第1章23幕 風呂<bath>

 「チェリー様、朝でございます」

 「……すーすー」

 「チェリー様」

 「ふごっ……」

 「……。失礼します」

 そう言って私が根を生やしているベッドの掛布団をバッと捲り無理やり起こす荒業にでた執事をキッと睨みます。

 「朝食の準備ができてございます。ではダイニングへご案内いたします」

 「あっはい」

 すこし不機嫌になりながらもそれを顔には出さないように意識してダイニングまで案内されます。

 「本日奥様は高位の術師様のもとへおいででおりますので、お食事はお嬢様とお二人ですね」

 おっ! それなら味がわかるかもしれない!

 るんるんと跳ねるような歩調でダイニングに入りすでに席についていたラビの横に座ります。

 「おはよー」

 「おはよ!」

 「よく眠れた?」

 「良く寝れたよ! その様子だとチェリーも泥みたいになってたね?」

 正解!

 「今日『セーラム』に帰るんだよね?」

 「そのつもりだけどとりあえずお母様が帰ってこないと」

 「なるほど」

 確かに何も言わず帰ったら後ろからヨシダに首を取られるかもしれませんね。私が。

 

 高級フレンチが泣き出して中華料理に変身してもおかしくないほどにおいしい食事を取り、紅茶で一服します。

 「ぶっちゃけ緊張で昨日ほんとに味しなかった」

 「チェリーガチガチだったもんね」

 「うん」

 「おいしかった?」

 「おいしかった。これは【極上料理人】が作ったものだと思ってる」

 「そうおもうでしょ? 実はね……」

 そう言ってこしょこしょと耳打ちしてくれます。

 「全部ヨシダが使用人に教えた料理なの」

 えっ? あいつ護衛とかそっち系じゃなかったの?

 その疑問を口にするとラビが「元は料理人だったらしいよー」と教えてくれました。

 とりあえず執事すげぇー。


 執事に連れられ、城を案内してもらいます。

 「こちらが中庭の修練場です」

 あっなんかヤな予感がする。

 「でえええい!」

 「ぬるい! もっと腰を入れろ!」

 若い騎士のような声とヨシダの声が響きます。

 あーもう絶対これ「手合わせ願おう」とか言われるやつだ……。

 「修行が足らぬ」

 ほら言った! 

 「むっ。これはお嬢様にチェリー様、見学でございましょうか」

 「え、ええ。そんなところです」

 「どうですかな? 朝からひと汗かき、お風呂でも召されるというのは」

 あっお風呂は入りたいかも。

 「いえ。訓練はちょっと」

 「そうおっしゃらずに。皆の者、チェリー様の手腕に興味津々でございます。ここはこの老いぼれの願いを叶えていただけないでしょうか」

 ずるいなー……。断れそうにないし、ラビがめっちゃ見てくる。

 「チェリーがんばって!」

 そう言って入口まで下がりました。

 退路を断たれた……。


 なし崩し的に木刀を握らされ、ヨシダと向かい合わせに立たされます。

 「剣も十分に扱えると思っておりました」

 「そうですか」

 「いざ! 参る!」

 いやー……ほんとに始まっちゃったよ……。

 とりあえず剣を上手く捌きますかね。

 頭部に振り下ろされる木刀を一度受け、横にいなします。

 「ほう……? これはこれは少し甘く見ていたかもしれません」

 この世界の人達みんなそう。

 初撃を止められたらおんなじこと言うもん。

 身のこなしは向こうが数段上なので通常の剣術じゃあまり楽には勝てませんね。

 「≪【見えざる手】≫」

 「むっ? なんのスキルですかな?」

 「なんでしょうね」

 そう言ってニタッと笑います。

 手は2本召喚しておき、いつでも使える状態にしておきます。

 「考えていてもしかあるまい。行きますぞ」

 直線的な運動で私に向かって突進してくるヨシダの影に向かって≪影渡り≫を発動します。手に持った木刀は投げ捨てておきます。

 「≪影渡り≫」

 「なにっ?」

 スッと影にもぐると次の瞬間ヨシダの背後にニュッと出て来れます。

 流石に便利ですね。

 「やー」

 気の抜けた声を出しこちらに注意をむけます。

 「くっ……!」

 とヨシダは木刀を頭の上に構え振り向きます。

 まぁ私、今木刀持ってませんからチョップなんですけどね。

 「剣がない! なぜだ?」

 なぜってそりゃ……。

 「こういうことです」

 ヨシダの背後から木刀が腰を一閃します。

 ≪影渡り≫で移動する前に、召喚した手に向かって木刀投げてるんですよね。

 あとはその手で後ろからペシっとやっただけです。

 「ぬっ……見事……」

 見事も仕事もないですよ。

 不意打ちの極みですからね。

 きっといま顔真っ赤です。

 「このような戦い方、考えてもいなかったです。しかし似たような戦法を生み出すのに長けた人物を私は知っています」

 ん?

