侵略者


「どうだ? 直せそうか?」


 笹山の心配そうな問いにつかさは無言で頷いた。損傷したパーツを取り外しては、新品のパーツを一つずつ迅速にけれど的確に組み付けていく。

 ジルの損傷パーツを確認して、瞬時に適切な部品を把握、必要な分だけを集めてくれた有能な若き科学者達には本当に感謝だ。管理局員だけで留まっておくには勿体ない、そう思ったことは胸にしまいこんだ。



 総管理局本部の全システムがハッキングされ、大勢の管理局員を人質とした大規模テロが発生してから、およそ十時間以上が経とうとしていた。


 資料調査のため、総管理局に単身訪れていたジルは"オリヴィア"という謎のアンドロイドと交戦し、手足のパーツを損傷。数時間後に訪れたつかさと笹山の二人が出会ったのは、"佐久間修一さくましゅういち"という男とオリヴィアだった。つかさは彼らの拘束を試みるも失敗。佐久間の持つ球体の機械から獏が飛び出し、暴れ回るという事態が発生した。その上、本部内の全システムが佐久間によって乗っ取られ、外から入ることも、中から出ることもできなくなってしまっている。本部は完全に孤立していた。

 そんな混乱の中でも本部に常駐している警備隊が功績を挙げ、捕獲装置による獏の捕獲、拘束はかなり進んではいるものの、捕まえても捕まえても次々と別の個体が流れ込んでくるため、皆疲弊し徐々に追い詰められていた。



「さっき捕まえたばかりなのに、また近くに別の獏が……このままじゃ捕獲装置も足りなくなるぞ……くそ!」


 警備隊員の一人が、額に浮かび上がった大量の汗を腕で拭いながら吐き捨てるようにそう言った。

 ここはモニタールーム。この総管理局本部内に設置された全ての監視カメラの映像を管理、確認することができる部屋だ。佐久間が獏を放ち本部内が混乱する中、笹山はつかさの指示でいち早く管理局員全員をモニタールームへと避難させた。佐久間がシステムをハッキングし、外からの応援が来ないよう仕向けるのは容易に想像ができた為、本部内、建物の周りなどの様子を確認できるモニタールームのシステムだけは、なんとしても死守しようと考えたのだ。


 笹山の対応が早かったおかげで、モニタールームのシステムの掌握には成功した。しかし、あちこちに備え付けられた監視カメラをオリヴィアがライフルで一つずつ壊して回っているらしく、モニターに映る映像もこの部屋の周りだけとなってしまった。これではどこに佐久間がいるのかも、どこから獏を送り込んでいるのかも分からない。それは、外に出ることの危険の高さを示していた。



「よし。これでもう大丈夫だ。動かせるか? ジル」


 ようやく作業終え、つかさは額の汗を拭いながら自身の助手へと声をかける。壁にもたれかかるようにして座っていたジルが目を開き、ゆっくりと立ち上がった。


「えぇ。大丈夫よ。ありがとう、つかさ。さすがD.Dね」


 ジルはそう言って微笑むと、腕や脚のパーツを曲げたり振ってみたり、動作確認をおこなった。しばらくの間動かしていたが、特に不満なところは無かったようだ。満足そうに頷いた。

 その様子を見ていた警備隊に「おぉ!」という歓喜の声が上がった。疲れきった彼らにも少しだけ希望が宿ったようだった。しかし、


「ジルさんが動けるようになったのは心強いですが……でも、獏はまたすぐにここににやってきます。もう捕獲装置も数えるほどしかありません。このままじゃ全員……」


 消え入るような声で弱音を吐いたのは、まだ若い一人の青年だった。まだ、警備隊に配属されて日も浅いのかもしれない。突然見たこともない魔物との戦いを強いられているこの状況で、彼が不安を感じるのも無理はなかった。

 しかし、そんな彼の言葉を遮って叱責したのは警備隊隊長の新藤しんどうだった。


「警備隊がそんな弱音吐いてどうする! 外でもたくさんの一般市民が危険に晒されてるんだ!  俺達がこんなところで倒れるわけにはいかないんだよ!」


 強く言い放った新藤の、機関銃を握る腕が小刻みに震えていることにつかさは気付いた。この言葉は青年に向けてというよりは、自分に言い聞かせているのかもしれなかった。もう皆、限界なのだ。


「皆さん、もう限界でしょう。飲み物も食料も十分にないこの場所で、いつまでも留まるのは得策じゃない。外からの支援も期待はできません。システムの奪還を考えた方がいい」


 つかさの凛と通った力強い声が、少し重くなった空気を振り払うようにモニタールームに響いた。皆黙ったまま、お互いに顔を見合わせている。つかさのその提案を一番に後押ししたのは笹山だった。


「このままここにいたって埒があかねぇだろ。それにこんなに大勢で詰め込まれてちゃ体力も消耗する。つかさの提案に賛成だ。これでも俺は一応室長だしな。ここにいる管理局員を守るのも俺の仕事だろ」


