アンドロイドはなにが為に


 つかさが通風管に入っていったことを確認したジルは、天井に張り付いているオリヴィアの姿をなんとか捕捉した。けれど彼女の動きは速く、すぐに視界から消えてしまう。

 狙いをすませた弾丸が容赦なく放たれ、それをすんでのところかわすという流れをジルは繰り返していた。完全に防戦一方だ。


 気付けばこの階の照明は全て破壊され、暗闇の中で唯一光を放っているのは、つかさがオリヴィアをこの階に閉じ込めておくために創り出した壁だけだった。壁、天井の四隅に刺さった細身のナイフが創り出した、金色に光り輝く壁の光だけがジルの視界を助けていた。しかし、オリヴィアには全てお見通しのようで、壁から徐々に遠ざけられているようだ。とはいえ後ろに下がるくらいしか、音もない素早い弾丸を避ける場所などない。


 オリヴィアとは一度、資料保管庫で戦っている。包帯で両目を隠している彼女は、視界で的を狙っているわけではなく、どうやら音で周りを把握しているらしい。動けば当然、自身の居場所はばれる。かといってじっとしていても、アンドロイドであるジルの身体から発せられる微細な電気信号をすらも感知して攻撃してくる。

 オリヴィアは対アンドロイドとして造られた兵器だ。アンドロイドであるジルにとっては最悪の相手だった。


 元々ジルの瞳には暗視機能が搭載されているが、先の戦いでオリヴィアによって壊されており、暗闇の中微かに聞こえてくる足音や、トリガーを引く音など些細な音をなんとか拾い集め、オリヴィアの位置を探ることしか今のジルにはできない。けれど、それでいい。時間さえ、時間さえ稼げれば――。


「どうしたオリジン? 逃げ回ってばかりじゃないか。疲れただろう? そろそろ――」


 オリヴィアの気配が消え、危険を感じたジルは距離を取ろうとしたが、間に合わなかった。


「おねんねの時間じゃないのか?」


 背後にオリヴィアの気配を感じたのと、彼女の鋼鉄の脚がジルの下半身に叩きつけられたのは、ほぼ同時だった。金属が激しくぶつかり合う音がこの階層中に響く。

 

 ジルの身体は突然の不意打ちに反応しきれず、思い切り床に叩きつけられ、右手に握られていたライフルも重い音を響かせて床を滑っていく。

 倒されながらもすぐさま受け身を取ろうとしたジルだが、オリヴィアがそんな簡単に受け身を取らせるはずもなかった。飛び上がろうとしたジルの左手を脚で押さえつけると、右手をライフルの銃身で叩き潰した。激しい火花が散る。ジルはなんとか膝をつき、オリヴィアの影を睨みつけるが、強がってはみてもこれだけ壊されてしまっては、右手は使い物にならないだろう。床に転がるライフルも、ここからでは届かない。


「くっ! やってくれるじゃない……!」


「こんなに惨めな姿になってもなお、その威勢は消えないようだな。次はもう喋れないようにしようか。この音声は私一人でいい」


 オリヴィアはそう言って、ライフルの銃口をジルの口内に無理矢理押し込む。オリヴィアがトリガーに指をかけた時、ジルは不敵な笑みを浮かべた。


 ――ありがとう。私に近付いてくれて。


 オリジンを取り押さえた。自分が上だ。その慢心がオリヴィアの動きに一瞬の隙を生んだ。その隙をジルは見逃さず、そしてこの瞬間を狙っていた。そのために時間が必要だった。


