エピローグ


「ご主人! つかささんの就任式始まりますよ!」


 階段を駆け下りる音と共に、カレンの元気な音声が直樹の研究室に響いた。


 難しい顔を浮かべて作業に没頭していた直樹は一つ溜め息をついて、身体を思い切り伸ばし関節から音を鳴らした。


 向かい合っていた机の前から椅子ごとソファーの前に移動して、スティック型のマスターキーを天井に向ける。ヴゥンと微かな機械音がして、天井のプロジェクターから映像が映し出される。若い女性の声が研究室に響いた。


「ただいまより、総管理局本部、本部長就任式を執り行わせていただきます。結城ゆうきつかさ本部長より一言いただきたいと思いますので、会場の皆様、お静かにお願いいたします」


 何百人も入るような巨大な会場の上座に長方形のテーブルと椅子が一列に並んでいて、スーツを着た男女が真剣な面持ちで座っている。その中につかさや自然保護課室長、笹山聡ささやまさとしの姿もあった。

 彼らに向かい合うように何列も並べられた椅子に座るのは、マイクやメモを構える男女の姿。恐らく取材のために訪れた記者たちだろう。


 今回の事件の真相はまだ公表されていないものの、事件の黒幕でもあった水元鉄雄みずもとてつお本部長が直樹の告発によって逮捕されたことは当然テレビでも報道されている。

 水元の持っていたデータは捜査が入った時点で削除されていたが、佐久間の研究室から押収されたコンピューターの中に残っていたため、証拠は十分だった。巨大な組織のトップが突然の逮捕。それはいかにもテレビ局の好きそうな話題だ。記者が多いのも仕方がない。



 佐久間の引き連れた獏のクローンがアイエンスシティで暴れ、D.Dである直樹とつかさ、本部直属警備隊の長いようで短い一夜の戦いから、早くも三ヵ月が過ぎていた。


 街で暴れていた獏は警備隊、そして混乱する現場を見事に統率、指揮したMicroマイクロ Roseriaロゼリア代表取締役社長、西川玲子さいかわれいこ、彼女に仕える執事である月島つきしまの活躍で、全ての個体に傷をつけることなく捕獲に成功。数人の怪我人を出してしまったものの、死者は一人も出ずに事件は収束した。


 事件の首謀者である科学者の佐久間修一さくましゅういちとオリヴィアは警備隊によって逮捕、地下の監獄に収監された。

 枢木くるるぎ一族の力をなんらかの方法によって手に入れた佐久間に至っては、目に枷をつけ力を発動できないよう厳重に監視されている。


 この一人の科学者と一台のアンドロイドの逮捕によって、事件は解決したと世間は喜んだ。しかし、事件の諸悪は彼らではない。彼らもまた被害者だ。


 この事件の真相は街の人々に総管理局への不信を招き、存続にも関わるほどのことだ。獏から人々を守る存在のD.Dを全面的に支援していた総管理局が、神の力……獏のヌシが持つ心に介入する力を欲し、無抵抗な枢木一族の森へと攻め込み、殺戮、破壊したという事実は到底受け入れられるものではない。悪であるはずの獏が被害者で、正義だと信じてきた総管理局が加害者だったのだから。


「水元鉄雄や事件の関係者が逮捕されて、新本部長としてもっとも適正があったのがつかささんだったはいえ、このタイミングで本部長に就任したのって、総管理局や総管理局と連携していたD.Dへの不信感を全部受け止めて向き合うためですよね。秀樹様がつかささんやご主人、風花さんに枢木一族のことを話さなかったのは、用心深く私たちのメモリーから事件に関する全てを消去したのは、獏は悪ではないのにも拘わらず戦わなければいけない重荷や、真相の理不尽さを背負って欲しくなかったからではないでしょうか。今つかささんがやっていることって秀樹様が一番望んでいなかったことですよね」


 プロジェクターから映し出される映像を見つめるカレンがそんなことを言った。問いのような独り言のような喋り方だった。

「うーん」と喉を鳴らしながら頭の後ろに両手を回して、直樹は天井を見上げた。天井を見上げたまま、直樹はカレンの言葉に答えるように言った。


「そもそも父さんの望んでたことってのが、つかさにとって余計なお世話なんじゃねぇの。俺や風花にとってもさ」


「む! そんな言い方は無いです!」


 直樹の言葉が気に入らなかったようで、カレンはむくれっ面で抗議した。


「秀樹様がやったことは、全部ご主人たちのことを想って――」


「父さんは過保護すぎるんだよ。俺らはそんなに弱くない。ほれ、始まんぞ」


 直樹はカレンの言葉を遮ってそう言うと、映像に映し出されたスーツ姿のつかさを顎で指し示した。頬を膨らませていたカレンの目線も、つかさの姿に待ってましたとばかりに釘付けになる。


 スーツをきっちりと着込みいつになく真剣な面持ちのつかさが、隣に座る女性からマイクを受け取る。つかさは一つ深呼吸をしてから、はっきりとよく通る声で話し始めた。


「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。今日付けで総管理局本部、本部長に就任することになりました、結城つかさと申します」


 つかさが深く頭を下げたのと同時に、沈黙を守っていた記者たちが堰を切ったように質問を投げ掛け始めた。


水元みずもと元本部長が逮捕された理由がまだ報じられていませんが、新本部長として説明する責任があるんじゃないですか?」

「つかささんはD.Dとして以前から総管理局と協力関係にありましたよね? 今回の水元みずもと元本部長の逮捕となにか関わりがあったのではないですか?」

「そもそも獏の出現とD.Dは繋がっているのでは?」

「今回のアイエンスシティ襲撃の首謀者である佐久間修一は、あの大門秀樹氏と師弟関係にあったと言われていますが、そこのところ詳しくお聞かせください!」


 記者全員が一斉に質問を投げ掛けるせいで、秩序というものは存在していない。予想はしていたことだが、記者の質問の中にはやはりD.Dに対する好き勝手な憶測も含まれていた。


「むぅ! まるで私たちが悪者みたいな言い方じゃないですか!」


 彼らの挑発とも取れる質問の数々に、カレンは頬を丸く膨らませて文句をこぼした。


「まぁまぁ、落ち着けよ。さて……、つかさはなんて答えるのかね」


 不服そうなカレンを一瞥して宥めると、直樹はまた映像に目を向ける。カレンも頬を膨らましたまま仕方なく黙ってつかさの言葉を待っている。

 少しを置いてから、映像の向こう側でつかさが口を開いた。


「結論から言わせていただきますと、獏は被害者で全ては人間の欲が招いた悲劇です。十三年前、総管理局元本部長水元鉄雄、彼の直属警備隊が独断、強行したある作戦が獏のヌシの怒りに触れ、多くの人々の夢を犠牲にしました。そして、我々Dreamドリーム Doctorドクターも彼らに利用された被害者と言ってもいい。私の師である大門秀樹だいもんひできも彼らに殺されました」


 つかさの話す内容は記者たちにとって想像の上をいくものだったのだろう。会場が記者たちの驚きや不安そうな声でざわついている。


「うわ! いきなりすごいとこからいきますね、つかささん。大丈夫でしょうか……」


 つかさの物怖じしない発言に不安な表情を浮かべるカレン。そんなカレンをよそに、直樹は口元に笑みを浮かべていた。どんな内容でも大事なことははっきりと言う。いかにもつかさらしいと思った。


「あいつは、誰よりも父さんのことを慕ってたからな。佐久間の気持ちも痛いほど分かるんだろうな。俺でも、佐久間には少し同情する」


 なにかを言いかけてカレンが口を開こうとした時、映像の中で記者がまた質問を投げ掛け始めた。カレンははっとしたように、また映像をじっと見つめる。


「大門秀樹氏が殺された……というのはどういうことですか?」

「そもそも獏が被害者とはどういうことですか? 詳しく説明してください!」

「もし大門氏が殺されたのであれば、なぜ結城氏が本部長に? 総管理局が悪ならD.Dがその立場に入ってしまったら、誰が市民を守るんですか!」


 また最初と同じように好き勝手なことを言って騒がしくなる記者たち。つかさはそんなざわめきにも負けないくらい大きな声を上げて言った。


「私がこの立場に就くのは、憶測で語り、陰で私たちを支えてくれた警備隊や総管理局局員たちを貶め、報道するあなたたちから彼らを守るためです!」


 つかさのこの発言には記者たちはなにも言えないようで、騒がしかった会場はしんと静まりかえった。

 一つ咳払いをして、つかさは落ち着いた声で続けていく。


「獏がどこから来て彼らがどんな存在なのか、それは彼らを守るためにも公表することはできません。ただ、この事件の始まりを簡単に言うならば、彼らには人智を超えた力があり、水元氏はそれを手に入れようとして彼らを傷付けた。獏が人々の夢を喰らったのはいわば復讐です。大門秀樹が殺されたのはその事実を知ってしまったから。口封じですね。そして三ヵ月前、佐久間が引き起こした事件。これも復讐です。彼は大門秀樹の一番弟子でした。全て、悲劇から生まれた復讐によって起こされた事件です。そして俺もまた総管理局が憎い」


