっただけだ。気にするな」


「いえ、しかし……」


どうでもいいと言っている。いや、言ってはいないか。まぁいい。


俺は隣で体を震わせていたお姉さんを見る。


「貴方、いやお前は誰だ?」


俺が尋ねると、お姉さんは思い出したように地べたに膝を付き頭を下げた。


「魔王ギラスマティア様、何も知らなかったとはいえ、これまでの数々のご無礼お許し下さい」


お姉さんはこれまでの口調が嘘だったかのように丁寧な口調で俺に謝罪する。


「私は四天王アルジール軍軍団長アルメイヤ。そちらにいるアルジールの妹でございます」


「何! お前、メイヤか! なんだ、その姿は!」


アルメイヤの正体に驚いたアルジールが俺とアルメイヤの会話に割って入る。

アルジールが驚くのは当然だ。2人とも気付かず兄妹であれだけ罵り合いながら戦っていたのだ。

それにしてもアルメイヤはアルジールの妹なので当たり前だが魔人である。


だが、目の前にいる美女はどう見ても魔人には見えない。どういうことだろう。


「お兄ちゃん、怖かったよぉ! うえぇ——ん!」


お前、ホントにさっきのお姉さんか? 性格変わりすぎだろ。


アルジールに抱き着くアルメイヤをアルジールはそっと離して再度問いかける。


「メイヤ、質問に答えなさい。お前その姿はどうした?」


「うんとね、……魔王様少しお話があります」


あ、アルジールに話すわけじゃないのね。


俺がアルメイヤを手招きするとアルメイヤはもじもじしながら俺の傍までやってきて俺に耳打ちする。


「……私、お兄ちゃんが大好きなんですよ」


アルメイヤはカミングアウト風に言うが、魔王軍の間では結構有名な話だ。


恥じらうアルメイヤに俺は知らない風を装い続きを促す。


「それでお兄ちゃんといつもみたいにお喋りしたくて、お兄ちゃんの後をつけて魔王様のお部屋の外でずっと待っていたんです。そしたら、魔王様たちが転生するとかなんとかが聞こえてきてですね。いつの間にか虹色の光にぶわっと巻き込まれまして……今に至ります」


あぁ、なるほど。いつもみたいにアルジールをストーカーしていて、俺の部屋の外で聞き耳を立てていたら神からもらった転生アイテムの虹色の光に巻き込まれたと。


あれって、物体も透過するんだね。まさか有効範囲が部屋の外まで及ぶとは。


外にいる者を確認するのを怠った俺が悪いのか、アルジールのストーカー目的で魔王であった俺の部屋の壁にべったりと耳をひっつけて聞き耳を立てていたこいつが悪いのか。


普通に考えたらアルメイヤの方が悪い気もしなくはないが、俺は一応謝罪する。


「それはすまなかったな。お前まで巻き込んでしまった」


「い、いえ、そんな! 私あの場にいなかったらお兄ちゃんと離れ離れになってましたし。魔王様がお気になさることでは」


「それでどうする? お前1人で人間界で生きていくってのも色々大変だろう。かといって、魔界に戻るのも無理だ」


ていうか魔界に戻ってこの事を話されたら俺が転生したことが魔界のやつらにバレる。黙ってこちらに来た意味がなくなってしまう。


「実は私、こちらに来て魔王様達の事探していたんです。でも、いつまで経ってもあの町の征服が始まらないので、私と違う町に飛ばされたのかと思って、違う町に探しに行こうかと思っていた所でして……。っていうことで私もお兄……魔王様にお供致します!」


運良く出会えてよかったな。いつまで待ったところでどこの町も征服など始まらなかったことだろう。


ていうか、気づけよ。


明らかに他の冒険者とは違う何かを醸し出していただろう。俺達は。

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