暗殺者


 直樹達が由美子の居酒屋で集まっている頃。ジルはつかさの使者として総管理局本部へと戻ってきていた。


「こちらです。ここに総管理局創立時からの資料が保管されています。全てはデータ化され管理局のデータベースの中に組み込まれていますが、原本として紙に記録し、厳重に保管しています」


 スーツに身を包んだ真面目そうな、だがどこか幼さの残る青年が、ジルを資料保管庫の中へと招き入れる。


「ありがとうございます。こんな遅くに申し訳ありません」


 丁寧に頭を下げるジルに、青年はとんでもないという風に手と首を振って見せた。


「いえいえ! こちらこそ秀樹様のお造りになったジルさんに会えるなんて光栄ですから! 僕はあなた達に憧れてここで働いているんです。今は雑務ばかりですけど、いつかは自然保護課に配属されるように頑張ります」


 青年の屈託のない笑顔にジルも頬を緩めた。


 ――貴方の意思は、きちんと若者達に引き継がれていますよ。


 声には出さず、メモリーの中の秀樹にそっと語りかける。彼が命を賭して守ろうとしたこの世界を私が守らなくてはいけないのだと、改めてプログラムに刻みつけた。


「では、僕は外で待っているので、調べ終わったら声をかけてください」


 そう言って青年が保管庫から出ると、指紋認証の頑丈な鉄の扉が大きな音を立てながらゆっくりと閉まり、室内は静寂に包まれた。


「さて……どこから手をつけようかしら」


 天井付近にまで伸びた巨大な本棚には、一番上までびっしりと大量のファイルや書物が綺麗に陳列されていた。蛍光灯の明かりで室内はかなり明るいが、この広い保管庫のはるか奥まで続く本棚の列は、終わりが何処なのかここからでは分からないほどの規模だった。本棚の側面にはプレートが掛けられており、「商業運営課」「住宅管理課」などの部署名が書かれている。どうやらその部署が管轄する区の歴史や記録などを部署ごとに分類し、保管しているようだ。それならば話は早い。


「獏が生物なのだとすると……記録として何かしら手がかりがあるとすれば自然保護課ね」


 誰に言うでもなく一人呟いて、真っ直ぐ「自然保護課」と書かれたプレートの掛かる本棚へと向かう。


 辿り着いたその本棚にも、びっしりと書物が詰め込まれていた。横幅だけで5mくらいはありそうだ。これを全て確認するとなると1日では無理だろう。とはいえ、そもそもつかさがジルをひと足早く資料保管庫へと送ったのは、資料の確認よりも"総管理局による隠蔽工作への牽制"という意味合いが強い。ジルがここに居るだけで十分その役割は果たせていた。




「うーん、おかしいわね……」


 保管庫へ入ってから約一時間が経った頃。一つずつ資料を調べていたジルは手を止めた。

 獏が人々の夢の中に現れたのは、ちょうど十三年前。その期間と前後の歴史を調べれば、何かしら手がかりが出るのではないのかと思ったのだが、十三年前以前の記録と、秀樹が亡くなった五年前の記録が誰かに抜き取られたかのように無くなっていた。



 ――いや、私よりも早くにここを訪れ、抜き取った者がいる。



「そろそろ出てきたらどう? それで隠れているつもりではないでしょう?」


「さすがは大門秀樹が造り出した戦闘型アンドロイドジル……"オリジン"といったところか」


 ジルの耳はヘッドホンのような形をした集音器になっている。そこから集めた音声を解析し、声の出処を瞬時に把握した。ここから3m程先。本棚の上にしゃがみこむようにして隠れているらしい。天井付近から聞こえたその声は、驚く程ジルの音声とよく似ていた。


「あらあら、随分と詳しいのね。あなたは秀樹様のファンにでも造られたのかしら? 私の音声にまで似せるなんてコアじゃない?」


 相手もアンドロイドのようだ。ステルス機能まで搭載しているのか、現状では目視ができない。しかし、相手が少し動きを見せたのを、ジルはすぐに感じとった。

 相手が動き、ジルが左目に探知レーダーを出現させ、保管庫内の照明が一斉に消えたのは、ほぼ同時だった。天井付近から音もなく、目にも止まらぬ速さの銃弾がジルに向かって放たれた。

 弾道を読み、身体を捻るようにしてしなやかに銃弾をかわす。相手の放った銃弾は、ジルが身に付けている衣服の、シフォンのように広がった形の袖を貫通し穴を空けた。銃弾はジルの横を通り過ぎ、激しい音を立てながら本棚へとめり込み、止まった。


「7.62NATO弾? あなたもスナイパーなのね。しかもサプレッサーまで装備しているなんて、暗殺者かなにかなのかしら?」


 本棚にめり込んだ銃弾をレーダーで一瞥し確認したジルは、今もこちらを狙っているであろうアンドロイドに声をかけた。


「"オリジン"のお前を壊せば、私は本物になれる。マスターに認めてもらえる。ジルとは一体どれほどのものか……お手合わせ願おうか」


「あなたにはボスがいるって事ね。なるほど。壊さずに連れて帰るのが理想……だけど、それはちょっと失礼に当たるわね」


 そう言ってジルは、自らの身体からひと抱えもあるようなライフルを取り出し肩に担ぐ。


「あなたが本気で私を壊しに来るのなら、私も全力で戦わせていただくわ」


 暗闇の中、右目を赤く光らせ戦闘モードに入ったジルは、不敵な笑みを浮かべながら唇を舌で舐め上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます