第四章 明かされた真実

神殺し


 ――姉ちゃん待って待って! 夏芽なつめ姉ちゃん!


 ――遅いよ、冬樹ふゆき。置いてくよ!



 子供達が楽しそうに遊びまわる声が響き、ぼんやりとしていた直樹の意識を、徐々に鮮明なものへと変えていく。

 暖かな陽射し。青々とした緑の香りと心地良いそよ風の中、直樹は重い瞼を開いた。


「ここは……」


 突然強く光り出した光の玉に包まれてから、少しの間意識を失っていたようだった。気付けば、青々と茂った木々の隙間から太陽の光が射し込む、豊かな森の中で大の字になって倒れていた。


(お兄ちゃん、目が覚めたんだね)


 陽の光に目を細める直樹の頭上を、光の玉がぐるぐると廻っている。声からしてあの少年のようだ。

 地面に手をつきながら、ゆっくりと身体を起こす。地面の土の感触も、森の少し湿った匂いも、何もかもが生命に満ち溢れていた。先程までのあの朽ちた森はどこに行ったのだろうか。いつの間に自分は移動したのだろうか、と直樹の頭の中は疑問でいっぱいだった。


「ここは? さっきまでいたあの森は? 俺は朝まで寝てたのか?」


 直樹の問いに、ぐるぐると廻っていた少年はぴたりと動きを止め目の前で静止した。


(ううん、朝になったわけじゃないよ。ここは僕達の心に眠る記憶から創り出した世界。それをお兄ちゃんに見せてるだけ。ここは十三年前の枢木の森なんだ。そして、全ての悪夢の始まりの日)


 十三年前。ちょうど獏が人々の夢の中に姿を現し始めた頃だ。


「十三年前のこの日の出来事が、獏が夢の中に現れたことと関係があるのか?」


 地面に胡座をかいていた直樹は立ち上がり、子供達の楽しそうな声が聞こえてくる方へと視線を向ける。少年もそれに倣うように直樹の隣へと移動した。


(あそこで遊んでいる女の子が夏芽なつめ姉ちゃん、その隣の冬樹ふゆきって呼ばれてるのが僕だよ。姉弟なんだ)


 夏芽と呼ばれた少女は、色白でとても美しい顔立ちをしていた。美しく輝くブロンドの髪は頭の上で纏められており、短くて纏めきれなかった後れ毛が風を受けて揺れるその光景に、儚く美しい印象を抱かずにはいられなかった。

「置いていくよ」と言いながらも、一所懸命に姉を追いかける弟を待つために夏芽は立ち止まり、彼が追いつくまで優しい笑みを浮かべなから愛おしそうに眺めている。

 そんな微笑ましい二人の兄妹の奥。一際立派な大樹の何本も分かれて伸びた枝の上に、なにやら巨大な影が見えることに直樹は気が付いた。


「なぁ、冬樹。あの枝の上になんかいないか?」


(あぁ、あれは"ヌシ様"だよ)


 隣にふわふわと浮かんでいた冬樹は、嬉しそうにくるくるとその場で回っている。その様子に直樹は頬を緩める。と、枝の上の巨大な影がゆっくりと動き出した。大樹の枝と葉が激しく揺れ、姿を表したのは"ヌシ様"と呼ばれた獏だった。

 象のように長い鼻、サイのような目、筋肉質な胴体に、虎のように鋭い爪を携えた太く逞しい脚。

 確かに獏そのものだ。けれど、この森のヌシである獏の赤い瞳は、とても優しい目をしていた。それは、魔物などと呼ぶにはあまりにも神々しく、慈悲で溢れていた。


(獏はこの森の生命の源なんだ。そしてこの森の全ての生命、獏の力を司ってるのがヌシ様なんだよ。枢木一族はヌシ様に創り出された一族だって伝わってる。僕らはヌシ様に守られて、ヌシ様を守るためにこの森に住んでいたんだ)


「……幸せそうだな」


 枝の間から顔を覗かせるヌシと、その大きな長い鼻にじゃれ合う仲睦まじい二人の姿を見て、直樹は誰に言うでもなくぽつりと呟いた。冬樹は何も答えない。彼は生前の自分の姿をどんな気持ちで見ているのだろう。