「壊れろ」


 冷たい無機質な音声。無慈悲に吐き捨てられた言葉が暗闇に反響したのとほぼ同時に、銃口を押し付けられたジルの口から、小型のカプセルのような物が床に転がり落ちた。


「っ!? なんだこれ」


 床に転がったカプセルはまばゆい閃光を放った。と、同時に人間の耳には聞こえないほど高周波の超音波が、警戒して後方に下がろうとしたオリヴィアの集音器を攻撃した。

 突然使い物にならなくなった自身の集音器に困惑し、左手を押さえつけていたオリヴィアの脚が少しだけ緩んだ。ここしかなかった。その一瞬の隙に左手に全重量を乗せ、床についていた脚をオリヴィアの顎めがけて思い切り突き上げた。その蹴りは確実にオリヴィアの顎を捉え、確かなダメージを与えた。


「しまっ……!」


 オリヴィアはすぐに体勢を整えようとしたが、ジルの動きの方が速かった。


「右手が使えないから狙いは定まらない……でも! 狙えないなら至近距離から撃てばいい!」


 床に転がるライフルを拾い上げ、一気に詰め寄ったジルは左手に握られたライフルの銃口を、オリヴィアの額に押し当てた。


「さよなら。オリヴィア。あなたはとても強かった」


 トリガーが引かれ、騒がしい発砲音を響かせながら放たれた弾丸は、オリヴィアの額に大きな穴を空けた。瞳に巻きつけられていた包帯が弾丸によって破かれ、露になった大きな赤い瞳からは透明の液体が溢れ出していた。

 彼女の顔に浮かんでいたのは、怒りでもなく、憎しみでもない。ただただ、深い悲しみだけだった。


「私は……マスターに認められるために……!」


 ジルに似せられた音声。ジルと同じ武器。玲子から佐久間の話を聞いた後だからこそ、目の前のこのアンドロイドの瞳から流れる液体は、ただのオイルなんかではないと思った。

 彼女が造られた理由は、佐久間の師を超えるという野望のためだけであり、そして彼女もそれに気付いているからこそ、額に穴を空けられ、機能が停止しそうになってもなお、佐久間に認められることにここまで固執するのだろうか。


 辺りを照らしていた閃光が消えゆき、暗闇が広がり始めたこの空間に、床に倒れこむような金属音が重く、深い悲しみを孕ませ、静寂に包まれて消えた。






 ****




 あぁ。どれだけ性能を強化しても、精度を上げても、やっぱりオリジンには勝てない。


 額を撃ち抜かれたことで重要な基盤をやられたらしい。ほとんどの機能が上手く動かない。弾丸で貫かれ、機能が低下した身体がバランスを失い倒れそうになる。

 膝をついた状態で顔を上げてオリジンの姿を探す。長い間包帯で隠されていた視界は、メンテナンスもしておらずほぼ機能していない。目の前にいるはずのオリジンの姿もおぼろげだった。

 微かに映る視界も、まるで水の中にいるみたいに濡れている。これはいったい何なのだろうか。


「私はただ……」


「オリヴィア。もういい、もういいのよ」


 オリジンの声。私に同情しているのか。今の私はただの殺戮兵器なのだろうな。

 あぁ、でも、違うんだ。違うんだよ。マスターが私を造った理由は――。




「今日からお前の名前はオリヴィアだ。よろしくな、オリヴィア」


 それが、私がこの世に造り出されて最初に拾った言葉だった。初めて目を開いた私の視界に映ったのは、眼鏡をかけ穏やかな笑みを称えた青年だった。私は天才と呼ばれた彼に造られた。この日から彼は私のマスターになった。



「この世界には今、魔物がいて人々を苦しめてるんだ。僕の先生がマインドリカバリーっていう機械を造り出して、たくさんの人を助けてくれてる。ほんとは僕も戦いたいんだけど、身体が弱いから先生が許してくれないんだよ」


 マスターは造られたばかりの私に色々なことを教えてくれた。特に“先生”の話をしている時のマスターはとても楽しそうだった。


「だからさ、僕は僕のやり方で先生を助けて、街の人を助けるんだ。オリヴィアを造ったのは、その手伝いをしてもらうためだ。君はだ。どんな人にも優しくするんだよ」


 私は人間を癒し、痛みを、苦しみを削除デリートするのが仕事。ひどい怪我をしてどんなに泣いていた人間も、私が怪我を治すと皆たちまち笑顔になった。その笑顔を見るのが大好きだった。


 だって私は、人間を守るために造られたアンドロイドなのだから。



「おぉ! 君が修一の造ったアンドロイドか! 俺にも仲間がいるんだ。カレン、リュウ、入っておいで」


 私が造られてから数年が経った頃だ。マスターが“先生”と呼び慕っていた、科学の第一人者で彼の師である大門秀樹だいもんひできが、私達の住む住宅区へと訪ねてきたのは。


「初めまして! あなたがオリヴィアさんですね? 医療型アンドロイドだとか。すごいですよね、私は戦闘型アンドロイドで――」


 部屋に入ってきた途端、私の手をとってまくし立てたのは戦闘型アンドロイドのカレンだった。十六歳ほどの少女の姿で、金色の人工毛を後ろでひとまとめにしている。


「カレン、よしなよ。オリヴィアちゃんが困ってるじゃんか」


 カレンの勢いに少し押され気味だった私に気付いたのは、彼女の後ろに立っていた幼顔の少年だった。見た目はカレンと同じで十六歳くらいに造られているらしい。真っ赤な人工毛をしていた。


 この頃の私はまだ造られたばかりで、自分以外のアンドロイドと話したこともなかった。どうすればいいか分からず、マスターの背中の影に隠れた私を見て、


「ごめんよ。オリヴィアはコミュニケーションをとるのが、まだそんなに得意じゃないんだ」


 そう言い笑ったマスターは、とても優しい顔をしていた。こんな日がずっと続いて、たくさんの笑顔を咲かせながら、医療型アンドロイドとしての使命を全うするのだと思っていた。



 どれだけ長い時間をかけ、積み上げたとしても、積み上げた幸福が崩れるのは一瞬だということを、私は知ることになる。


 大門秀樹の訃報が私達の元へ届いた日。あの日から、全てが狂い始めた。


「医療型アンドロイドなどいらない。こんなアンドロイドじゃ、誰一人として救えない! 力だ。もっと力が――」


 マスターのこの言葉を最後に、医療型アンドロイドの“オリヴィア”は壊された。次に動き出した時には、私に目には包帯が巻き付けられていて、身体の中の格納庫には巨大なライフルが備えられていた。それだけじゃない。ステルス機能、暗闇の中でも活動可能な高性能集音器――。

 人間を癒し守るアンドロイドだった“オリヴィア”は、人間を傷付け壊すアンドロイドへと造り替えられていた。



「先生が造りだしたアンドロイドの中でも、最高性能を誇るジルを元にさらに改良を重ねたのがお前なんだ。ジルよりも今よりも必ず強くなれ」



 冷たい目だ。あの日から、マスターの優しい顔を私は見ていない。もし、もしあの笑顔をもう一度見られるのなら、私はいくらでも戦おう。オリジンを超えてみせよう。



 ――けれど、それももう、無理らしい。



「……違うんだよ。私は……」


 膝をつき、瞳から透明の液体を流す私にオリジンは静かに歩み寄る。


「オリヴィア。あなたは、佐久間のことが大好きなのよね。その気持ちは私にも分かるから」


 そう言って、オリジンは私の頬に手を添えた。私を見つめる彼女の瞳はとても優しく暖かい。昔の、マスターの笑顔のように暖かかった。


 アンドロイドに心はない。擬似的なをプログラムされているだけだ。

 だから、この暖かい瞳に縋りつきたくなったのも、ただのプログラムなのかもしれない。それでも。


 マスターの笑顔をもう一度見たい。この私の想いだけは本物だと思いたい。



「……オリジン。一つだけ頼みがあるんだ」



 これが、私にとって最初で最後の頼み事になるだろう。ここからが私の、マスターの助手としての最後の仕事だ。


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