第1章最終話 夏の夜の夢 後編


 夕食は非常に満足出来るものだった。

 鮎の塩焼や夏に雪を見ながら食べるカニなど他では味わえない食事ばかり。


 僕と鈴羽は、おもわず黙々と食べて途中で顔を見合わせて笑ったくらいに。


 夏の終わりが少しずつだが近づいてくる気配が、雪が薄っすらと積もった中庭には漂っている。


 食事の後、僕等は中庭に散歩に出かける。


「やっぱりちょっと涼しいというか、寒いくらいかな」

「そうね、山の上だから気温が低いのかしら」

 僕に、ぴったりと寄り添って少しだけ体を震わす。


 中庭にはいくつかの竹で作られたベンチがあり、景色を堪能することができるようになっている。


「ふぅ、しかし何から何まで驚くことばかりだね」

「ふふふ、良かった。」

 僕に寄り添い肩に頭を乗せて蕩けるように微笑む。


 ふと僕は人の気配を感じて顔を上げる。

 と、少し離れた部屋から年配の夫婦だろうか?が此方に歩いてくるところだった。


「こんばんは」

「こんばんは」

 僕等は互いに挨拶を交わす。


「ここはいい宿でしょう?」

「はい、びっくりするくらいに」

 年の頃は70歳くらいだろうか、優しそうな女性だ。

「主人と毎年この時期に雪を見にくるんですよ。」

「驚きましたよ。雪がこんなに積もっているなんて」

 僕が言いながらベンチを勧める。


「ありがとう。お若い方にはあまり楽しくないのではなくて?」

「いいえ、そんなことないですよ。いい思い出になりそうです。ねぇ?」

「うん、そうね。本当にいい思い出になりそう」

 奥さんの言葉に僕等はそう言って返す。

「ほほほ、それは何よりですね、、ご夫婦?」


「えっ?」

 僕が一瞬返答が出来ずにいると

「はい。」

 鈴羽ははにかんだ笑顔でそう答えた。

 僕の手をぎゅっと握って。


「はい、夏の思い出に何処に旅行しようと思いまして」

「そうですか、いい思い出になりますように」

 老夫婦はそう言って柔和な笑顔で会釈をして林の方に歩いていった。


「・・・夫婦に見えるんだね」

「そりゃあ、まあ、見えるんだろうね」

 何となく恥ずかしいやら照れくさいやらで2人して顔を赤くして俯いてしまった。


「そろそろ入ろうか?」

「うん。ちょっと寒くなってきたし」


 手を繋いで部屋へと戻る。

 振り向いて見上げた空には大きな月が輝いていた。




「お風呂入る?先に鈴羽入っていいよ」

「私は後でいいから皐月君からどうぞ」

「そう?じゃあ・・・」


 部屋から続く廊下の先には竹林の見える露天風呂がある。

 服を脱ぐとひんやりとした空気でちょっと寒く感じる。


「ちょっと寒いなぁ」

 露天風呂は結構な広さで1人で入るにはもったいない。

「一緒に入った方が良かったかなