疑惑


 長い会議を終えた一行は、笹山行きつけのこじんまりとした居酒屋で食事も兼ねて、これからの作戦会議を行っていた。


「さぁ! 今日は俺の奢りだ! じゃんじゃん食え!」


 二杯目のビールで少し頬を赤く染めた笹山が、上機嫌な様子で直樹達に注文を促す。最初から遠慮など知らないのはカレンだ。笹山が促す前から、好き勝手につまみなどを注文しては頬張っている。


 ここはアイエンスシティ商業区内にある、今時珍しい昔ながらの居酒屋だ。席もカウンター席しかなく、こじんまりとしている。

 最近の食事処はほぼ全ての店でライン化されており、機械で作られ、機械の手で客の元に運ばれてくるいったシステムが主流だ。手作りと言っても調理専門のアンドロイドが作っていたりと、人間が調理をする場面はほとんどないのだが、この笹山行きつけの居酒屋だけは、この店の亭主である女性が調理から全て一人で切り盛りしている。


「手羽先おかわりください!」


 カウンターに立って忙しなく動いている女性に、カレンは空になった皿を笑顔で差し出した。


「ほんとによく食べるわねぇ。こんなに食べるアンドロイドは初めて見たよ。綺麗に食べてくれるとこっちも気分がいいわ」


 そう言って柔らかな笑みを浮かべ、皿を受け取った彼女の名前は、倉橋由美子くらはしゆみこ。着物を美しく着込んで、長い黒髪を綺麗に上に纏めている。所作や喋り方、どれをとっても上品という言葉がぴったりな美人だ。


「おいおい、いくら由美子が美人だからって惚れるなよ」


 何気なくカレンと由美子の会話を眺めていた直樹は、ほろ酔いの笹山にからかわれ、思わず眉を寄せてあからさまに嫌そうな顔をする。それが笹山のツボにハマったらしく「あっはっは!」と豪快に笑い飛ばされてしまった。

 そんな様子を優しい笑みを浮かべながら眺めていた由美子と目が合い、なんだか恥ずかしくなった直樹は思わず頬を染めて目を逸らす。由美子はまるで、優しい母親のような雰囲気をまとっていて、気恥ずかしい気持ちになるためどうにも慣れない。母親を知らない直樹には接し方がよく分からなかった。



「無駄話はこの辺で。なんのためにこうやって集まってるのか忘れないでください」


 笹山がなかなか本題を出さないことに痺れを切らしたつかさが、眼鏡の位置を直しながら軽く溜息をついた。


「分かってる分かってる。水元本部長だろ? ありゃなんか隠してるな」


 ジョッキに残ったビールを一気に飲み干すと、さっきとは打って変わって真面目な顔つきでつかさに向き直る。


「気付いてたんですか。てっきり気付いていないのかと」


「そこまで節穴じゃねぇよ。これでも室長なんでな」


 水元鉄雄本部長。つかさが極秘資料の提供を要求すると宣言した時、協力的な態度を示したその他の室長達とは、明らかに様子が違っていた。焦るような落ち着かないようなそんな表情を一瞬見せたのだ。すぐに取り繕うように周りと同じ態度を示したが、その一瞬を三人は見逃さなかった。


「そういえばジルさんは?」


 熱々の手羽先を頬張っていたカレンは、ふと気付いたように周りを見回す。そういえば、カレンの言うようにジルの姿が見えない。店に到着した時はたしかにいたはずなのだが。


「あぁ、ジルなら総管理局に戻ってもらった」


 いつの間にか由美子に出してもらったらしいおでんを口に運びながら、つかさが答えた。


「あの様子じゃ、後日資料提供ってなると隠蔽される可能性が高い。だからその前にジルだけ先に向かわせて資料の調査をしてもらってる。隠蔽する隙は与えないさ」


「さすがつかさは頭が切れるなぁ! 感心感心!」


 直樹を挟むようにしてさりげなく距離を取っていたつかさの意思表示などお構い無しに、椅子から立ち上がった笹山はつかさの隣の席に移動し、バンバンと大きな音を立てながら肩を叩いて嬉しそうに笑っている。

 音からして結構痛そうだ。刻み込まれてしまうんじゃないかというほどの深い皺を眉間に寄せて、露骨に嫌そうな顔をしているつかさと笹山のテンションがあまりにも違うので、直樹は思わず吹き出してしまった。

 直樹が吹き出したのをきっかけに、由美子、カレンもクスクスと笑い出して、店の中は終始ほのぼのとした雰囲気に包まれていた。


 店の中の明るさとは裏腹に、街の中は徐々に眠り始め、夜も更け始めていた――。

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