 静かだった会場が少しざわついた。けれど、質問を投げ掛ける者は誰もいない。会場にいる全員が、固唾を呑んでつかさの次の言葉を待つ。つかさはさらに続ける。


「でも、それじゃダメなんです。秀樹先生が水元の秘密を知ってもなお、なぜ公表しなかったのか。先生が望んでいたのは、獏のヌシが望んでいたのは共存と罪を赦す心です。人間はたくさんの獏を傷付けました。それと同じほどに獏もたくさんの人間を傷付けた。お互いを赦し、共存していくことが先生とヌシの願いです。だから、ここで負の連鎖は断ち切ります。俺が、俺たちが人間の夢も獏の夢も守るDreamドリーム Doctorドクターです」


 最後まで言い切ると、つかさは深呼吸をして深く頭を下げマイクを机に置いた。

 静まった会場に、一人、また一人と拍手の音が響いて、気が付けば会場内は拍手の音で溢れかえっていた。

 頭を上げたつかさは、なぜかまたマイクを手に取った。

 そんな動きに気が付いて、直樹はなにを言うのかと思わず前のめりになって言葉を待つ。こちらが見えているはずはないが、映像の向こう側のつかさと目が合った気がした。


「人間の夢は俺が守るから。頼んだぞ、直樹」


 突然の投げ掛けに、直樹は思わず「お、おぅ」と変な声を出してしまった。カレンも驚いたようだが、それよりもなんだか嬉しそうにしている。

 その後、最初に案内をしていた若い女性が終了の挨拶で締め、つかさの晴れ舞台は無事、幕を閉じた。


 マスターキーを天井に向けて、プロジェクターの電源を落とす。映像が消えて研究室にはまた静けさが戻った。


「佐久間は逮捕されて罪を償うのでしょうけど、残されたオリヴィアはどうなるんでしょうか? 主人のいないオリヴィアは壊されてしまうんでしょうか」


 カレンが呟くようにそう言った。同じアンドロイドとして心配なようだ。直樹はしおれたカレンの頭に手のひらをぽんと置く。カレンにはまだ言っていない、良い報せがあることを直樹は思い出したのだった。


「オリヴィアは元々医療型アンドロイドだってのは、ジルから聞いたよな? 言うのを忘れてたんだが、オリヴィアをこっちで引き取ることになった。手続きには少し時間がかかると思うが、佐久間のコンピューターの中に以前のオリヴィアのデータが残っていたからすぐに直せる。オリヴィアはお前に会ったことがあるって言ってたぞ。多分、父さんが全部メモリーを消してしまったから、覚えてないんだろうけどな」


 驚いたように目をぱちくりさせていたカレンは直樹が話し終えた途端、歓喜の声を上げて飛び上がった。


「わーい! これでほんとに一件落着なんですね! そうだ! 今日は隼人さんと彩さんが来る予定なんですよ! 言うの忘れてました!」


「おいおい、準備とかできてるのかよ。何時に来るんだ?」


 直樹は呆れて一つ溜息をつきながらも、浮かれるカレンにそう問いかけた。と、その時、地上への扉の向こうからカレンに負けないくらいの元気な声が研究室に響いた。


「おーい! 遊びに来たぞー! 誰もいないのかー?」


 中島隼人なかじまはやとの声だ。以前はこの洋館で一緒に暮らしていたが、今はアイエンスシティで暮らす妹の中島彩なかじまあやの近くに家を借りて住んでいる。

 直樹の幼馴染でもある隼人は、今回の事件で直樹のマスターキーを盗んで複製を造り、佐久間に“ある契約”と引き換えに渡した。その結果、佐久間は総管理局に侵入、アイエンスシティは大混乱になった。

 直接なにかをしたわけじゃない。マスターキーがなくても佐久間なら遅かれ早かれ同じ事件を起こしただろう。けれど、隼人がしたことは紛れもなく窃盗だ。いくら幼馴染とはいえ、信じていた人間に裏切られショックだったのも事実だ。


 事件から数日経ったころ、直樹と隼人の二人は久しぶりに飲みに行った。その時に隼人が話した心の内を聞いて、直樹にはなにも言えなくなった。



 俺は、風花にもう一度会いたかったんだ。大好きだったから。



 隼人は直樹や風花とは一歳下で風花とは彼女が五歳の時からの付き合いだった。その時から、いつも笑顔で優しい風花のことが好きだったらしい。その五年後、突然直樹がやってきて、三人で遊ぶ中、風花と直樹の距離が近くなっていくのを近くで見てきた隼人は複雑な心境だったはずだ。

