ひとときの平和


「西暦3036年。獏という悪夢が突如襲来したあの日から、およそ十三年の時が経ちました。あの時の恐怖を決して忘れてはいけません。あの恐怖を教訓に、私達は変わっていかねばならないのです。たくさんの人々を救い出した、初代D.Dである大門秀樹氏がお亡くなりになってから五年。その素晴らしい意思を引き継ぎ、私達は自然を――」


 プツッ


「……よくもまぁぬけぬけと」


 そう吐き捨てるように呟いた男は、小さく溜め息をつく。さっきまで熱を帯びた演説をしていた女性キャスターの映像は目の前から消え、いつも通りのしんとした静けさが部屋を包み込む。天井から映像を映し出していたプロジェクターが、ヴゥンと微かな機械音を残し静かに動作を停止した。

 手に握られたスティック型の小型機器を見つめていた男は、「俺も大して変わらないな」と自嘲気味にフッと笑った。


 男の名前は大門直樹だいもんなおき。現在の科学の第一人者でもあり、初代Dream Doctor――通称D.D、大門秀樹の意志を継いだ、三人の弟子の一人だ。そして彼の息子――少なくとも直樹はそう思っている。

 父が亡くなって五年。ある事件をきっかけに、獏は人々の夢に現れなくなっていた。何故なのか、そもそも獏が現れた原因はなんだったのか、何も分からないまま姿を消したのである。しかしそんな疑問などより、獏が消えたことに人々は歓喜し、平和の訪れだと安堵した。

 獏の襲来から世論は変わり、「自然を大切に」をモットーに活動を始めている。

 自然と科学の共存。どれだけ便利な世の中になろうとも自然への敬意は忘れてはならないのだと、直樹は教わってきた。世間が活動を始める前からずっと言い続けてきたことだ。だからこそ、さっきのキャスターのように自然を切り捨ててきた人々が、今こうやって手のひらを返したように父を祭り上げているのを見ると、何を今更……と思ってしまう。けれど、機械に頼っているのは自分も世間も何も変わりはしないのだとそう思う部分もある。

 自分も父が言われてきたように、"変わり者の科学者"なのだろう。


 握っているこの機器も直樹の発明だ。スティックの側面についたスイッチを押すと、まるで生きているかのような動きで、人差し指に吸い付き、指輪の形へと一瞬のうちに変形する。指輪の側面を親指で押せば、またスティック型の機器へと姿を変える。

 これは、所謂機械のマスターカードのようなものだ。ほぼ全ての機械の操作、ロックの解除を容易にしてのける。この世に一つしかないもので、自分を含め一部の人間しかこの機器の存在は知らない。こんなものが世間に流通したら、悪用されるに決まっている。


「……よし! 続き続き!」


 くだらない考えを振り払うように膝をパンと叩き、ソファーから立ち上がった。その瞬間、消えていたLEDのライトが部屋を柔らかい光で照らす。

 ここは地下にある、直樹の研究室。二階建ての大きな洋館であるこの家の二階には一応自室もあるが、ほとんどの日をこの研究室で過ごすことが多いため、ここが自室と言っても過言ではない。

 この家には、直樹を含め三人で暮らしている。いや、二人と一台と言った方が正しいかもしれない。


 バン!!!


 突然の騒音に、何事かと音の出どころへと目を向ける。地上の部屋へと繋がる階段。その一番上の扉が全開になり、人が立っているのが見える。光の逆光で顔は見えないが、誰かはすぐに分かった。嫌な予感がした。


「ごーー主人ーーさーーまーー!!!」


 とんでもない大音量で叫びながら、"それ"はなんの迷いもなく階段の一番上から飛び降りてきた。着地した瞬間、地震かと思われるほどの揺れに立っていることが出来ず、思わず直樹は尻餅をついた。思い切り尻を打ち、痛みに激しく顔を歪める。


「いってぇ! カレン! あそこから飛び降りるなっつったろ! 家が壊れるわ!」


「情けないなぁ、それくらいで尻餅ですか!」


 清々しいほどの勝ち誇った顔で直樹の前に仁王立ちし、見下ろしている。カレンと呼ばれた"それ"は、十六歳ほどの少女の姿をしたアンドロイドと呼ばれるロボットだった。華奢な見た目に反して、腕には銃が仕込まれており、いつでも変形させることが出来る戦闘型アンドロイドだ。重量も100kgを超えており、落ちてきた時の衝撃も半端では無い。そのくせ身体能力もずば抜けているので、ちょこまかと動き回られるとたまったものではなかった。

 カレンは父が残した、対獏用の戦闘アンドロイド兼助手。助手として造ったなら、何故こんなに生意気な性格を組み込んだのか甚だ疑問だ。父の考えていることはいつも斜め上をいっていた。


「うちはお前用に丈夫にしてあるからいいけど、他所でそんなことするなよ……」


 尻を擦りながら、フラフラと立ちあがる。その姿がツボに入ったのか、カレンはケラケラと笑いだした。ほんとにこいつは、助手なのだろうか?思わず溜息が出る。


「全く……んで? 何の用だ? 今から機械のメンテナンスしないといけないんだけど……」


 直樹のその言葉で、ようやく笑いが止まった。そしてハッとした顔になる。


「そうでした! 久々にお客様が来てるんでした!!」


「お前……客人を待たせて呑気にそんなくだらないことしてたのかよ……」


 何度目かの溜息をつき、二階へと向かう。カレンの横を通り過ぎる一瞬、頭にぽんと軽く手を乗せ、


「お利口にしてろよ」


 そう言いながら一瞥する。カレンは任せろといった顔で、屈託のない笑顔を浮かべた。


「任務ですね! 任せてください! お利口にします!」


 その子供じみた素直さに、思わず笑みがこぼれる。

 まぁ、お前のこういう所も結構救いだよと、思ったことは口には出さなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます