断章

科学者と赤き瞳


 巨大なPCモニターから漏れ出すブルーライトが、暗く湿っぽいこの室内をなんとか照らしている。


 機械がひしめきあい、あちこちから大小様々な機械音が聞こえてくる。そんな異様な空間で、モニターの前に備え付けられた椅子にもたれかかっていた白衣を纏う一人の男が、口角を上げていやらしい笑みを浮かべた。


「素晴らしい力だよ、さすが枢木くるるぎ一族だ」


 そう言って、モニターから目を離し後ろを振り返る。

 男の座るモニターの後方。大きな冷たい鉄の椅子に、両手両足を縛り付けられた若く美しい女が、血のように赤く染まった瞳で、男を睨みつけている。

 怒りや憎しみ、悲しみ――様々な感情がこもった真っ赤な瞳。その瞳に臆することも無く、男は乾いた笑いを室内に響かせた。


「ははは! そんな怖い顔しないでくれ。せっかくの美しい顔が台無しだ」


 椅子から立ち上がった男はゆっくりと女に近付き、雪のように透き通った白い頬に触れた。その瞬間女は暴れ、男の手を食いちぎるのでは無いかという勢いで噛み付こうとする。しかし、男が手を引っ込めたタイミングの方が数秒早かった。


「やれやれ、相変わらず威勢のいいことだ。これでも君には感謝しているんだよ。こうやって縛り付けているのは申し訳ないが、君のおかげでやっと私の夢が叶いそうだよ」


「科学や機械などに縋り付き、自然を虐げてきた愚かな人間達に扱えるような力じゃない、本当に愚かしい」


 軽蔑と怒りがこもった口調で、女は男に言い放った。男は首を横に振りながら、短い溜息をつく。


「自然を虐げてきたのは私じゃない。向かうべき道は同じだと思っているのだが……」


「私達は"彼女"と約束し、この腐りきった世界を変えてくれると信じた。けれどあなたが現れたことで"彼女"は嘘をついたことになる。所詮は愚かな人間。あなたが目指すものも、道もどうでもいい。私達の、獏の怒りはもう止められない、どれだけ私達一族の力を真似しようとも、いつか必ず身を滅ぼす。私達はただ、愚かな人間が作り出したこの世界を終わらせる」


 復讐と怒りに燃えた赤い瞳が、男を射抜くように睨みつける。女の言葉に男は目を細め、さっきとは比べ物にならない冷たい声音で言った。


「オリヴィア、彼女にはもうしばらく眠っていてもらおう」


 女が縛り付けられた鉄の椅子のすぐ後ろで、腕を組み、壁にもたれかかっていた細身の少女がゆっくりと女に近付き、目の前に立ちはだかった。そして、暴れる女の頭を片手で力強く掴む。


削除デリート


 感情のこもらない無機質な声が告げた一言で、掴んだ手の周囲が淡く光り、膨張しそして弾けた。

 さっきまで赤く染まり、怒りに燃えていた女の瞳は、光を失ったように黒く暗い闇が広がった。がくりと頭を垂れ、沈黙する。女は意識を失っていた。


 再び静寂が訪れる室内。それをすぐに破ったのは、オート式の扉が開く機械音だった。開かれた扉から溢れ出すような光が、暗い室内を照らす。

 男はその光に目を細めながらも、扉の前に立つ人影に声をかけた。


「決心が決まったみたいだね」


「ほんとに……風花に会わしてくれるのか、あいつは生きてるのか」


「もちろんだ、その代わり"あれ"は持ってきたのかい?」


 人影は無言で手に持っていた"それ"を、男へと投げ渡した。しっかりと受け取った男は、手の中に収まる"それ"を見つめ、満足そうにニヤリと笑った。



「この腐った世界の、本当の悪夢を壊す時がきた」



 ひしめく機械の稼働音と、男の乾いた笑いだけが室内を支配していた――。

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