第1章21幕 姫君<princess>

 『騎士国家 ヨルデン』に降り立った私はひどく困惑しています。

 VR前はほどほどに人がいる、よく言えばゲームにありがちな人の量でした。

 しかし今は並外れて人通りが多くなっています。

 向かいから来る人とギリギリ肩が当たらない程度しかすきまがありません。

 歩くのも一苦労ですね。

 ここじゃスライド移動は無理そうです。


 「ラビのご実家はどのへん?」

 「んーと。ここから北に30分くらい行ったところだよ!」

 30分! うえー……。

 「そっか。前からこんなに人多かったっけ?」

 「ううん! 人が多くなったのは最近だよ? 今月の初めくらいかな?」

 なるほど。やはりVR化と関係あるみたいですね。『鉱山都市 アイセルティア』のような例もありますし、不思議ですが納得することにしました。


 それから人ごみをかき分け進むと、徐々に人も減り、歩きやすくなってきました。

 混んでるのは『商業区』辺りだけみたいですね。とはいってもこの辺ですら『花の都 ヴァンヘイデン』とくらべても人通りが多いみたいですけどね。


 「あとどのくらいかな?」

 「もうみえてるよー!」

 お城しか見えませんが?

 「お城しか見えないよ?」

 「そこが実家だよ?」

 …………。

 ノーコメントで。


 「おかえりなさいませ。お嬢様」

 あっエルマの家の使用人を思い出す。

 永谷さんだったかな?

 「こちらチェリーさん。私が働かせていただいているところの店主さまですわ」

 「存じております。ではご案内いたします。≪開門≫」

 

 大きな魚が獲物を飲み込むかのように門が開き、私たちを迎え入れます。

 「ではここからはこちらの馬車におのりください」

 家の中で馬車? 脳が認識を拒みますね。

 「多少揺れますがしばらくの辛抱でございます。短い間ですが、おくつろぎくださいませ」

 「あっ……はい」

 馬車はほとんど揺れずお城の大きな扉の前まで到着しました。

 「ではお嬢様、チェリー様、お足もとにお気をつけてお降りください」

 そう言って手を差し出してくださいましたので、手を握り、馬車から降りました。

 「こちらからは私がご案内させていただきます」

 新しい執事が湧いてきましたね。

 「ではこちらでございます」

 そういうと扉が開き、赤い絨毯が目の前に広がります。

 「お、おお?」

 もう口から「お」しか漏れてきませんね。

 昔テレビで見た、ハンガリーとかのお城が足生やして逃げていくレベルの豪華さでした。

 「ダイニングにて奥様がお待ちです。ではそちらまでご案内させていただきます」

 「お、おう」

 「チェリー緊張しすぎ!」

 だってしょうがないじゃないですか。

 場違いの極みですよ? これは。


 「ささやかながらお食事もご用意させていただきましたのでゆっくりお過ごし下さいませ」

 そう言って扉の横に立ち100点満点のお辞儀をしています。

 なるようになれ! とヤケクソ気味に部屋へ入ります。

 「し、失礼いたします」

 「お母様、お久しぶりでございますわ」

 席に座っていた気品のある女性が立ち上がり一礼し、述べます。

 「遠路はるばるようこそいらっしゃいました。私、現国王ダルシャイナ・ルー・ヨルダンの妻、カロンティア・エルメル・ヨルデンでございます。いつも娘がお世話になっております」

 「いえ! こちらこそお世話になっております」

 「チェリー! いつも通りでいいよ!」

 ラビがそう小声でつぶやいてくれますが、たぶん無理ですね。この状況でいつも通りにできるのはステイシーくらいですよ。

 「とりあえずお座りください。お話はそれからにいたしましょう」

 「はい」

 カチカチに固まりながらもなんとか席に座り、やっとひと息つけます。

 「チェリーさん」

 「は、はい!」

 「だますような形になってしまい申し訳ございません」

 「いえいえ!」

 「一国の姫でありますので、社会勉強のため、学ばせようと思うとこのような形になってしまうのです。お許しください」

 「め、滅相もございません!」

 「お母様、そのくらいになさって。チェリーがカチカチになってしまっていますわ」

 「そうですわね」

 ホホホっと笑い、矛を収めてくれます。

 いままで戦ったどんな敵よりも強敵だった……。

 「改めて自己紹介させていただきます。私、ヴァレリー・ラビエル・ヨルダンですわ」

 ほ……ほんとにお姫様だったー!

