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「楢さん! もう帰って、頼むから帰って、それでもう来ないで二度と来ちゃダメ、絶対。俺、もう楢さんと口きかん」


「三上君、冗談冗談」


「お前最低だな!」心底軽蔑した表情でゴメスが吐き捨てたが、それは幾分芝居がかって見えた。


「お前に言われたくないわ」


「誰がお前だコラ」


「はいケンカしないケンカしない」


 やっさんと成瀬さんと楢本さんが間に入った。「もう楢さんはいいですよ」自分は呆れを通り越して言った。「ミカちゃん、ほんとにパンツ覗いてたの?」やっさんがからかってきた。


「やっさん、違う。も、やっさんだけ信じてくれたらいいよ、覗いてない。ほんとに覗いてない」


「ほんとに~?」成瀬さんが煽ってきたが、このくだりを昨日もやった気がするし、以前にもやった気がする。そしてこの先の人生でも自分はしょっちゅう弁解するのかと思うと未来の情けなさを先取りして今にも泣けてきそうである。


「泣くなよ。お前、ほんとに覗いてないの?」ゴメスが真剣な様子で改めて訊いてきた。


「覗いてないよ。」泣いてはいないのだが、そこはもう否定しなかった。


「そうか、信じるぜ」


「おう、すまんな」お互い苦境に立たされているということではゴメスも感じるところがあったのだろうか。この短い言葉を言ってもらいたかったのだ。人は誰もが他人に言ってもらいたい言葉を言ってもらえない。そしてよりによって、言ってもらいたくない奴に言ってもらいたい言葉を言われてしまうのだろう。自分はこの男の純粋な心に触れた気がしていたく感動した。


「おれもほんとはカンチョーしてないのかもしれない」


 ちょっと時間が止まった。時空の歪みとはこういうものだろうか。なにか空間がゆがんで引っ張られたかのように誰もが首をかしげた。自分はさすがに「そうか、信じるぜ」とは言えなかった。誰が最初に口を開くだろうか? ふさわしいのは自分ではない気がした。


「カンチョーってなに?」


 楢本さんの笑顔を見て、自分は安心と不安の渦が同時に沸き起こり、複雑に絡み合っていくのを感じた。


「ゴメス昨日女子にカンチョーして泣かしちゃったんですよ」やっさんはあきらめたように言った。恐らく自分と同じ心の動きをしたであろうやっさんはこれが最善と即座に判断したのだろう。


「やるなおめぇ!」


 楢本さんは喜びと驚きに打ち震えていた。「ポラギノール買わなきゃな!」自分は即座に楢本さんの頭を思い切り引っぱたいた。

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