夢明かす
結局私が作ったのは無難なエビフライだった。
フライものは食べたことはないだろうし、中はエビだから抵抗も少ないんじゃないかなと思って。
顔よりも大きな皿鉢にこれでもかって言うほどたくさんの食材を盛り、それを二皿分。今日は人数が多いからこれだけあったって足りないかもしれない。それからお味噌汁と、カツオのタタキの乗ったお皿。あとはかなりの量の冷酒。鞍馬もそうだけど幸之助も強いものね。
運ぶのにやこも手伝ってくれて、大広間にせっせと運び入れるけど、もうすでに賑やかだった。
大きな一枚板で作られた大きな机が大広間の真ん中にどーんと置かれて、綺麗に小皿とお箸と箸置き、コップが人数分並べられている。
皆思い思いの場所に腰を下ろしているんだけど、賑やかな原因はそれぞれにあるらしく。
やんこちゃんとてんこちゃんは、落ち着きなく話したり歩いたりしていて、妖狐はそれを止めようとしてお父さんしているし、その奥では向かい合うように腰を下ろした虎太郎と鞍馬が火花を散らして、あーだこーだと騒いでいる。
そんなに気に入らないなら近くに座らなければいいのにとさえ思うけど……。
それにしても、妖狐にやんこ、てんこ、鞍馬、やこ、虎太郎、それから幸之助と私。
この部屋にこれだけの人数と、こんなに賑やかな食卓は初めてだな。私は一人っ子だし、家でも3人家族だったからこんな大人数で食べるのは初めてかも。
それが何となく嬉しくてにこにこと笑いながら席に座ると、幸之助が隣に座って不思議そうに顔を覗き込んでくる。
「どうしたんです?」
「え?」
「とても嬉しそうですが……」
「あ、うん。何かこんな大人数で食事するなんて初めてだなって思って。それに、ここにいる皆は去年、あの神社から結ばれた大切な仲間だから、なおさら嬉しいの」
私がそう言うと、それまで賑やかだったこの場が一瞬静まり返った。
え……? 私なんか変な事言った?
突然静まり返るから、私は戸惑って皆を見回した。すると誰からともなくにっこりと優しい笑みを浮かべて頷いて来る。
「そうですね。全ては寄相神社から始まりましたね」
妖狐がそう言うと、鞍馬も「そうやなぁ」と神妙に頷いた。
「あのね! やんこはね、加奈子に会えて凄く嬉しいよ!」
「お、俺だって同じだぞ! 加奈子にあえて嬉しいんだ!」
興奮気味にそう言い始めるやんこちゃん、てんこちゃんに続いて「俺も」「私も」と皆が一堂にそう言ってくれる。
そんな風に思ってもらえるなんて凄く嬉しい。大したことなんてしてないのに……。
「ありがとう。私も皆に会えて凄く凄く嬉しい! あなたたちに会えていなかったら、きっと色々な事にも立ち向かえなかったし、夢も持てなかったと思う。それに何より、こうして私たちを引き合わせてくれた真吉さんに感謝するわ」
「夢? 夢なんぞ、前から持っちょったがやないがか?」
ふと、私の夢と言う言葉に乗っかってきたのは鞍馬だった。
「それは……まぁ、ないわけじゃなかったけど、明確なものじゃなかった。ただ漠然と人の為になる仕事をしたいって、そう言う感じだったの。だけどあなたたちに会って、それがちゃんと夢として明確になったんだ」
本当はご飯が終わってから言おうと思っていたんだけど、何となくこの流れだと今言った方が自然かも。
そう思って私はちらっと幸之助を見ると、彼は不思議そうに首を傾げていた。
「あのね……本当はご飯食べてから言おうと思ったんだけど、この流れだから今言っちゃうね。実は、私の夢のことで、みんなに私から相談があるの」
改めてこう言うと何だか凄く緊張するな。皆揃って口を閉ざして全員からの視線を浴びると、そわそわしてしまう。
唯一私の夢を知っている虎太郎は、特に何てことない顔をしているけど。
「私、ここでお店を開きたいの」
「店? 店ち、何の店をするがよ?」
「何て言うのかな。コンビニみたいな……」
「こんびに? 何やそれ」
「コンビニって言うのは、小売店みたいなものですよ」
鞍馬の言葉に、助け舟を出してくれたのは虎太郎だった。
虎太郎とやこは現代に馴染みすぎてるから、説明の手間が省けるのは私にしてみれば有難い。
「小売店って、何を取り扱うんですか?」
続いて訊ねてきたのは幸之助だった。
「何でもいいの。ただ、ここにはお年寄りが多いから、あまり若い人が好むようなものは扱えないと思ってる。だからお惣菜とか和菓子とか、そう言うものを出来たらなって思ってるわ」
「惣菜ですか……」
「それにここは山の恵みが素晴らしいでしょ? 地産地消も視野に入れての素朴なお惣菜を作りたいなって。でもこの仁淀川町の中だけで終わらせてしまうのは勿体ないから、外へも発信していくつもりでいるわ。若い人も来たくなるような、そんな場所にしたい。近くにビール工房が出来てるでしょ? あ、ビールって知ってる?」
私の記憶が正しいなら、1724年(享保9年)頃には日本にもオランダから入ってきたはず。長い時間を生きてきている彼らならもしかしたら知ってるかもしれないけど。
「ビイルですか。名前は聞いたことはありますが、実際に口にしたことはないですね」
