出立
「それで? 奴隷王の島へ行ってなんとする」
アルチュールは声を潜めて、だがそれには苛立ちが混じっていた。
解放された一同は例の旅籠に集まっていた、ゴーシェ、オルランダ、アルチュール、ダオレ、セシル、ミーファス、オリヴィエの七人。
相当な大人数だ。
「奴隷階級の支持を取り付けるには手っ取り早いだろう、その奴隷王と会えねえのか?」
「しかし……そのオベール王が本当に味方してくれるでしょうか?」
「なんだ……ダオレも否定的なんだな」
ゴーシェは毒づいた。
「対岸は無いと言われた。今さら都にも戻れねえ、となるとここを出て奴隷たちの島を目指すくらいしかないじゃないか」
「それはそうですが……」
「ゴーシェ、別に私は反対しているわけではない。だが失敗したときどうするというのだ?」
「島から抜け出せばいいだろう?」
「島だぞ? 一歩間違えばそこでお陀仏だ」
「どうしてそう否定的なんだ! 勝手にしろ。オレは島を目指すからな!」
「ゴーシェ……」
「ああ、オルランダからも何かひとこと言ってください!」
しかしこうなっては意固地になったゴーシェに、いい言葉の一つも掛けられない。
元はと言えば自分が持ち込んだ話でここまで揉めているのだから。
「あの、やっぱりわたしも島を目指してみようと思います、それがオルランドさんの提案でしたし。他になんの展望もなんです、付いてきてもらえませんか?」
何時になく物腰の柔らかいオルランダの謂いに一同は静まり返った。
以外にも口を開いたのはミーファスだった。
「行ってみよう、他に展望がないならば切り開くしかあるまい」
「ミーファス!」
アルチュールはまだ納得できぬという雰囲気であったが、しぶしぶ承諾した。
「行ってみるか、吉と出るか凶と出るか奴隷王の島に――」
その晩一行は島に行くことをオルランドに伝えると、早々に準備をして床に入った。
「うん……トイレ……」
セシルが深夜厠に起き出すと、旅籠の酒場で誰かがグラスを傾けているのが目に入った。
それはミーファスであった。
彼はいけないと思いつつその独言を聞き及んでしまう。
「本当はわたしは知っているのだ……奴隷王に逢えばわたしたちは殺されることを。それでも島に行こうとしている。何故だ?」
嘘! 嘘ですよねえ!? ミーファスさん!
そのとき、派手に物音を立ててセシルは転んだ。
「……セシル、聞いていたな?」
「いえ、なあんにも」
「聞いていたな、解っている。我々は奴隷王に殺されるぞ」
「………………」
「そんな予感がするのだ、堪らなくな」
「予感でしょう? そうなるとまだ決まったわけじゃないです……」
「もういい、子どもは寝るんだ、明日は早いぞ?」
翌朝――
オルランドは中型の船を用意して待っていた。
「帆も櫂もなしにどうやってこの舟は進むんだ?」
ゴーシェが尤もなことを訊ねるとオルランドは、
「あの島は海流のどん詰まりにある。沖に出て潮の流れに乗れば自然と着く」
「だから奴隷たちが住み着いたんですね」
ダオレは得心した。
だが――
『聞いていたな、解っている。我々は奴隷王に殺されるぞ』
「どうしたセシル? ぼんやりとして」
「いや、なんでもないです!」
そしてミーファスの方を見たが彼は素知らぬ振りをしていた。
このまま出発して本当に大丈夫なのだろうか?
そうセシルは考えながらも船に乗り込んだ。
次々と乗船して船は遂にシャイアムを離れる時が来た。
「では失礼するオルランド」
「短い間だったが数々の無礼赦していただきたい、アルチュールどの」
「チッ、レオポルドのヤローは見送りもなしかよ」
「そういうなゴーシェ、彼は彼で大忙しだからな。それとオルランダ」
「どうしたんですか?」
「これは返しておく」
「!!」
それはゴーシェの唄の銀の函だった。
「ありがとう!」
「なんだ、あの箱没収されていたのかよ……」
そして船は沖へ出て海流に乗った。オルランドの説明に拠れば一日ほどで奴隷王の島に着くことだろう。
※※※
バルコニーに一人の男が立っていた。
三十代前半、黒髪の短髪で奇妙な王冠を被っていたがなぜ奇妙なのかは、説明しづらかった。
男は一匹の鳩がバルコニーに停まるのを見て取った。
鱗の脚には手紙が括られている。
それを受け取った。
そこにはこう認められていた。
潜入する鼠、ゴットフリトと元ボレスキン伯一味を殺せ
G.L.J
成る程――あのお方はそう命令をお出しか。
いいだろう、元よりこちらも反逆者よ命令を聞くのも役目だ。
王冠の男は鳩を檻に入れると直ぐ返事を書いた。
必ずや「薔薇」の思うがままにして見せましょう。
その書状を別の鳩の脚に括りつけると直ぐに海へ向かって放った。
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