第4章5幕 憑依<possession>
『ガアアアア!』
「私のこと忘れてしまいました? 私は覚えていますよ。あなたがお金払わないで消えたこと」
私、結構根に持つタイプなんです。
「何があったんですか? と聞いても答えられないでしょうけど。こちらの言葉が伝わっているかどうかもわかりませんしね」
『ァアアアアアアア!』
こちらに向かって走ってきます。
ギリギリ避けれるだけのスペースはあるので横に飛び躱します。
一体、何が起きたらここまで変化するんですかね。
怪物の類ですよ?
一応顔見知りですし、殺したくはないんですよね。
とりあえず寝かせてみましょうか。
「『眠レ 我ガ歌ニテ』≪スリープ≫」
左手をかざし、ダーロンに向けて発動します。
『アアアア!』
効いてなーい。
困りましたね。
『ステイシー』
『どうしたのー?』
『ダーロンって覚えてる?』
『うんー。騎士団長さんだよねー?』
『様子がおかしい、見た目もだけど。化け物みたいになってる。≪感覚同調≫いける?』
『いけるよー』
『私の視界に同調して確認して。あと余裕があったらハリリンあたりに伝えてくれると嬉しい』
『わかったー。あー。これは……』
ちょうど視界を共有したようですね。
『殺したくないんだけど、場合によっては……』
『こうなった理由がわからないとねー。わかった。少し聞いてみるー。またこっちからチャットするー』
『待ってる』
ステイシーとのチャットを終え、意識をダーロンに戻します。
こちらに獣のような突進で向かってくるダーロンを障壁で防ぎ、拘束魔法を発動します。
「≪シャドウ・バインド≫」
至近距離で発動するなら≪ダーク・ネクロフィア≫よりも、こちらの方が効果的でしょうか。
『グゥウウウウ』
ダーロンの動きが止まります。
「≪スプラッシュ≫」
そしてダーロンの下半身周辺に水魔法を浴びせ、氷魔法で凍らせます。
「≪ハイネスフリーズ≫」
『ゴアアアアアッ』
≪シャドウ・バインド≫を解除し、様子を見ます。
下半身がカチンコチンに凍っているので、こちらに向かってこれなそうですね。
正常な判断力があれば、腕を使って氷を砕くとか色々やりようはあるのですが。
んー。魔法系じゃなさそうなんですよね。
クスリですかね。それか≪憑依≫ですね。
プレイヤーには≪憑依≫を持ってる人もほどほどにいます。
エルマも≪憑依≫持ってますし。
欠点は任意で解除できないということでしょうか。他人に解除してもらわないといけないんですよね。でもまぁプレイヤーでしたらデスペナルティーになれば解除できますが。
もしダーロンの変質が≪憑依≫によるものなのでしたら、【祓魔師】の≪エクソシスム≫か【祈祷師】系の≪払い≫に類するスキルがないと確実に死ぬまで暴れ続けてしまいますね。あっ、【巫女】の≪霊移し≫でも良さそうですね。
どれにしろ、私の友人やそのまた友人にもいませんし……。
≪封印≫してその辺りができる人のとこまで連れて行くのが得策でしょうか。
でも私、≪封印≫持っていないのでこれも駄目ですかねー。
うーん。諦めるか、ここで頑張って≪封印≫が使える【称号】を獲得するか……。
正直、これ以上【称号】が増えてもあんまりメリット無いんですよね。スクロールして【称号】を選ぶときにめんどくさいですし。
『チェリー』
『何かわかった?』
『ぜーんぜん。さっぱりわからないってー』
『そっか』
『状況を見てる限りだと詰まってるみたいだね』
『うん。このままじゃダーロン死んじゃうよ』
『チェリー的にはどうお考えで?』
『私は……』
先ほど思考していた内容をステイシーに伝えます。
『なるほどー。ちょっと時間が必要だし、意識を刈り取れないかなー?』
『たぶんできると思う。自信ないけど』
『無属性闇属性複合魔法の≪マインド・ブレイク≫は?』
『発動条件知らない……』
