王国と基盤

「この部屋は何なのだ?」


 アルチュールの声でダオレは初めて現実に引き戻された。

 そして巨大な円形の図書室を見遣った。


「ここには全体性を現す図書が集められていますね、難しい言葉で言うと『総記』とでもいいましょうか……」


「『総記』……?」


 オリヴィエは書棚から一冊、重い本を取り出しぱらぱらと捲ってみたが、文字は古語で書かれており読むことはできなかった。


「この本には挿絵がある」


「挿絵……そう、ここに置かれているのは百科全書なども該当しますから、挿絵があってもおかしくはないでしょう。それよりアルチュール、あなた挿絵のある本を見たことがないのですか?」


「それは子供の時分読んだ絵本だ、童話にはしばしば挿絵がついていたものだったよ」


「百科全書のほかには何が置かれているんだ?」


「この図書室のための本です、オリヴィエ。ここには何か重要な手掛かりがあるかも知れません。幸い野生動物の気配もありませんし、少し調べてみたいのですが?」


「異論は無いがダオレ殿は古語が読めるのか?」



「それなりには」


「砂漠の行倒れが随分と出世したものだな、私でも読めぬ古語を――」


「アルチュール殿、やっかみはわからないでもないが、ここはダオレ殿に任せておくのがよいであろう」


 アルチュールはまだ不満そうだったが、やがて諦めると暗い室内をきょろきょろと見回した。

 そして入ってきたときには誰も気づかなかった大きなモニュメントを見つけると、それを眺めはじめた。

 それは石で出来た玉座に座った若い女性の像で、見上げるアルチュールに対して冷徹な眼差しを投げ返していた。


「この像は……」


「一体何か解るのかダオレ」


 だがダオレはかぶりを振った。


「わかりません、何の暗喩でしょう」


「暗喩……」


「ええ、ここでは無意味なものは無さそうです。なにかしら意味を有している。ところで――」


「ところで?」


 思わずアルチュールとオリヴィエの声が重なった。


「この部屋は0番の部屋のようですよ」


 そう言ってダオレは天井近くのゼロのプレートを見上げた。

 残りの二人も追従する。


「いいですか? この部屋が0番なら他に1番の部屋に通じている筈です。そうじゃなくてはおかしいじゃないですか」


 そうしてダオレは部屋を見回した。


「どこかに1番の部屋に続く道がある筈ですよ」


「探してみましょうか?」


「三人で探せば早いでしょうね、オリヴィエ」


 探し始めて程なく一行は通路を見つけることができた。 

 しかしそれは三本であった。

 左右と中央の三本の通路が闇深く伸びているのである。


「読みが外れたな、ダオレ」


 いつになく上機嫌なアルチュールはダオレの肩に手を置いた。

 だがダオレは青い顔をしている。


「どうしました? ダオレ?」


 オリヴィエの呼びかけにもダオレは沈んだままだ。

 むしろ沈思黙考のかれを余所にアルチュールは、なんの躊躇いもなく真ん中の通路を歩きはじめた。


「いけない!」


 急にダオレは声を上げると、アルチュールの肩を掴んだ。


「もっと慎重になってくださいアルチュールさん! 野生動物どころか前みたいなマンティコアが居ないとも限らない!」


「ダオレ殿は必要以上に慎重になっているように見えるが……例えばこの0番の数字と玉座に座る女性の像に何の関連性が?」


 するとダオレ雷に打たれたように顔を上げた。


「雷の剣だ……」


「いかずちの剣?」

 

 アルチュールは聞きかえした?


「先ず、まっすぐ前の部屋に進んで下さい。9番の部屋でなかったらぼくの読みが外れています。そしてそこは文学の部屋の筈だ」


 ダオレは先行して歩きはじめた。


「おい! 慎重になれと言ってみたり先行したり何なんだ、ダオレ! 許さんぞ!」


「アルチュール、こちらも追いかけましょう。ダオレがどんどん先へ行ってしまう」


 その通路は一定の幅でかなり長かったが先の部屋の灯りが漏れていた。

 アルチュールとオリヴィエが追いつくと、部屋の入り口でダオレは立ち尽していた。


「基盤だ……ぼくの読みが当たった……」


「なんだね基盤とは?」


 アルチュールは不満そうに呟いたが、おかまいなしにダオレは部屋を見回した。

 円形のホールに掲げられた9のプレート。

 モニュメントは裸の男だ。

 そして部屋を埋め尽くす、文学関係の本の数々。

 ダオレは今度は自信たっぷりに二人に語りかけた。


「この図書館には、十の円形の部屋がある! しかし目指す書架がどの部屋にあるのか未だ不明。野生動物がいるのかも不明。こんなところしか分かりません」


「で、基盤の部屋は何の本が?」


 アルチュールは質問する。


「文学ですよ」


 ダオレは一冊の本を書棚から抜くとぱらぱら捲った。


「ジェラール・ド・ネルヴァル『火の娘たち』」


「芸術なんてなんの役にも立たない」


「まあまあ、オリヴィエ。そう言わずに」


……しかし十の部屋から一冊をどうやって見つけ出せば良いのだろうか? この部屋にある可能性だって皆無ではないのに?

 三人は柔らかな光の降り注ぐ、基盤の部屋で立ち尽すしか今はないのであった。

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