姿を重ねて

 月明かりに照らされた海面を見つめ、さざ波の音に聞き耳を立てる。ここは情緒があって神秘的で、とても癒される場所だなぁ……。

 そう言えば桂浜水族館、ここにあるんだっけ。今度は昼間にでも来て水族館にも行ってみようかな。皆と一緒に……。出来れば、幸之助も一緒だったらいいのに。


 しんみりと思いに浸りながら海を眺める。


「そう言えば、加奈子殿。よさこい節をご存じですか?」

「よさこい節?」


 ふと、やこ問われて私は彼女を振り返った。


「そうです。よさこい祭りでも使われる歌です。土佐~の~、高知~の~……」

「あ、うん。聞いたことある」


 それ、聞いたことがある。最初に聞いたのは去年の夏、よさこい祭りの時だったかな。鳴子を持って踊る曲の中にどのチームも必ずよさこい節のフレーズが入ってるんだよね。


「この歌が生まれた元のお話知ってます?」

「話?」

「よさこい節に出て来るお坊さんなんですけど、これ実は恋のお話なんですよ」


 やこの言葉に私は初めてよさこい節の裏に実話があると言うのを知った。

 でも恋のお話って……。お坊さんって色恋は御法度だって言われていたはずよね。そのお坊さんが恋? 何だか凄く興味がある。


「初めて聞いたわ。それ、どんな話なの?」

「高知には五台山と言う山があるんですけれど、その山の竹林寺に僧侶の純信という方がいたんです。人の時代で言えば安政2年の幕末の頃ですわ」


 安政2年の幕末……と言うと大体1855年頃よね。神奈川県の浦賀にペリーの黒船が来航したくらいの時だったと思う。


 やこの話では、この恋の話には色んな説が伝えられているらしかった。

 一番有力な話としては、事の始まりは幡多郡柏島の護念寺にいた慶全と言うお坊さんが竹林寺に修行に来た時、洗濯の手伝いに来ていたお馬さんを見染めて、恋仲になったそう。

 慶全さんはお馬さんの関心を引きたくて、はりまや橋の橘屋と言う小物店でかんざしを購入したけれど、彼の知らない間にお馬さんは分別があって説法も巧みな竹林寺住職の純信さんに心を惹かれていたのだとか。


 当時は修行僧が恋をして、しかも恋人にかんざしを買い与えるなんてことが考えられない時代だったから、たちまちのうちに噂が広まってしまった。だから純信さんは「掟に背いた」として慶全を追放したんだって。だけど、彼を追い出した後で純信さんはお馬さんと逢瀬を重ねることになったとか。

 それを知った慶全さんは怒って「かんざしを買ったのは純信」だって噂を流したのがこの歌の始まりだったみたい。


「その後、純信とお馬の関係が知られてしまい、謹慎となった純信はお馬と駆け落ちすることを選んだそうです。裁判の判決文の“通信伊尾木文書写し”には、5月17日夜、ひそかにお馬の所へ行き駆け落ちを示し合わせ、19日夜に監視の隙を伺って寺を出た”と言う書面が残されているそうです」

「凄い、ドラマみたい……」

「二人はその後、道案内人の安右衛門と共に香美市かみし物部町から県境を越え、徳島を経由して香川県の琴平町まで逃避行したそうです。ですが、土佐藩の追っ手に見つかってしまって高知城下に連れ戻されました」


 何となく話の途中から分かっていたけれど、やっぱり上手くはいかなかったんだ。

 それもそうよね……当時は関所破りは御法度とされていた時代だもの。


「それで、二人はどうなったの?」

「縄に繋がれて筵に座らされ、3日間晒し者にされたそうです。純信は土佐藩以外に追放されて、お馬は城下から追放され引き離されました。その後は二人とも別々に結婚をして再び会う事はなかったと言う事です」

「……そっか」


 相容れない仲となると、やっぱりそう言う結果になっちゃうんだろうね。特に昔は今みたいに多様性が認められる世の中じゃなかったから、余計に……。


 その話を聞いた私は、知らず知らずのうちにその話に自分と幸之助を重ねていた。

 お坊さんと町娘の方がよっぽど近しいけれど、私と幸之助とではそれこそ相容れない関係よね。追放だとか、そう言うのじゃ通用しないもの。そもそも、人間とあやかしだし、種族も違う状態なわけで……。


「……」


 私はつい、黙り込んでしまった。

 そんな私を、傍にいた虎太郎はとても心配そうに視線を送ってきている事に、私は気付かなかった。


 もし幸之助とずっと一緒にいられる何か良い案があったなら、たぶん私は迷わずそれを選ぶのかもしれない。だけど、そんなこと出来るわけないよね。


 ……なんて、だめだめ。つい周りに引っ張られやすいのは私の悪いところだわ。今はまだやること沢山あるんだから。そもそもそう言うのが最終目的じゃないって、自分でも言ってたじゃない。


 私はぶんぶんと頭を振って、「よし」と気合を入れると二人を振り返った。


「さ。夜の桂浜も充分堪能できたことだし戻ろうか。夕ご飯も食べないとだしね!」


 そう言うと私は先陣を切って駐車場までの道を歩き出す。

 やこと虎太郎はそんな私を見つめながら、こそっと話をする。


「……無理、してるよね」

「そうですわね。でも、どうなさるかは加奈子殿ご自身で選び、決める事ですもの」

「うん……。僕たちがあれこれ言ったって、結局自分なんだよね」

「えぇ」


 やこと虎太郎は、前を歩いていた私の後姿を見つめ続けていた。

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