発動条件を満たさないと使えないんですよね。基本的にはスキルの一覧から項目を開いてどんどん見ていくと条件が書いてあるのですが、複合魔法はそこに記載されないないもののほうが多いです。発動条件を知ったうえで、そのスキルの効果まで理解して初めてスキル一覧に表示されるようになります。
『≪マインド・ブレイク≫は自身のMNDの最大値と対象のMNDの最大値との差×スキル難易度を分子に、百を分母にしてその数値で判定される2属性複合魔法だよー。効果は判定に成功したとき分子×60分意識を完全に落とすことができるよー』
ステイシーの長い説明を聞いたので、私のスキル一覧、複合魔法の部分に≪マインド・ブレイク≫が記載されました。
『ありがとう。イマイチ理解できなかったけど記載されたよ』
『気にしなくていいよー。僕もいま表示されたー』
あっ。攻略サイト片手での説明だったんですね。
でもまぁおかげで助かりました。
これでダーロンの延命は叶いそうですね。
「≪マインド・ブレイク≫」
ダーロンに向けて発動します。
一瞬のタイムラグがあったものの、ダーロンは腕をだらりと垂らし、白目をむきました。
結構怖い。
『一応、≪マインド・ブレイク≫は成功したよ』
『じゃぁ合流しよう。ダーロン持ってきてー』
物扱い。
ダーロンの下半身を拘束している氷魔法を火属性魔法で溶かし、≪ワープ・ゲート≫を用いてステイシーのもとへと戻ります。
先ほど愛猫姫が組体操させてた監視人にも見つかることなく脱出できました。
「ただいま」
「おかえり!」
「おかえり、なさい」
「おかー」
「大丈夫だったか!?」
あっ。諭吉がいる。どこかであったような気がするんですよね。馴れ馴れしいですし。思い出せません。
「とりあえずそれはうちの店で預かるよー」
「地下なら安心だしね」
「そうそう。ちょっと置いてくる」
そう言ってステイシーはダーロンを持って転移しました。
物扱いがひどい。
エルマや愛猫姫、諭吉に状況を説明しているとステイシーが戻ってきました。
「おまたせー」
「おかえり」
「おかえりー!」
「おかえり、なさい」
「で? この後はどーすんだ?」
諭吉がナチュラルに加わってる。
「とりあえずは≪憑依≫と仮定して解除できる人を探すかなー?」
「見た感じ≪憑依≫ぽかった。でもプレイヤーの≪憑依≫と違ってそこまで強力な存在を≪憑依≫させてるようには見えなかった。もっと強力なものだったら≪憑依≫って言いきれるんだけど……」
実際に≪憑依≫を使うエルマがそう言うと、説得力があります。使ったところ一度しか見たことありませんけど。
「エルマ的にはクスリもあるって感じー?」
「うん。≪憑依≫じゃなくて≪獣化≫……あと≪狂戦士化≫も一緒に飲ませてる可能性もあるかも……」
「じゃぁそれも試してみようか。ポテトなら〔解除薬〕が作れるかもしれない」
「お願いできるかなー? 一応知り合いに≪憑依≫の解除ができる人がいないか聞いてもらうねー。終わったら僕の店に来てー」
「わかった。じゃぁちょっと行ってくる。≪テレポート≫」
そう言い残し、私は『セーラムツー』の調薬場まで飛びます。
「ポテトいる?」
「いますよ。どうしたんですか?」
「≪獣化≫と≪狂戦士化≫を解く薬作れないかな?」
「私の技能では≪狂戦士化≫を解く薬は作れますが、≪獣化≫までは無理です」
「≪獣化≫ってそんなに難易度高いの?」
「はい。恐らく10個に1個できるかどうかというところです」
「なるほど。じゃぁ≪狂戦士化≫の〔解除薬〕だけ頼めるかな?」
「わかりました。すぐ取り掛かります」
そう言ってポテトは装置に向かって歩いていきます。
「そう言えば、フランから聞きました。少し旅に出るそうですね」
「うん。ごめんね。何の相談もなくきめちゃって」
「大丈夫です。私達はずっと待ってますから」
「ありがとう」
「実際は旅ではないんですよね」
装置をいじる手を止めてポテトが聞いてきます。
「うん……。ちょっとこの国にいられなくて……」
「追放ですか?」
「ううん。こないだの戦争で褒美が一切貰えなくて、その理由を聞いたら、重罪判定をもみ消してやったって言われて……」