 そう言ってどんと胸を叩いた笹山の周りに、彼の管轄である自然保護課の部下であろう若者達が一斉に駆け寄る。中には笹山に抱きついている青年もいた。


「室長!」

「室長ならそう言ってくれるって信じてました!」

「俺は室長に付いていきます!」

「私だって!」


 女も男も関係なしに笹山のことを慕っているらしい。モニタールーム全体に活気が戻ったような気がした。


「ならさっそく、どうやってシステムを奪還するか作戦会議を……」


 つかさが言い終わるのを待たずに、彼のジャケットの内ポケットにしまい込まれたスマホが激しく振動した。


「ちょっと失礼」


 つかさの次の言葉に注目していた管理局員達に断りを入れてから、震え続けるスマホの透き通った液晶画面に視線を移した。直樹だろうと思っていたつかさは、液晶に浮かぶ登録もされていない見覚えのない電話番号に眉をひそめた。


「あぁ、この電話番号はMicroマイクロ Roseliaロゼリア代表取締役、西川玲子さいかわれいこ様のね」


 つかさの疑問に答えたのは、背後から液晶画面を覗き込んでいたジルだった。そうだ、記憶が正しければ数か月前、最初に獏の退治を二年ぶりに依頼してきたのが、この西川玲子という女性だったはずだ。カレン辺りから彼女のデータを受け取っていたのだろう。

 西川玲子といえば、商品である最新型ホビーの開発なども担っていたはずだ。科学者としての名も界隈ではそれなりに名が通っている。もしかしたら、なにか協力を得られるかもしれない。

 着信が止まってしまう前に応答の表示をタップする。空間に映し出されたのは、整った顔立ちをした落ち着いた雰囲気の女性だった。凛とした声がスピーカーから流れて、つかさの鼓膜を震わせる。


「初めまして。結城つかささんですね? 連絡先を調べるという勝手をお許しください。わたくし、西川玲子と申します。そちらの様子はどうなっていますか? こちらは住民の避難も全て完了しました。今システムの奪還のため、多くの企業が協力してくれています。なにかお力になれることがあればお手伝いいたしますわ」


 期待通りの展開だった。まさかこんなにうまくいくとは。彼女の協力があれば、システムの奪還も難しくはないかもしれない。


「ありがとうございます。とても助かります」


 画面の向こう側にいる玲子に向かって、軽く頭を下げお礼を言う。つかさは本題に入る前に、すぐそばで座り込んでパソコンのキーボードを叩く一人の女性に視線を移した。眼鏡をかけた大人しそうなその女性は、突然目が合って驚いたのか少し慌てているように見えた。


「あ、はい! な、なにかご用ですか?」


「そんなにかしこまらないでください。一つお聞きしたいんですが、そのPCの中に管理局全体の見取り図みたいなものは入っていますか ?」


「あぁ、入ってます!」


 女性は素早くキーボードを打ち込んでデータを開く。見取り図が映し出された画面を開いたまま、つかさにも見えるようにこちら側に向けてくれた。管理局自体がかなりの広さのため、データは膨大な量だ。つかさは自身のスマホを指差して、


「ここにデータを送ってもらえますか?」


 女性が頷いたのを確認してから、つかさは玲子に視線を戻した。本題に入ろうとした時、先に口を開いたのは玲子だった。


「つかささん。佐久間修一さくましゅういち、という男に襲われたそうですね?」


 白衣を身に纏った長身の佐久間の姿を思い出した。ジルを破壊した“オリヴィア”というアンドロイドを引き連れていた男だ。玲子は、なぜあの男に襲われたことを知っているのだろう。その疑問をつかさはそのまま口にした。


「どうしてそのことを? 確かに佐久間という男とオリヴィアというアンドロイドに襲われましたが……」


“オリヴィア”という名前になにか心当たりがあるのだろうか。玲子は驚いたように目を見開いた。


「オリヴィア……。彼は……遂に彼女を……」


 悲しそうに目を伏せた玲子だったが、すぐにまた凛とした瞳がつかさを見つめる。玲子は言葉を繋いでいく。


「佐久間は、大門秀樹の最初の弟子。そして、私の尊敬する科学者の一人でした。彼は天才と呼ぶに相応しい優秀な科学者でしたわ」


 佐久間と名乗るあの男が言っていた言葉ははっきりと覚えている。確か佐久間は言っていた。「君の兄弟子だよ」と。


「なんとなく分かっていました。佐久間自身が言っていたんです。兄弟子だと」


「そうでしたか。……彼は、総管理局を恨んでいます。今回ここを襲ったのも上層部への復讐といったところ。そして、師を超えるためでしょう。彼はそういう男です」


「なぜ佐久間は総管理局を恨んでいるんです?」


 つかさのその言葉に玲子は目を閉じて、静か首を横に振った。


「それは今教えることはできません。全てが片付いた時必ずお話すると約束しましょう。今は彼を止めなくてはいけませんわ」


 彼女の話す言葉はどれも意思が固く、これ以上聞いても無駄だということはすぐに分かった。つかさは小さな溜息をついて、余計なことは考えるなと自分に言い聞かせた。スマホの液晶から空間に映し出されている玲子や、不安そうにつかさを見つめる警備隊の男達をゆっくりと見回しながら、今自分がもっともすべきであることを力強く告げた。


「システムの奪還を最優先に考え、その協力を皆さんにお願いしたい。目標は……最上階の制御室です」



 獏のフゥリン、枢木一族の冬樹と共に、夏芽の救出を目指す直樹とカレン。そして、総管理局を恨む佐久間とオリヴィア、同じ師を持つつかさとジルのアイエンスシティを懸けた戦い。様々な思惑の中でそれぞれの戦いの幕が上がったのだった――。

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