 いつどっきり大成功が出るのかと思ってきょろきょろしてしまいました。

 もうラビにタメ口きけない……。

 「とりあえずお食事にいたしませんか?」

 私がポカーンと口をあけているとラビが助け舟を出してくれました。

 「そうですね。では」

 そう言ってベルをチリリンと鳴らします。

 「失礼いたします」

 扉をあけた先ほどの執事が入ってきます。

 「奥様、お嬢様、チェリー様、お食事を運ばせていただきます。

 やめて……そのお二方と名前を並べないでください……。

 

 目の前に高級フレンチ屋さんみたいなセットがされます。

 行ったことないのでよくわからないんですけどね。

 あっ。テーブルマナーとかわからない。

 手づかみで食べるんだっけ?

 「それではいただきましょう」

 そうカロンティアが言い、フォークとナイフに手を伸ばしています。

 私はミライム、私はミライムと謎の暗示をかけ、見様見真似でナイフとフォークを掴みます。

 「失礼いたします」

 執事が私に涎掛けを付けてくれました。

 ラビをチラっと見ると口を拭いているのでこれは涎掛けじゃなくて口を拭くやつのようですね。

 ドラマで見ました。

 

 見様見真似の上、緊張で味が全くわからない食事を取り終え、食後の紅茶を頂いています。

 「それでお母様、体調のほうはいかがでしょうか?」

 「ラビエル。大丈夫よ。たまに胸が痛くなるだけ」

 胸が痛くなる? 魔法で治るのかな?

 「お医者様はなんと?」

 「自分の魔法ではどうにもならないからもっと高位の術者を探してくると言っていたかしら」

 【医師】の魔法で治らない病を私が治せるわけないですね。

 ここは空気になりましょう。

 「チェリー様ならもしかしたら治せるかもしれませんわ」

 ちょっとどういうこと!

 「はぁ?」

 あっ……心の声と口から出た声が逆に!

 「チェリー、魔法かけるだけかけてみてくれない?」

 「あっはい」

 

 念のため作っておいた【月光の聖典】を取り出し、いつでもスキルが発動できるようにはしておきます。

 「あまり……期待はしないでください」

 「お願いいたします」

 治らなかったら死刑とかないよね? とビクビクおびえながらスキルを発動します。

 「≪セイント・アドヴァンス・ヒーリング≫」

 淡い星明りの如く光がカロンティアを包み込みます。

 「暖かいわ……」

 胸が痛むと言っていたので胸のあたりにある双丘に意識と魔法を集中します。

 あっ……ちょっと悪そうな部分がありましたね。


 『【称号】【医師】を獲得しました。』

 システム。いまそれどころじゃない。


 そこにさらに集中しスキルを発動します。

 「≪オーヴァー・キュア≫」

 心臓のあたりをまばゆい光が包み込みます。やがてまばゆい光がスッっと体の内側に入り込み、全身を包んでいた淡い光も消滅します。

 「ふぅ……一応、治療系のスキル使ってみましたけどどうでしょうか?」

 そう聞くとカロンティアが胸に手を当て深く、深く呼吸します。

 「あまり変化は実感できませんわね」

 あー。たぶん失敗ですね。

 ステイシーとかなら治せるのかな?