そうポテトに愚痴をはいてしまいます。
「そう……だったんですか。……チェリー。気を落とさないでください。どうせあの国王は長くありませんから」
ポテトはそう言いながら再び装置を稼働させます。
「どういうこと?」
「寿命、ということです」
「寿命が見えるの?」
「はい。隠す事でもないですし。私の左目を見てください」
前髪で隠していた左目を見せてくれます。
「左右で少し違うのがわかりますか?」
「左目には魔法陣みたいなのがうっすらと見えた気がする」
「その通りです。私の一族は代々、【調薬師】をやっています。その過程で身に着けたのです。この≪見通す目≫を」
「≪見通す目≫……」
「はい。【死神】のスキルです」
「えっ……」
「私の一族は【死神】の【称号】を獲得できるようになったのです」
こ……こんな身近に……【神】が付く【称号】をもったNPCがいるなんて……。
「すいません。急に驚きますよね」
「いや。驚いたのは【死神】の【称号】じゃなくて、【神】の【称号】を持ってる人がこんな近くにいるなんて思ってもいなかったからだよ」
「わかっていました」
そうニコッと笑います。
心の中まで見通せるらしいですね。
「チェリーもたくさん持っていますね。【斬罪神】、【冥界女神】、そして【炎精の偽王】……一つだけ私の目でも見れないものがありますね」
「たぶん【真魔導勇者】だよ。【勇者】系は普通の≪看破≫じゃないと覗けないから」
「そうだったのですか。話がそれてしまいましたね。あと3か月もしないうちに王女様に国が継がれます。そうしたら大手を振って戻って来て下さい。もちろんたまには顔をだしてくださいね」
そう言ったポテトは出来立ての〔解除薬〕を渡してくれます。
「ありがとう」
「いえ。ご武運を」
「ポテトも頑張ってね」
「ありがとうございます。チェリーがいない間『セーラムツー』のことはお任せください」
「ずっと任せっぱなしだから」
「ふふ。そうでしたね。では」
「うん。またね」
そうポテトに挨拶をし、私は調薬場から出ます。そしてそのままの足で鍛冶場に向かいます。
「カラガマ。今大丈夫?」
「平気だよ。久しぶりだね」
「久しぶり。ラビから何か頼まれてなかった?」
「あぁ! よくわからなかったですけど一応作っておいたよ」
そう言って鉄でできた扇子を渡してくれます。
「なかなか面白い武器だね。でもどうつかうの?」
「使うのは私じゃないよ。マオが使う」
「なるほど。でもそれは結構扱いにくくないかな?」
少し試してみましょうか。
「じゃぁ少し試してみるね」
私は右手に鉄扇を装備し、バッと開きます。
「鉄扇でもできるはず。扇子技≪鎌鼬≫」
鉄扇を一振りし、風の刃を飛ばします。
「なるほど。扇子のスキルがそのまま使えるわけか。だから風魔法をつけてほしかったんだね」
「扇子のスキルは基本風属性魔法のユニークだからね。そこでこれが媒体じゃない本当の理由はもうわかったかな?」
「鉄の扇子だからね。大体察しが付いたよ。新作の盾なんだけど、強度を試すテストがてら打ち込んで見てくれない?」
「壊れても知らないよ?」
「壊れはしないと思う」
「≪金剛≫、≪風迅≫」
武器の強度を高める≪金剛≫と全体に風を纏うことで武器を壊しやすくなる≪風迅≫というスキルを併用して盾を殴ります。
「なるほど。鉄でできてるからこそ、この重さなんだ……」
「閉じておけば剣、棒、短槍、などなど様々な種類のスキルが使える優れものみたい。その分威力はでないけど」
「いえ。十分でてますよ。扱える人すくないだろうけど量産しておこうかな」
「売れないと思うからやめた方がいいと思う。じゃぁこれ貰っていくね」
「はいー。お気をつけて」
「ありがとう」
そう伝え私はみんなが待つステイシーの店へ≪テレポート≫します。
to be continued...
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