 隼人は直樹のことも大好きだったのだから。


 話し終えた後、隼人は泣きながら何度も謝った。そんな姿を見ていると気付けなかった自分が情けなくて、直樹も泣きながら隼人に謝った。

 翌日、隼人は直樹たちと二年間過ごした洋館を出て、彩の暮らすアイエンスシティでの暮らしを始めた。

 今回の事件で環境が大きく変わり、悲しい事実にも直面したが、直樹を含めた周りの仲間たちが前に進み良い方向に向かっていることは喜ばしいことだった。



 地下の研究室を出て、廊下を進んでいくとリビングへと繋がっている。リビングへの扉を開けると奥に見えるのは玄関。その前には、隼人、彩の兄妹ともう一人、見覚えのある人物が立っていた。


西川さいかわさん! いらっしゃったんですね」


「えぇ。あの事件以来、ご挨拶できていませんでしたから。ずっと記者たちに捕まっていましたもので」


 玲子は上品な笑みを浮かべて会釈した。彼女の話によると、アイエンスシティでの騒動を完璧な指揮と、豊富な人脈を駆使し収めたとして、街を救ったヒーローのような報道がされたためにあちこちからの取材が絶えず大変だったらしい。それで挨拶に遅れてしまったのだという。


「彩と二人で街の正門でバスを待ってたら、車に乗った西川さんに声をかけられたんだよ。それで乗せてもらったんだ。そんなことよりさ! 今日はみんなでパーティーしようと思って! たくさん食材買ってきたんだ。彩と二人で作るから、カレンちゃんも手伝って!」


 隼人は両手に持った大きな袋を目の高さに掲げて、嬉しそうに笑っている。カレンも久々の賑やかな光景が嬉しかったようで、その場で両手を上げジャンプした。


「わーい! パーティー楽しみです! たくさん手伝います! なにしたらいいですか?」


「カレンちゃんには野菜洗ってもらおうかな!」


 嬉しそうに台所へと駆けていく二人。残された彩が「騒がしくてすみません」と玲子に頭を下げる。


「いつもここに来るとこんな感じなんです。お兄ちゃん、直樹さんとカレンちゃんに会えたのが嬉しいみたいで」


 走っていった二人の背中を見つめる彩の瞳はとても優しかった。


「あ、そうだ! よかったら、西川さんもご飯食べていきませんか? 大したものは作れませんけど……。直樹さん、いいかな?」


「もちろん。お時間があれば、ぜひうちで食べていってください」


 二人の誘いを玲子は快く受け入れた。彩は軽く会釈をすると、台所に走っていった隼人とカレンを追いかけていった。


 残された直樹と玲子の間に少しの沈黙が流れる。沈黙を破ったのは玲子だった。


「あの日、風花さんとお会いしたそうですね。夢の中で」


 玲子には言っていないはずだった。直樹は驚いて玲子の顔を見つめた。彼女は目を合わせずに続ける。


「仕事の関係でつかささんにお会いした時、聞いたのです。……風花さんは、なんと言っていましたか?」


 直樹は首にかけたペンダントに目線を落とす。光るダイヤモンドをぎゅっと握りしめる。


「私とはもう恋人じゃない。彩ちゃんを守ってあげて。と言われました。けど、どうしたらいいのかよく分かってません。このペンダントつけてる時点で忘れられてないんですけど……。そろそろ手放す気ではいるんですよ。ずっとこのままじゃあいつに怒られるから」


 握ったままのペンダントを見つめ、直樹は考えていた。一つの考えが頭に浮かぶ。覚悟を決めて、首にかけたペンダントを外した。そして、そのまま玲子に手渡した。


「これ、西川さんが処分してくれませんか? 自分じゃ、捨てられそうにも無いので」


 突然の頼みに玲子はためらいを見せたが、直樹の笑顔を見て黙って頷くと、ペンダントを受け取り、自身のバッグにしまい込んだ。


「俺も少し手伝ってきます。西川さんはここで――」


 直樹がそう言いかけた時、背後の玄関の扉が勢いよく開いて森の風が室内に一気に流れ込んできた。

 驚いて後ろを振り返ると、そこにはつかさとジル、笹山の姿があった。さっきまで就任式をしていたはずの彼らがなぜここにいるのか、直樹には分からない。カレンもこの三人が来るとは言っていなかったはずだ。