 「誰ですか?」

 「『ディレミアン』の諜報機関のリーダーでございます」

 『商都 ディレミアン』というとマリアナのあの事件になにか関りがあるかもしれませんね。 

 考えすぎでしょうか。

 「そんな人がいるんですね。諜報機関があることも初耳でした」

 「公にはなってないですから」

 今度ハリリンに聞いてみよう。

 「ではこれで失礼します。修練がんばってください」

 「ありがたいお言葉痛み入ります」

 ひらひらと手を振り、修練場を後にします。

 

 「ではお風呂までご案内させていただきます」

 「おねがいします」

 「やっぱチェリーはつよいね!」

 あれを見て強いという感想はまず出てこないのではないでしょうか。

 どちらかって言うと「チェリーって卑怯だね!」って言われる場面だと思います。

 実際に言われたら4日くらいログインできないほどのダメージを心に負いますけど。


 お風呂というには広すぎる、現実世界で体育館ほどもあるお風呂場に到着しました。

 脱衣所が教室くらいの広さがあり、私ならこの脱衣所だけで死ぬまで暮らせそうです。

 服を脱ごうと捲りあげるとすぐさまメイドがやって来て私の衣類をひん剥きます。 

 衣服を脱がされ、生まれたままの身体になった私が脱衣所の扉をあけ、浴室に入ると25mプールもかくやといった広さのお風呂がお出迎えしてくれます。

 「ひっろ……」

 いや。外見から想像できましたけどね。それでも驚いてしまうほどです。

 現実のスーパー銭湯でもこんな広いお風呂ないですよ? 行ったことないので詳しくは知りませんが。

 「チェリー! 【女給】さんたちが身体洗ってくれるからそこでまっててー」

 ラビの声が浴室に反響します。

 メイドさんが身体を洗ってくれる?

 なんというご褒美。

 ハリリンとかあの辺の変態ズだったらきっと全財産投げ打ってお願いしますよ?

 仮想のボディーとはいえ、他人に触られるのは良い気がしませんが、可愛いメイドさんが全裸で洗ってくれるならいくらでも差し出しましょう。


 そうして棒立ちのまま数分待ちます。

 シュルシュルという衣擦れの音を聞き逃すまいと耳に全神経を集中します。

 浴室が熱気に包まれて居なかったら風邪をひいてしまいますねこれは。

 「お待たせしました」

 そう後ろから聞こえたので「鼻血でるなよ……」と祈りつつ、振り向きます。

 きっちり半袖のメイド服を着用し、裸足になったメイドさんが立っていますね。

 「…………」

 「いかがされましたか?」

 「くぅ……」

 涙をこらえるので精一杯でした。


 鱗を剥がれる魚のように、無心で身動き一つせず身体を洗っていただきます。

 この世界で身体から垢がでるのかはわかりませんが、心なしか肌が光を放っているようにピカピカになります。

 「ではこちらへどうぞ。お足もと滑りやすいのでお気を付けください」

 と私の手を取り、浴槽まで歩かせてもらいます。

 

 ちゃぽん……とお湯につかると、ハーブの香りのする湯に全身が包まれ、身体の中の悪いもの全部が溶け出していくような錯覚を覚えます。

 「あー……」

 気持ちいい……。

 ホームのお風呂もかなり気持ちよかったですけどやはり別格ですね。

 壁際に座り頭を縁にのっけていると再びメイドさんがやって来ます。

 「では髪を洗わせていただきます」

 まじか! 髪の毛まで洗ってくれるのか!

 天井をぼーっとみてお湯につかっているだけで頭を洗ってもらえるこの環境に感動し、毎日お風呂だけ借りに来ようかな? と考えているとすぐ隣でお湯につかっていたラビも天井に視線で穴を開けようとしています。

 まぁこういう姿勢になるよね。


 贅沢なお風呂を終え、脱衣所に戻るとどこから湧いて来たのかたくさんのメイドさんが現れ、髪を乾かしたり、身体を拭いたり、服を着せたりしてくれました。

 これは人をダメにしますね。

 え? 私はいいんですよ。もとからダメなので。


 色々な悪いものを全部だし、生まれ変わった私とラビは再び執事に連れられ、城の中をうろうろとしています。

 大きな図書館や厨房、ランドリーのようなものまで一通り見学させていただきました。

 

