⑦記憶

 シェリルの両親は商人で、二人は国外からこの国にやってきて商売を始めていた。シェリルはそのとき赤子だったが、両親が命懸けでこの国にやってきたときのことを断片的に記憶していた。二人は、苦労して商売を大きくし成功させ、そこそこの家をもち、使用人や家庭教師を雇う余裕まで出てきていた。

 そのころにはシェリルにも弟ができており、弟の世話は主にシェリルがしていた。


 貧乏ではないが、とても余裕があるというわけでもない。少しでも生活をよくしていくために、両親は日々働き、シェリルも自分の役割をこなしていた。ささやかだが、そこには愛情があり幸せがあった。しかしそれは、一夜にして失われる儚いものだったのだ。

 ある日の夜、扉を叩く音でシェリルは目を覚ました。兵士がやってきて、家族はみんな裁判所に連れて行かれた。

 裁判所の地下室で一家は尋問された。両親の叫び声が聞こえてくるなか、シェリルは兵士にいろいろ聞かれた。両親の悪行を証言させようとしていることは分かった。そして、それを認めたら両親が、自分が、弟がどうなるかも分かった。シェリルだって、公開処刑はみたことがある。

 馬鹿げたでっち上げでも、とても笑うことはできなかった。必死に否定すれば殴られ、吊るされる。幼すぎて、弟は尋問から容赦されていたのは救いだった。でもそれは、全てが終わった後だから思えることだ。

 シェリルは、耐えられなかった。暴力や苦痛、恐怖から免れるためなら両親を、自分を、弟を破滅させる嘘をつくことができた。


 翌日の昼間、両親と弟はシェリルの前で生きたまま焼かれた。

丸太に縛り付けられて、薪をくべられて焼き殺されるまでをシェリルは特等席で見た。シェリルが焼かれずに済んだのは、奇跡に他ならない。たまたま当地にカサンドル修道院長が来ており、シェリルに救いの手を差し伸べてくれたのだ。

 カサンドル修道院長はシェリルを立ち上げたばかりの女子修道院にいれたいと要望してくれたのだった。もちろん、それなりの【お礼】を彼は裁判所や有力者たちにちらつかせ、実際に支払っている。


 両親が殺されたのは、流れ者の外国人だからだった。

その地の権力者がシェリルの両親が蓄えた財産を取り上げるべく、罪をでっちあげたのだった。男子を残せば遺産相続の問題があり、財産をとりあげるのが面倒になる。だから幼い弟も殺されたのだ。シェリルは女児で、修道院に入れば相続権を失う。だから命拾いできたのだった。


 シェリルのように助かるケースは稀だが、こういうことはよくあるのだと、シェリルは修道院で聞かされた。


修道院には似たような境遇の少女たちがたくさんいた。

彼女たちはみな、それぞれの経験と知識があった。

修道院では、祈り、労働し、そして学ぶことができた。


しかし、その修道院もまたあるときたくさんの兵士たちに囲まれた。


シェリルはその日たまたま修道院をでており、修道女たちの大量連行・処刑に巻き込まれずに済んだ。


正しい信仰を持つ者も、心優しい者も、異国の尊い生まれの者も、賢い者も、歌の上手な者も、あらゆる素晴らしい資質をもったものたちが一度に処刑された。


シェリルは外出していたので助かった。しかも、訪問先の人が心ある商人だった。貴族とのつながりが深い商人は、修道院に対して、異端審問官たちがきな臭い動きをしているのを察知してしばらくシェリルを引き留めていた。修道女たちの大量処刑後も、彼はしばらくの間シェリルをかくまい、どういうつてかは分からないが彼女を組織の人間に引き渡した。


こうして二度の危機を乗り切ったシェリルだった。

きれいごとで生き延びられる世界ではないことはよくわかっている。

だが、いろんな思惑はあるにしろ、そのきれいごとで命を救われたのも事実だった。



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