知識の翁

 あまり似た部屋の事をこれ以上書いても読者もアルチュールも退屈なのでかいつまんで言うと七番目の部屋、峻厳は戦車に乗って武装した男のモニュメントのある部屋で、技術についての蔵書。八番目の部屋、慈悲は玉座に座った王のモニュメントと自然科学についての蔵書である。


 アルチュールは慈悲の部屋で大欠伸をした。


「飽きてきましたか?」


 ダオレはなにやらこの部屋を捜索しているようだった。


「こうも同じような部屋ばかり続くと飽きんのかね、ダオレ」


「……恐らく次の部屋で、何かしら野生動物のようなものと遭遇するのではないでしょうか」


「何か知っているなら正直に話してくれていいのに――一人で貴方は背負い込もうとしている」


「ありがとうオリヴィエ、でもまだ話したくても言えないこともあるのです。さて次の部屋に踏み入りますが、覚悟してください」


 アルチュールは径の続きを見回したが、


「元来た径の他に三本あるがどれだ、ダオレ?」


「どれでもありません。次の部屋はが違う、その仕掛けを今捜している最中です」


 ダオレの返答にアルチュールとオリヴィエ顔を見合わせたが、彼はお構いなしに部屋を調べている。


「おれたちも手伝った方が良いのではないでしょうか?」


 心なしか円形の光は弱まりはじめてきていた。

 案外この地下図書館の探索に時間を割いてしまってたのかもしれない。

 だから団長は朝出ろと言ったのだ。

 

「そうしてくれると助かりますよ、オリヴィエ」


「なんだ私が期待されていないようではないか!」


 三人は薄暮の中部屋の『仕掛け』を捜しはじめた。

 捜索すること一刻ほど……ついに三人はそれを発見する。


「見つけた! この一冊だけ出っ張った本がスイッチです――こうしてこれを押し込んで」


 ダオレがその本を書架に押し込むと、王のモニュメントは音を立てて沈み地下深い螺旋階段が現れた。


「これが入り口か――」


 ダオレは一人ごちるが、アルチュールは階段を降り先行する気満々だ。


「虎穴に入らんば虎児を得ずだ、入るぞ!」


「待ってください、三人で行かないと危険ですよ! 三人でも危険かもしれないのに」


 残されたダオレとオリヴィエ仕方なくアルチュールを追った。


「うおおおおぉぉぉぉぉぉ……真っ暗だああああああ……」


「それはそうでしょう、地上の明かりはここまでは届かない」


 そうダオレは言ったが、不意にアルチュールの気配は消えた。


「ダオレさん!」


「急ぎましょうオリヴィエ」


 二人は駆け出すと――

 己の質量は不意に姿を消した。


――しまった! 二重の罠か!


 それは落とし穴と言った単純なものではなく重力的な歪みに相違なかった。

 そのことに気付いているのはダオレ一人なのであったが……



※※※



 初めに眼を覚ましたのはアルチュールであった。

 そこはやはり円形の部屋で沢山の本が書架に詰まっていたが、他の部屋と異なりなんの象徴的なモニュメントもなく、紫色の光だけが溢れていた。

 だがところどころ発光した文字の本が頁を晒しては、奇妙なことに浮いている。


「ここは……どこだ?」


 アルチュールは倒れているダオレとオリヴィエを助け起こそうとすると、不意に声が聞こえた。


「二人は放っておけ、アルチュール・ヴラド伯爵」


「むむっ、私をまだ伯爵と呼ぶのは誰だ!?」


「ここだ」


 部屋の奥から奇妙な生き物が歩き、進み出てきた。

 それは四足で歩く、人の顔をした小柄な獅子、とでも呼ぶしかない存在であった。


「ちょ、超自然の存在か……!!?」


「わたしのことは、そうとでも呼んでもらおうか」


「そこに倒れてい居る行倒れの男――彼しかわたしを知らない」


「そうなのか?」


 その獅子は何かに気付いたかのように鋭い目線を、アルチュールに飛ばした。


「おぬしたちジオムバルグに逢ったな」


「ジオムバルグ?」


「狂気の山脈に住まう女隠者よ、わたしの敵でもあるがな」


「そうなのか、彼女には一夜の宿を……与えられたのか?」


「あの女には二度と逢うことは適わんぞ――ときに行倒れ、起きて話を聞いているな? 顔を上げろ」


 ダオレは身を起こすと獅子に向き合った。


「ここは禁書の間、そしてあなたと戦うのか開……」


「おっとここでは知識の翁だ。仮令たとえ、本名を知っていようとな」


「団長も人が悪い、まさかあなたが敵と知ってここへ送り込んでいたとは」


「南の騎士団はそういう団体よ、さあそこの剣士風の男を起こせ」


 ダオレはオリヴィエの頬をぱしぱしと叩いて起こすと、彼は意識を取り戻し始めた。

 そして知識の翁を見るとひどく驚いた。


「野生動物か!」


「いや、こいつは喋りますよ場合によってはあのマンティコアよりも手強い」


「ほう、誰かマンティコアを合成したのか」


「………………」


「マンティコアを合成?」


 あれほど苦戦したマンティコアにオリヴィエは思い出すも溜飲を下げたが、ダオレはだんまりを決め込んだ。


「それよりこの喋る小さい獣をさっさと倒して目的の本を持ち帰らねば、ゴーシェの縛めは解かれぬぞ」


 ところが知識の翁はゴーシェの名を聞くと大層驚いて見せた。


「何か知ってるようですね? 知識の翁」


 だが獣は眼を伏せるとこう言った。


「知りたくばわたしを倒すがいい、そのときには目的の本もつけて地上に戻してやろう」


「随分条件が良いですね、ダオレ」


「それだけ翁には自信があるということです、三対一ですが行きましょう!」


 こうして知識の翁との戦いは始まった。

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