再びの公爵

 ゴーシェが図書館で一悶着していたその頃、はじめて『がらくたの都』の官庁街に入ったオルランダはすっかり迷ってしまっていた。

 こんなことでゴーシェを止めるどころか合流することができるの? 今日は天気も悪いし、それになんだかすごい人出で……

 オルランダは自分が金髪の流民だと思い込んでいたから、他人に何か聞いてみるなんて思いもよらなかったのだが、


「お嬢さん、どうしました」


 自由民風の中年男が声をかけてきたのだ。


「えっ? わたし?」


「そうですよ、素敵な帽子のお嬢さん」


 ああ、そうか……オルランダは他人から今の自分が、臙脂のドレスに帽子を被った自由民(それもいい類の方の)か何かの子女に見えるだなんて想像もつかないことだった。


「何かお困りですか?」


 流民の自分だったら石を投げられはすれど、こんなに優しく声を掛けられることはあるまい。


「あの、どうしてこんなに人出が多いのかしら?」


オルランダは精一杯言葉を選んで問うた。


「ははははは、田舎から出てきたのかな? 今日はこの近くをアルテラ25世がお行きになる日じゃないかそれで皆一目国王を見ようと押しかけてるのさ。なにあんた国王陛下には興味はないのかい?」


「え、ええあまりに遠い方過ぎて……」


「違いない、でもアルテラ25世は確かあんたさんくらいの歳だし見初められて……なんてこともあるかもな」


「まさか! わたし心に決めた方が居ましてよ」


「そうだな嫁入りするような歳だもんな、からかって悪かったよ」


「いえ、ありがとうございます」


「国王陛下は……もう行っちまったな、評判の悪い近衛兵たちがを務つとめてら」


「え……近衛兵は評判が悪いんですか?」


 すると自由民風の男は、忽ち鳩が豆鉄砲食らったような表情になった。


「驚いた! あんた本当に田舎の出なんだねえ、近衛隊といえば隊長のグラビス公爵の評判が悪くて、まあ部下が挽回しようと水の泡さ」


「そうなんですか」


「障らぬ神に祟りなし。わたしはもう行くよ、じゃあね田舎のお嬢さん」


「ありがとうございました」


 ぺこり、とオルランダは頭を下げたがその拍子に帽子が脱げてしまった。


いけない!


 慌てて帽子を深く被りなおしたが、誰にこの金髪を見られたかも定かではない。

 しかし図書館も見つからないし、ゴーシェとも合流できそうにもない、予想以上に官庁街は広く一旦アルチュールの屋敷に戻らなくては……

 本来なら辻馬車でも呼んで、降りるときにアルチュールの家の者に御者代を立て替えてもらえばいいのだが、残念ながらオルランダにその知恵はなかった。


「どうしよっか……」


 部屋に用意されていた靴を履いてきたが、下ろしたてらしく足が痛くなってきた。

 これ以上彷徨っているのも正直辛い。

 そう言えばお金は銅貨ペタルの一枚も持って出なかったな、わたし莫迦みたい。

 此の格好なら鉄貨ザーヒルでもあれば、数時間飲み物と一緒に時間が潰せるのに……

 そう、オルランダがぼんやりと考えてると――


「隊長が捜してたのはこの娘ですぜ!」


 背後で大きな声がして振り返ると、


 そう、見世物小屋のテントでオルランダに迫ってきた脂ぎった公爵が確かにそこに居たのだ。

 あの時は私服だったが今は近衛隊の制服を着崩し、だらしのない体たらくだ。


「帽子なんて被っていても解るんだよ、え? オルランダ」


「ちょ、ひとちがい、です……」


「テメェに張られて、ボレスキンの野郎の青二才に張られて良いザマだ! 生かしちゃおけねえ! いや殺すより酷い生き地獄だぁあ!!!!!」


 ええっ!? アルチュールが殴って謹慎になった上司ってこいつのことだったの!?


「その小奇麗な面に傷をつけるのもおもしれえ! おい、お前らそのアマを押さえてろ」


 天下の近衛隊が聞いてあきれる、そこいらの三下同然じゃないの。


 ただ圧倒的不利には違いない、なんとか逃げ出さないと色々危機っ!


 しかし公爵の顔が眼前に迫ってきて酒臭い息が吐きかけられると、オルランダはいよいよ目を閉じた。


 駄目だ、これはもう。


……

…………

………………


 しかしいつまで経っても、公爵の間の手は彼女に伸びてこなかった。


「あたぁ~ッ!?」


 そして公爵の間抜けな絶叫。


「安心しろ、峰打ちだ」


 この声はゴーシェの声ではない。


 おそるおそる目を開けるとそこに居たのは眼鏡をかけた長身の男だった。


「あなたは?」


「俺はフォルテ」


「ありがとう、フォルテさん。でも、どうしてわたしを?」


 オルランダは小首を傾げる。


「そこへ馬車を停めてある。ボレスキン伯爵の屋敷に連れて行こう」


「あの――」


 フォルテと名乗った男はオルランダの帽子を被せ直し、小柄な彼女を抱きかかえると馬車の客室へと運び扉を閉めた。

 男はどうやら二頭立ての馬車を御し、悪天候のために暗くなりはじめた石畳をガラガラと滑り出した。

 そのまま数十分進むと急に男は馬を停めた。

 そして客室のドアを開けるとオルランダの手を取ってボレスキン伯爵邸の裏手で下した。


「ここでいいだろう」


「ありがとうございます、でも裏門?」


「俺はまだ人目に触れるわけにはいかないからね」


 だが雷霆いかづちの瞬く間にもう一つの影がそこに立っていた。


「ゴーシェ!」


 オルランダの呼び声を無視してゴーシェはフォルテに向かいなおった。


「その声、図書館で聞き覚えがある。貴様何者だ!?」


「俺はただのフォルテさ、君たちが目的のために動けば動くほど、また会いまみえることとなるだろう。それじゃあオルランダ、またね」


そしてフォルテはオルランダの頬に軽く口づけた。


「てめえ!」


ゴーシェは絶叫したが後の祭りだった。

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