 「お力になれず申し訳ございません」

 「いえいえ。でも痛みは取れたましたから」

 「チェリーあまり気負わないで」

 「治してあげられなくてごめんなさい」

 ラビにはタメ口を意識しても敬語しかでてきませんね。

 「少し良くなったみたいだから大丈夫! ありがとうございます」

 ラビはこう言っていますができれば治してあげたかったですね。

 

 「今日はこちらにお泊りになりますか?」

 執事に聞かれます。

 あまり長いしたいところではないのでできれば帰りたいのですが、ラビが「泊まろ?」みたいな目でめっちゃ見てくるので仕方なく泊まることにします。


 まだお昼過ぎだったこともあり、執事監視のもと外出が許された私と変装済みラビは街へ繰り出します。

 「ラビはどこか行きたいところある?」

 そう聞くとうーんと可愛く頭を傾げ答えます。

 「案内所に行きたいかな?」

 「どうして?」

 「普段チェリーがどんなクエストをうけてどうやって解決してるのかが気になるから!」

 と言われましても……。

 変装中とはいえ一国の姫君に毛ほど怪我でもさせたら物理的に私の首が飛びかねません。

 「いいかな? ヨシダもいるし」

 そういえば監視兼護衛で古強者のヨシダという執事がついてきていました。

 ついてきているといっても怪しまれない程度に距離を開けストーキングしてるっていう感じですけど。

 「あんまり危ないことはしないよ?」

 そういえば外に出たら普通にタメ口でしゃべれました。

 「えー。じゃぁ簡単なのでいいから!」

 「私だけじゃ決められないよ」

 「じゃぁ……。ヨシダ!」

 そう言って右手をしゅっと上げるとすぐさま執事のヨシダがラビの横に出現します。

 「いかがされましたか」

 「チェリーとクエストを受けますから護衛お願いしますわ」

 「かしこまりました」

 そう返事をすると一瞬で大きな盾と片手剣を装備し、鎧を着こみました。

 「元『ヨルデン国家騎士団副団長』ヨシダ・デルドバンド。姫君の御身、命を懸けて守りまする」

 どこのゲームにも一人はいますよね。

 鎧着たりすると豹変する人。

 「ではパーティーを組んで行きましょうか」

 そう言ってラビからパーティー参加申請が送られてきます。

 まだステイシーとエルマとのパーティーを組みっぱなしだったので一言断りを入れパーティーに参加します。

 こっそり研究者セットで覗いたヨシダのレベルは204でラビは77でした。

 結構ラビもレベル高いですね。

 フランが30とちょっとだったので倍以上ですね。

 「じゃぁわたしも久々に装備を……」

 「こちらです姫君」

 ヨシダが鎖帷子と弓、矢を取り出してラビに渡していました。

 なかなか様になってますね。というかめっちゃかわいい。

 「久々に着たけど、まだ入るね。この辺とか成長してたから不安だった」

 そう言ってまだ発達途上の胸回りをツルンとなでています。

 これは鼻血物ですね。

 

 案内所に着き、クエストを物色します。

 ラビのレベルでも安心して受けられるクエストなら色々と楽できそうですね。

 「チェリー! こんなクエストどうかな?」

 「ん? どれどれ?」

 『緊急依頼』

 『『ヨルデン』から北に4kmとほど行った山道に出現した〔バリケード・ウルフ〕の討伐』

 〔バリケード・ウルフ〕ですか。

 そこまで高いレベルのモンスターではないので、レベル60前後のプレイヤーとかレベル80前後のNPCがレベル上げに良く狩るモンスターですね。

 「いいと思う。ヨシダさんはどう思う?」

 「この程度なら私でも無傷で守り通せますぞ」

 「だそうです。ではこれにしましょうか」

 「はーい!」

 そう言って紙を掲示板から引きはがし、受付へ持っていきました。

 こういうお姫様ってわりと無謀なクエストとか受けたがるようなイメージを持っていたので少し安心しました。

 

 ラビと話している受付のおねぇさんが死にそうなくらい青い顔してましたけど何かあったんでしょうか。

 何はともあれ久々に受けるNPCとの共闘クエストです。

 怪我くらいだったら回復できると思いますが死んだらそこでおしまいなので安全確実にクリアしたいと思います。

                                      to be continued...

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