夢の中へ (1)


 AIによる自動運転によって、着々と目的地へと向かう白のワゴン車。その運転席に座り、車窓から流れる景色をぼんやりと眺めていた直樹は、もう三回目くらいの深い溜息を漏らした。


「もうー! いくら自動運転だからってそんなにぼんやりしてたら危ないですよ!」


 後部座席に座っているカレンが、怒ったように頬を膨らませ、顔を覗かせる。「そうだそうだ!」と野次を飛ばしているのは、隣に座る隼人だ。


「はいはい、分かりましたよ」


 窓の縁に手をかけ頬杖をしていた直樹は、腕を上にあげて身体を伸ばした。ぽきぽきと、関節から小気味いい音が耳に届く。身体が少し楽になった気がした。多分、気のせいだが。


「目的地ニ到着シマシタ。自動運転ヲ停止シマス」


 機械の無機質なアナウンスが車内に響く。気付けば目的地に到着していた。家を出てから、一時間くらいしか経っていないはずだ。意外に近かったのか、道が空いてたからなのかは分からないが、とりあえず早く着けてよかった。

 早く助けなければ。



 直樹達が今いるこの街は、50mはあるであろう無機質な鉄の壁に囲まれ、その周りを僅かな自然達が取り囲む形になっている。それぞれ様々な区画ごとに分けられ、商業区、学業区、住宅区など様々だ。住宅区には階級があり、富裕層と貧困層では住居の質が違うため、区画も分けられていた。

 区画の種類はさほど多くはないが、獏の襲来によって、新たに設けられた区画もある。"森林保護区"だ。少しずつではあるが、自然を再生させる活動も盛んになってきていて、鉄の壁を取り壊し土を敷き、木を植え、森林を増やす試みも行われている。その活動を指揮しているのがDream Doctorだ。

 夢を守る、ということは心を豊かにすることだと、直樹は父から教わった。だから、自然を守ることもDream Doctorの大事な仕事の一つなのだ。

 直樹達が住んでいるのは、この森林保護区内であった。父が若い頃、僅かに残る森の中に建てたかなり古い洋館だ。けれど三人とも、今の家をとても気に入っている。自然の中にいるだけで、とても心が穏やかになるからだ。今立っているこの場所は、無機質で冷たくて、つまらない所だ。直樹は、やっぱりこの街があまり好きではなかった。



 久々に来る鉄の街に居心地の悪さを感じながらも、目の前の光景に関心を向ける。

「Micro Roselia 」有名なゲーム会社。大企業の代表取締役ともなれば、これくらいの豪邸は当たり前なのだろうか。

 車から降り立った直樹達の目の前には、3mは優に超えているであろう、立派な鉄の門がそびえ立っていた。門の向こう側にはレンガ敷の道が長く続いており、その道の周囲には沢山の木々と、季節の花々が咲き誇り、とても美しい庭園になっている。


「えーと、チャイムはっと……」


 門のすぐ側にインターフォンを見つけ、迷うことなく押す。しかし、特に音は聞こえない。こちらからは何も聞こえない仕様になっているようだ。一分ほど待ったところで、若い女性の声が聞こえてきた。


「はい、西川玲子様のメイドでございます。どちら様でしょうか」


「D.Dの大門直樹です。今日の昼からお嬢さんの症状を診させてもらう予定なのですが」


「……お待ちしておりました。どうぞ敷地内へお入りください。すぐにご案内致します」


 そうメイドが告げると通話が切れた。その代わり、傍の門が大きな音を立てながら、ゆっくりと開き始める。完全に開ききるまで数分はかかったと思う。開ききると門は動きを止め、辺りに静けさが戻った。

 三人は言われた通り門をくぐり、敷地の中へと入る。全員が敷地内へ入ったところで、センサーでも付いているのか、また門は大きな音を立てながらゆっくりと閉まり始めた。門が完全に閉まりきった頃、長く続くレンガ道の奥から、いかにも高級車といった車が一台、こちらに向かって走ってくるのが見えた。


 車は直樹達のすぐ側で停車した。運転していたのはスーツ姿の眼鏡をかけた、いかにもお固そうな男だった。


「大門直樹様、ですね? お待ちしておりました。どうぞお乗り下さい」


 そう言って後部座席のドアを開け、乗り込むように促す。直樹は頷き、三人全員が車に乗り込むとドアは閉められ、ゆっくりと車は屋敷へと向かい始めた。

 車内には重い空気が流れていて、屋敷に到着するまでの二、三分、誰も口を開かなかった。ただ流れていく美しい庭園の景色を眺めるばかりだった。


「到着しました」


 男は車を静かに停車させ、後部座席に座る三人にそう告げた。車から降りた直樹達の前に現れた屋敷は、立派で壮観な眺めだった。


「うわぁ! 大きくて立派なお屋敷ですねぇ! さすが女社長のお屋敷だけありますぅ!」


 一番に口を開いたのはカレンで、その後に続き、隼人も驚嘆の声を上げる。


「いやぁ、ほんとに凄いなぁ! そりゃ金持ちとは知ってたけど、ここまでとはなぁ」


 感心する二人をよそに、仏頂面の直樹はさっさと屋敷の玄関へと向かう。と、玄関の扉が開き、スーツ姿の玲子が姿を見せた。不安そうな、なんとも言えない難しい表情を浮かべていた。


「お待ちしておりました。どうぞ、中へ。娘を…よろしくお願いします」


 そう言って深く頭を下げる玲子に声をかけようとした時、後ろから元気な声が割って入った。


「任せてください! 私達にかかれば娘さんはあっという間に元気になります! お邪魔します!」


「あ、ちょ……カレン!」


 直樹の制止も虚しく、案内されるのも待てずにカレンは屋敷の中へと小走りで駆けていった。


「わわ! うちのカレンがすみません! お邪魔します!おい! 人の家で走るな!」


 玲子に軽く頭を下げ、慌てた様子で隼人が後を追って屋敷の中へと入っていく。その様子を見て、直樹はまた深い溜息をついた。


「お騒がせしてすみません……お邪魔します」


 そう頭を下げ、屋敷の中へと歩を進める。玲子の横を通り過ぎるほんの一瞬、彼女の呟きが耳に届いた。


「……相変わらず、あの人にそっくりなのね」


 さっきとは違うその声は、暗くて深い悲しみを孕んでいた。


「え?」


 思わず聞き返して、玲子の方を振り返った。彼女はなんでもないように、どうしたの?といった顔でこちらを見つめている。


 気のせいか。


 また軽く会釈をして、カレン達の後を追う。


 ――さっきの言葉が、何故だが耳にこびりついて消えなかった。

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