 表に馬車が止まったようですね。

 国王様か奥様かどちらでしょうか。

 馬車の扉をバンッと開け、ピョーンという効果音が描かれそうなほど軽快にジャンプしてカロンティアが飛び降りてきます。

 隣の執事が卒倒しそうなくらい青ざめてますね。

 それはそうでしょう、病に蝕まれたあの身体でピョーンはまずいですよ。

 こちらに気付いたようでものすごい速度で駆けてきます。

 ドレスの裾を持ち上げ全力で走ってくる姿は……言ってはいけませんが……孔雀みたいでした。


 「お母様! お体に触りますわ!」

 身体に……触る? あぁラビはビアンなのか。  

 ラビアンの注意を気にも留めず、カロンティアはこちらに一目散にやってきました。

 「ふーふー。全力で走るのも何年ぶりかしらね」

 額にうっすら汗を浮かべ、前かがみで両手を膝に着け、荒い呼吸をしながらそう話しかけてきます。

 「お体悪いのですから、無理はなさらず」

 そう私が言うとガバッと顔を上げ答えます。

 「治ったのですわ!」

 「わっつ?」

 「治ったんですの!」

 「腕のいい術師さまがいてよかったです」

 「ええ! ここでチェリーさんに出会えたのが奇跡です!」

 「…………」

 「…………」

 二人ともの頭上に「?」が浮かんでいたことでしょう。

 なんかちょっと噛み合っていない気がします。

 「腕のいい術師様に治療していただいたんですよね?」

 と私が言うとカロンティアがすぐ答えます。

 「ええ! 今まで見た術師の誰よりも優秀でした!」

 「治ったようで何よりです」

 「えぇ! 本当にありがとうございますわ!」

 「ん?」

 「ん?」

 私とカロンティアが目を合わせ「?」を頭上にぐるぐるさせていると急にラビが納得したように手をぽむっと叩きます。

 「なるほど! お母様の言う術師はチェリーのことだったんですわね!」

 えっ?

 失敗してたやんけ。

 「そうですわよ?」

 「えっ? でも昨日特に変わらないって行ってませんでしたっけ?」

 「え? そんなこと言ったかしら?」

 「「言った」」

 「あららら? まぁ細かいことは気にしないことにしていますの。とりあえず治していただいてありがとうございます」

 「あっはい」

 また状況が飲み込めませんね。

 つまり、昨日私が使った治療系のスキルが運よく聞いて、ラビのお母様が元気になったってことでおっけい?

 「わずかばかりですがお礼をさせていただきたく思います。私にできることがあればおっしゃってください」

 ならお願いは一つですね。

 【素材職人】を紹介してください!

 「お風呂たまに使わせてください!」

 また心の声と口から出る声が逆になってしまいました。

 「え? えぇ……いつでもいらして?」

 「お母様! あとは【素材職人】の方を紹介すのはいかがでしょう?」

 ナイスフォロー!

 「【素材職人】ですか。わかりました。ルーにも話をしておきます」

 「お、お願いします」


 カロンティアは今日中に人材を見繕い、私達が帰るときに同行させるらしくすぐさま国王様の所へ行ってしまいました。

 「チェリー。これで全員揃うね!」

 「長かった……」

 本当に長かった気がします。

 昼食をごちそうになり、ラビが部屋に荷物を取りに行くと言っていたので部屋までついていきます。

 「よかったらあがって!」

 「お、お邪魔します」

 そう言い扉を開けると、ピンクを基調としたお姫様っぽくて可愛いお部屋が見えてきます。

 「めっちゃかわいい」

 「個人的には『シエナ・レオナ』の家具もお気に入りなんだけどね!」

 たしかにあそこの雑貨と家具は別次元の可愛さでしたからね。また今度お店にいって買い占めてこよう。

 ドレッサーのあたりをカチャカチャいじっていたラビが「あった」と声をあげたのでそちらに行ってみます。

 「えへへ。これは12歳の時お母様と取った写真が入ってるロケットなんだー! 持ってくるの忘れちゃってて」

 別にアクセサリー禁止にしてないんだし装備しててもいいのに。

 「えい!」

 可愛らしい声とバキッという不吉な音がラビの手元から聞こえます。

 「えっ?」

 えっ? この子自分でロケット壊しちゃったよ?

 「なにしてるの!?」

 「ん? 写真を抜き取るためには壊すしかないでしょ?」

 「いやいや……ほかに方法あるでしょ!」

 「思いつかなかったからいー」

 「お、おう」

 「よいしょ……」

 取り出したメイド服のブローチ部分をバキッと壊し、そこに写真を埋め込んでバキッとはめていました。

 以外とラビって力あったみたい。

 レベルも93まで上がってますし、なかなか恐ろしい子になりつつあります。


 ラビの部屋から出た後執事に連れられ国王様に謁見させていただいたのですが、緊張で何も覚えてません。

 『セーラム』のオフィシャルスポンサーになるとかなんとか聞こえましたけど幻聴か何かですね。

 そしてすぐにやってきた【素材職人】と会わせていただくことになりました。

 待っているという部屋に案内され、入ると肌が白く、金髪で耳が少しとがっている男性が待っていました。

 「お初にお目にかかります。私エルフ族のマスケイン・ブルドーと申します」

 「初めまして。店主のチェリーです」

 「従業員のラビです」

 初エルフ! イケメン!

 「【素材職人】として派遣されることになりました」

 「派遣?」

 「はい。もともと『ヨルデン』の案内所勤務だったのですが先ほどチェリー様のお店で仕事をするようにと命令が下りました」

 「なるほど」

 「お給料は『ヨルデン』から支払われるそうなのでチェリー様にとって悪い話ではないはずです」

 そうなのか! 国王パワー凄い!

 「これからよろしくお願いします」

 「よろしくお願いします」

 「では仕事内容については私からお話させていただきます」

 

 一番最後に雇用した【素材職人】ですがあっさりと決まったのでちょっと物足りない感じですね。

                                      to be continued...

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る