■6 衝動……キミト・ダンス

「死に晒せッ!」


 狭い箱でチェーンソーを振るったのは烈火のリコリス。本人はドロシーと名乗る。燃えるような真っ赤な髪は血液よりも鮮明で、日本人らしい茶色い瞳には不釣り合いに見える。それでも彼女の髪を違和感なく……彼女色だと納得できるのは、大振りな動きでチェーンソーを振るう姿が燃え盛る炎と同じに見えるからだろう。


「斬り殺す」


 血を啜る日本刀を扱うのは黒曜のリコリス。仮の名はクロユリ。モノトーンの装いのなかに唯一色のついた刀が、ぎらついた野性のように獰猛な光を反射する。冷静を守ろうとした脳髄は狂気に堕ち、強者に挑む本能だけが機能する。手負いの獣は油断ならないと言うが、今のクロユリはそれに似た危うさを孕んでいた。

 一合、二合と数えることは果たして適切か。何せ回転刃のチェーンソーと芸術美の日本刀だ。それらが真正面からぶつかって火花を散らし、耳障りな金属音を奏でていく。刃が噛み合うたびにごりごりと、刃先が削られていく感触がある。


 あの刀は磨耗しない。

 どういう理屈だかは知らないが、妖刀とかそんなカテゴリーに入れてしまえばいい気がした。でなければ繊細な芸術品である刀が無骨なチェーンソーを圧倒するはずがない。そう、理屈ならいくらでも並べられる。でも必要ない。だって相手は理屈の通用しないリコリスだから。


「チィ……ッ」


 ドロシーの、何度目かの舌打ち。口の中に苦いものがこみあげてくる。本能のまま刀を振り回す殺戮マシーンと化したクロユリは、想定通り厄介だった。挑発できたからといって勝てるなんて一言も言っていない。黒曜のリコリスにわずかばかりの勝機を見いだすならば、安い挑発に乗ってしまうほどの気高いプライドにあると見ていた。見立ては間違っていなかった、彼女は理性を手離した。その結果、逃げるという選択肢は失ったわけだが気にしなくていいだろう。

 問題は、そんなものを抜きにして、剥き出しの刃と成り果てたクロユリは、殺しに特化した存在だと言うことだ。


「斬る。斬る。斬り殺す」


 その声色は機械的にも捉えられるし、猟奇的とも表現できる。光があるのは刃だけ。濁りきった瞳は果たして対峙するドロシーを映しているのかすら怪しい。しかし振るわれる太刀筋には一切の迷いがなく、頸動脈を狙おうと首付近まで白刃が飛ぶ。なんとか適応できている自分を褒めたいとドロシーは思った。それもこれも「愛の力」というやつだ。


「指がないってのは、ああもう、結構なハンデじゃないの!」


 ドロシーは片手でチェーンソーを振っていた。ただでさえ戦闘能力はクロユリに劣るのに。がむしゃらにもなれない、理性的でもいられない。ドロシーとクロユリの鍔迫り合いが何故成立しているのか? ――リコリスの「本能」としか言えない。

 リコリスという人工的な生命体に「本能」という機能を搭載するのもまた滑稽な話ではある。事故のような生まれだからどこもかしこも不完全だ。リコリスの研究者なんてものもいるが、人間が生み出したもので自身の手に負えなかったものなどいくらでもある。彼女たちもその一例に過ぎない。


「…………」


 里砂は箱の中から、自分の埒外で暴れまわるリコリスの死闘を見届けていた。貴島里砂には特別な力なんてない。手酷い人生に無為を感じ、彼岸花の咲く街で息を吹き返しただけの人間だ。潔癖であろうとも深い情愛を持っていようとも、そんなパーソナルはまったく特殊ではない。よくいる人間の、よくある個体差とくちょうだ。

 そんなよくいる人間を、ドロシーは見つけてくれた。光を見せてくれた。里砂を楽しいところへ連れていってくれると言った。里砂は苦しみたくないと言ったのに。

 ……だから、愛した。


「――!」


 悪寒がした。脊髄のひとつずつが震え上がるような、身体の奥底からわきあがる警戒アラートだ。咄嗟のことに身が凍りつく。強張った筋肉が命令を遮断するかのように震え上がった。

 クロユリと目が合う。死んだ魚にも似た瞳。無機質な黒曜が、その瞬間確かに里砂を射程に捉えた。


「……お前が、私を、狂わせる」


 そこからの動きは早かった。日本人形を想起させる不気味な白い顔が、想像以上の速さで迫ってくる。ドロシーを越えて日本刀を持った鬼が飛びかかってきたとき、里砂はハラジュクで会ったリコリスを思い出した。

 美味しそうだと言った彼女。今とはまったく違う命の危機。投げ出そうと思っていた人生を救ってくれたドロシー。


(ねえドロシー。私はあなたと会って変われたかしら)


 戦うことはできないし、転がった生首と同じ運命を辿ることもしたくない。指を撫でる液体をいとおしいとも思わなかった。ドロシーはそれが吹き飛ぶ様を楽しんでいるし共有はしたいけれど、里砂は血が好きではない。嫌いとも言わない。

 血が赤いのは、きっと生きている証明だ。


「お前が、いるから、この女は」

「……ええ、そうよ。ドロシーは強いの」


 里砂の首を狙った刀は、それを斬りつけることなく宙にとどまる。違う、刀と首の間に割り込んだものがあったから動きを阻まれただけだ。

 たとえばそう、ドロシーの腕とか。


「なん、……意味が……!」

「わからないって? 見りゃわかるでしょ」


 ドロシーの手が、黒百合の刀身を掴んでいる。指の繋がった、もう片方の手で。

 目を白黒させて混乱しているのはクロユリだ。一度ならず二度までも、同じ方法で、目にも止まらぬ速さであるはずの一閃を鷲掴みにされたのだから。


「里砂に手を出した時点で、あんたは終わってるんだってば」

「っの、この……!」

「強さを求めるあなたには、縁のないものでしょうけど」


 里砂は眼前で気色ばむ少女の敗因をそっと告げた。


「私のためなら、ドロシーはいくらでも強くなれるの」


 もちろん私も、と里砂は静かに付け足した。


「――――」


 クロユリは時が止まったように、ぴたりと動きを止めた。その静寂をただ里砂は待っていた。ドロシーの手のひらからは新しい血液が滴っていく。クロユリと邂逅してからというもの、愛しい彼女は流血沙汰に巻き込まれてばかりだ。


「どうして、どうして、どうしてどうしてどうしてどうして……ッ!!」


 光を取り戻した黒曜の乙女。両の瞳が里砂を貫く。ドロシーではない、誰でもなく真正面から里砂を見て……クロユリは明らかに悔しがっていた。

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