夜想曲

「眠れないのかい? オルランダ、悪い子だ。夜に男の部屋に来るなんて」


 アルチュールの部屋の扉の前まで行ってそう声を掛けられると、当のオルランダはひどく萎縮した。


「ごっ、ごめんなさい、もうわたし部屋に帰りますから……」


 すると扉が不意に開きシャツにズボン、やはり長剣をいたままの、だが髪を下したアルチュールが立っていた。

 そしてオルランダの手を握りしめると長いまつ毛に縁どられた青い瞳がオルランダを真っ直ぐに見つめた。


「おいで……話があるのだろう? 眠れないのは私も同じなのだ」


「アルチュールさま……」


 オルランダは招き入れられるままにアルチュールの寝室に入った。

 先ほど地図を広げていたテーブルの上にはワインの瓶と、カットグラスの杯。

 ランプの灯が煌々と輝いていたが、窓の外から差し込む満天の星々には適わない。


「飲むかね?」


「いいえ、わたしお酒は飲めなくて……」


「そうか、ここでは極上のワインが取れる。王宮にも献上しているほどだ」


 そう言ってアルチュールは杯のワインを飲み干した。


「折り入って私に何か話があって来たのだろう、話してみないか、オルランダ」


「わたしにはアルチュールさまの理想が現実可能とは思えません! 最初に仰っていたじゃないですか! 王権の簒奪と!」


「ああ、そうだったな……だがわたしは理想を同じくする同志をすでに都に確保している、反乱分子さ」


「都でそのうちミーファスという男に会うだろう、というか引き合わせるが……」


 ミーファス、聞いたこともない名前だ。


「ともかくある連中からはお尋ね者さ、彼は何もしていないのだがね。ミーファスというのは、そこのみなみのうお座の星のことだ、本名じゃない。嘗てはフォーマルハウトと呼ばれていたらしい」


 そしてアルチュールは青い瞳で真っ直ぐにオルランダを見た。


「今の王家は機能していない、国王はまだ若すぎて外戚の専横に任されている」


「国王陛下……流民のわたしには知らないことでした」


「一説によれば国王は事なかれ主義の穏健派で無能の塊のような少年だという。そんな盆暗に政治を、この国を任せられるかね?」


「わたしには……わかりません」


 一方的に話すアルチュールにオルランダは頭が混乱して、がたがた震えだした。


「また我々には無関係な連中だが王宮内には王討派おうとうはを名乗る勢力までのし上がっている、ただのクーデターさ」


 そしてアルチュールはオルランダを抱きしめた。


「大丈夫だ、君もゴーシェもダオレも死なせはしない」


 あまりに近くなので、オルランダにはアルチュールの鼓動も体温も、すべて薄いシャツ一枚を通して伝わるので、ひどく赤面していることを悟られないようにするのに必死だったが、


「緊張してるね、でも大丈夫何もしやしない。ただ今は、こうさせていてくれ……私も心細いのだ」


 しばらくオルランダとアルチュールは傍にいたが、そのうちそっとアルチュールはオルランダから離れた。まだ鼓動が早鐘のように打っている


 完全に二人が離れるとオルランダはまともにアルチュールを見られなくなっていた。

 その間、アルチュールは椅子に座るとこちらをずっと見ていたが、口を開いた。


「あの時の錆びた銀の函を持ってきたのか」


「あっ、そうです……」


 オルランダはしどろもどろになりながら返答した。


「見せて?」


「錆びて動かないんです」


 アルチュールは函をこねくり回していたが、裏に貼ってある紙も含めてお手上げといった状態になった。


「ごみのなかに入っていたのだろう? これと似たものを都で見たことがある。それは完全に動いたが残念ながら動かし方が解らない」


「いったい何のための函なんですか?」


「自動で音楽を奏でる函だ」


「魔法だわ!」


 オルランダは興奮して叫んだ。


「仕掛けを知らない者からすれば、これは神の左手即ち魔法としか捉えられないだろうね。しかしこれが機械仕掛けで動く覗き絡繰りと同じと解れば忽ち見世物の段階に落ちる」


「でも自動的に音楽が演奏されるのは神の右手ではないでしょうか?」


 オルランダは訴えかけた。その証拠に裏に貼られた羊皮紙のようなものがまるで呪文めいていて、この世の物とは思えなかったからだ。


「そうかもしれない。私が聞いた音の出る函も蓋を開けると、白鳥が滑る仕掛けがあったのだよ」


「函は持って行っていいですか、都にこれを直せる人がいるかも知れない」


「一向に構わないよ、持って行きたまえ」


「ありがとうございます」


 しばし二人の間に沈黙が訪れた。

 神の両手……そんなことがオルランダの頭をぐるぐると回っては消えて行った。

 だがこの件についてアルチュールから口を開くことになるとは思わなかったので、オルランダは驚いた。


「もう御存知とは思うがゴーシェの持つ剣、グラムあれは危険だ」


オルランダは息を飲んだ。


「はっきり言おう、ゴーシェが優れた文人なのは認める、だが剣については素人丸出しだそんな彼が扱える剣ではない。ダオレであっても危険であろう」


「ではどうしたら!」


「そのうちゴーシェ君には剣術の験算でも積んでもらうしかない、それが彼を生かすみちとしか言いようがない」


「そんな時間があるの……」


「オルランダ、君の心配することではない、さあ、おしゃべりが過ぎた部屋まで案内しよう」

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