 直樹の呟きに答えるように、悲しげな声で彼が語りだしたのは数分が経った頃だった。


(枢木一族はね、生まれながらに獏と同じ赤い目を持っているんだ。その目が、獏と会話ができる、人の心に介入する力を持ってる。けどそれは、一族以外の人間が扱っていいものなんかじゃないんだ。それなのに……。すごく幸せだったのに、一瞬で壊された。君達の住む街の、の手によって)


 冬樹の言葉が合図だったかのように、静かだった森に激しい爆音が響き渡った。森全体に響き渡るほどの爆音に空気が激しく振動している。地面が揺れ直樹はよろめき倒れそうになったが、そばに植わる樹木を支えにしてなんとか耐えようと腕と足に力を込めた。激しい爆音と振動に驚いた様々な生き物達が、一斉に騒ぎ始める。生命の輝きに満ち溢れていた森は、一瞬にして混乱に包まれた。


「なんだ、この爆音! 一体どこから……」


 振動に負けじと声を振り絞って叫んだ瞬間、突然目の前に広がっていた森も支えにしていた樹木も消え、真っ白な空間が辺りを覆い尽くした。まるで別の世界に放り出されたような感覚に襲われた。


(ここから少しだけ、辛いものを見せることになるけど覚悟して欲しいんだ。でもこれは全て真実だから、"あの日"の出来事から決して目を背けないで)


 冬樹が力強い声でそう言うと、少しずつ白い空間に色がついていく。徐々に姿を現し始めた"あの日"の光景は、直樹の想像から逸脱していた。目の前に現れたのは酷く凄惨な光景だった。



 建ち並ぶ民家に火が放たれ、激しく火を噴く小さな集落の中、泣きながら、または怒鳴りながら逃げ惑う老若男女。

 そして、逃げ惑う人々になんの躊躇いも無く銃を向け、無慈悲な銃声音を轟かせながら追う、見覚えのある防具に身を包んだ戦闘員――。

 彼等が何者であるかなんて、気付かなければどれだけ良かったんだろうか。けれど、気付かないはずなんて無かった。


「総管理局……警備隊……」


 唖然と立ち尽くす直樹を嘲笑うかのように、横を一人の人物が通り過ぎていった。水元鉄雄みずもとてつお指令本部本部長、その人だった。


「夏芽という少女を探し出せ! あとは全員殺しても構わん。獏には気を付けろ、必ず襲ってくるだろうからな。狙うなら全ての源であるヌシを殺れ」


 自身の周りを警備隊、戦闘型アンドロイドに守られながら、いやらしい笑みを浮かべている水元を見て、直樹は吐き気を覚えた。これが、こいつの隠してた真実か。


 また場面は切り替わり、空間が白で塗り潰されたあと、最初に目にした場所、ヌシと二人の兄妹がじゃれ合っていた森の中と同じ景色が目の前に広がった。けれど再び現れたその森は、あの幸せな光景などまるで嘘だったかのように、絶望へと姿を変えていた。


 血を流し、地面にぐったりと倒れる冬樹。そのそばで泣き叫びながら、鋼鉄のアンドロイドに捕らえられている夏芽。彼女を助けようと赤い目を怒りで燃やし、身体中から血を流してもなお、警備隊やアンドロイドに立ち向かい暴れ回るヌシ

 けれど、どれだけ強大な力を持つ獏のヌシでも、人間の造り出した大量の兵器には勝てない。警備隊の怒号とともに放たれた巨大な超電磁砲レールガンの弾丸がヌシの身体を貫いた。


「グオォォォォ!!」


 断末魔の叫びだった。唸り声は徐々に小さくなり、巨大な身体を支えていた足から力が抜け、地面を激しく震わせながらヌシは地面へと倒れ込んだ。


「なんだよ……これ。これじゃまるで……」



 ――人間の方がよっぽど魔物じゃないか。



 直樹の心の声を見透かしたように、隣に浮かぶ冬樹が答えた。



(これが君達人間の犯した罪。君達のは、僕達の神を殺したんだ)



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