「お前ら、なんでここにいるんだよ。就任式は? 笹山さんも仕事忙しいんじゃないんですか?」


「なんだ、直樹ー。お前、俺たちが来ちゃだめだってのかぁ?」


 笹山はにやにやしながら直樹の肩に腕を回して、顔を近付けてくる。直樹は笹山の口から漂うたばこの臭いから逃げるように、ぎりぎりまで顔を遠ざける。ガタイの良い笹山の分厚い腕からは逃れられそうにもなかったため、せめてものあがきだ。


「カレンに隼人たちが家に来るって話をジルが聞いたらしくてな。来いと言われたわけじゃないが、残りの雑務はほかの局員に任せて出てきたんだよ。今日くらいはみんなで集まりたいだろ」


 いつも通りクールな面持ちで淡々と話すつかさ。さっきの熱い演説とは別人のようで、からかってやろうかと直樹が考えていると、声を聞きつけたカレンと隼人がリビングに戻ってきた。エプロン姿の彩も台所の扉からひょっこり顔を覗かせている。


「おぉ! つかささんにジルさん! 笹山さんまで! お帰りなさい!」


 そう言ってジルの胸に飛び込むカレン。


「ただいま、カレン。直樹さまを困らせたりしてない?」


 優しい笑みを口元に浮かべて、カレンの頭を撫でるジル。相変わらず姉妹のようだ。

 久しぶりの賑やかな光景に直樹の口元も緩まっていた。


「みなさん! こんなにたくさん集まれたんですから、写真とか撮りませんか? データじゃなくてフィルムに焼き付けるやつ!」


 ジルに抱きついていたカレンがそんな提案を持ちかけた。


「そりゃ良い考えだ!けどフィルムのカメラなんて今どきあるのか? もうずいぶん昔のだろう。俺だって見たことねぇぞ」


 笹山は疑問に思いながらも写真撮影には乗り気であるらしい。笹山に拘束されたままの直樹が補足する。


「うちの父親が昔の物を集めるのが趣味だったんですよ。だから、昔のカメラも置いてあります。俺が定期的にメンテしてるんで使えますよ」


「ほー! 秀樹先生は新しいものを開発してきた科学者なのに、昔の物の方が好きだったんだなぁ」


 関心したように笹山が言うと、今度はつかさが口を開いた。


「科学者だからこそ、ですよ。探求心みたいなもんです」


「さぁ! 早く撮りましょうよー! 御託なんていらないです!」


 待ちくたびれたカレンが会話に割って入ったことで、写真を撮るために全員ひとかたまりになって洋館の外へと出た。


 玄関の前にみな笑顔で揃って並ぶ。少し離れたところで、カレンがタイマーのセットをしている間、直樹は隣に立つつかさの顔をちらと見やった。普段はあまり笑わないつかさも今日ばかりは口元に笑みを浮かべていた。つかさから目線を外して、前を向いたまま彼に声をかける。


「今日はありがとな。これからきっと苦労かけると思うけどさ。俺は誰かの上に立つって器じゃないから。俺が森を、獏を守るよ」


「当たり前のことをしてるだけだよ。獏を守るのも、お前にしかできない仕事だ」


 つかさは直樹のことを一切見ずにそう言う。つかさらしいなと、直樹は思った。


「さぁ! タイマー三十秒ですよ! 行きます!」


 セットし終わったカレンが慌てて直樹たちが並んでいる場所に走ってきた。端に立っていたジルを無理矢理真ん中に連行し、笹山の大きな身体を押しのける。


「おい! お前押しすぎだろ! もうちょいそっちじゃないと俺が写らんくなるだろが!」

「笹山さんの図体が大きすぎるんですぅだ!」


 口を尖らせて憎まれ口をたたくカレン。それに不服で騒ぐ笹山。


「あーもう! お前らいい加減にしろ!」


 見かねた直樹が声を上げたのと、カメラのシャッターが切れたのはほぼ同時だった。


「ほら見ろ! またやり直しだ!」

「えぇー! 笹山さんのせいですー!」

「俺のせいだけじゃないだろ!」

「ええい! どっちも悪いわ!」


 カレンと笹山に説教を始める直樹の姿は、あまりにもいつも通りだった。そんな三人の姿が、隼人や彩、ジルやつかさ、玲子を自然と笑顔にしていた。

 穏やかな時間がゆっくりと流れていた。





 夢を守るのが俺たちの仕事だ。


 これは、人間と獏の夢のため、夢を守る弟子たちのお話。

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