「あれは好みが分かれるでしょう。一度昔口にしたことはありますが、私の好みではありませんでした」
幸之助がそう言うと、妖狐は微妙な表情で言葉を付け足した。
「そっか。まぁでも、今では比較的普通に飲まれていたりするけどやっぱり好みは分かれるものね。当時の事を思うと口に合わないのも頷けるわ。でも私が話したいのはそこじゃなくて、近くにせっかくビール工房も出来ているのだし、これだけ山と水に恵まれたこの地を秘境の観光地に出来たらいいなって思ってる」
私の話を皆は黙って聞いてくれている。
相変わらず緊張感は拭えないけど、自分がやりたいこと、目指そうと思っている事……私の夢を語らせて欲しかった。
「店の物は車で配達することも考えているわ。そうすればお年寄りの方々の様子も見られるし、何より寂しい思いをする人が少なくなるんじゃないかって思うの。それから、外から人が来るようになったら……民泊出来る場所としてこの家の一部を提供したいの」
「え? この家を、ですか?」
この話に一番最初に幸之助が食いつくだろうと思ったけど、やっぱりだった。
私は幸之助を振り返り、真っすぐに彼を見つめる。
「幸之助。私の相談って言うのは……この家のことなのよ」
「加奈子殿……」
「あなたにとって思い出があるだろうこの場所を利用したいだなんて言ったら、いい気持ちはしないだろうなと思うと、ちょっと怖かった。だけど、幾ら手入れをしていたとしてもこのままだったらこの家は無くなってしまうかもしれない。それなら、古民家として民泊出来るように改装して、利用して貰ったらどうかなって……」
ひと思いに一気にそう伝えると、私は顔を下げて緊張から高鳴る鼓動を聞いていた。その場にいる全員が最初は何も喋ろうとしなかったから、余計にそれが怖く感じてしまう。
ダメだったら別の空き家を利用させて貰えるように交渉しようとは思っていたけれど、私はこの家だから意味があるような気がしていたんだ。
幸之助に許可を貰わなければ、私の目指す夢は次のステップに進めない。
「いいですよ」
少しの間をおいてから幸之助がそう言ったことで、私は弾かれるように彼を見上げた。すると彼はにっこりと笑みを浮かべている。
「この家に再び人が来てくれるなんて、考えるだけで素晴らしいことだと思います」
「幸之助……」
私はその言葉に驚いてしまって目を見開いた。
私のその反応に対して驚いたのか、幸之助も驚いたようにこちらを見ている。
「えっと……加奈子殿?」
「……私、心のどこかで幸之助にとって大切なこの場所に、知らない人が踏み込むことを嫌うかもしれないって思ってた」
ぎゅうっと膝の上に置いていた手を固く握りしめる。
その私を見て、幸之助は首を横に振る。
「嫌うなんてことはありませんよ。私は人間が好きです。例えひと時でもこの場所に来て下さる人々を温かく迎えることはあっても、嫌う事は決してありません。滞在している間は私の加護の元に護りたいと思っていますし……。何より、またこの家に命が吹き込まれるのだろうと思うと、私は楽しみです」
嘘偽りなく、優しい笑みの元でそう伝えてくれた幸之助の言葉が胸に染みて、思わずボロボロっと涙が零れ出た。
「あー! 幸之助が加奈子泣かせた!」
「いけないんだー!」
間髪入れずやんこちゃんとてんこちゃんがそう言うものだから、当然幸之助は慌てふためき始めた。
「わ、私は別に加奈子殿を泣かすようなことは……っ!」
「泣かせたら謝んなきゃダメなんだよ! 幸之助!」
「早く加奈子に謝れよ! 幸之助!」
「え、えぇ~……」
耳をぺたりと後ろに倒し、困り果てている幸之助を見てその場にいた全員が一堂に笑い始めた。もちろん私も涙を拭いながら笑ってしまったけど。
「加奈子殿、申し訳ありませんでした……」
「ううん。幸之助は謝る事なんて何もしてないわ。ただ私が嬉しくて泣いちゃっただけだもの。だから大丈夫よ」
「加奈子は嬉しくても泣くのか?」
「嬉しいとなんで泣くの?」
「何でかしら。胸がいっぱいになって感動しちゃうのね、きっと」
私が笑ってそう言うと、やんこちゃんとてんこちゃんは二人揃って「ふ~ん」と曖昧な返事を返して来た。
「人間とは感受性が豊かなんだよ」
そう言って言葉を付け足した妖狐の言葉に、二人はまたも「ふ~ん」と返事を返していて、またそれにも笑ってしまった。
「まぁ、これからの夢も分かったっちゅうことと、お嬢さんがもんて来たことと言う事で、今日は盛大にぱぁ~っとやるぜよ! ぱぁ~っと!」
鞍馬の掛け声に、全員が賑やかな食事を摂り始めた。
「おお! カツオのタタキか! こりゃ塩で食うがぁがこじゃんち美味いねゃ!」
「あ! ちょっと鞍馬殿! それ一人で取り過ぎじゃないですか!」
「何や、虎太郎。わしにケチつけるがか!」
さっきまで落ち着いていたはずの火花がまた二人の間で散り始める。
私はそんな彼らの様子を困ったように笑って見ていたけれど、私は、私を見る妖狐の視線には気付かなかった。
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