忘れたくない人


 ――なんだよ。これ。


 ――お守り! 小さいけどダイヤモンドなんだからね! 大事にしてよ?


 そう言って、俺の首にかけられたペンダントにそっと触れる、白くてなめらかな美しい手。


 ――ダイヤモンドの宝石言葉はね、純潔とか、永遠の絆って意味があるんだって。


 はにかんだようなその笑顔は、とても愛しくて眩しかった。ずっと見ていられると思っていたその笑顔は、あまりにも呆気なく、俺の前から消えた。あの日から、俺の中の時間は一向に進む気配が無い。

 そろそろ忘れなければ、前に進まなければ。そう思えば思うほど、俺は"彼女"に囚われ忘れられないでいた。いや、そうじゃない。忘れたくないのだ。あの笑顔を、あの愛しさを、忘れることが何よりも怖かった。


 そして今日、玲子の口から獏の名前が出た時は、頭を殴られたような衝撃だった。

 真っ先に浮かんだのは"彼女"のこと。もし獏がまだ存在しているのだとしたら、あいつはなんのために? あいつがしたことは無駄だったのか? 俺のこの苦しみも、全部無駄な事だったのか? そんな絶望的な考えが頭をぐるぐると駆け巡った。けど、考えても答えが出るはずが無いのも分かっている。



「ご主人……大丈夫ですか?」


 いつの間に後ろに立っていたのだろう。心配そうなカレンの声掛けで、考え事をしていた直樹は現実に引き戻された。


「……あぁ」


 覇気のない声でぼんやりと答える。今は言葉を交わすことすら煩わしかった。そんな雰囲気を感じとったのか、


「……もう二年も使っていない物ばかりですから、明日の準備、しっかりしておきますね」


 そう言い残して、カレンは研究室の階段を上り地上の部屋へと戻っていった。


 ――あいつに気を遣われるなんて、情けねぇ。


 あれから二年経つ。あの日から身に付けるのをやめてしまった、小さなダイヤモンドのペンダント。宝石言葉は、たしか純潔、永遠の絆だったか。


「……なにが永遠だよ」


 吐き捨てるように言って、机の引き出しにそっとしまった。見たくないものを見ないように。思い出したくないものを思い出さないように。今は目の前の事にだけ集中しよう。



「明日の準備するか」


 過去を振り切るように無理に大きく明るい声で言って、直樹は明日の戦いのために準備を進めるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます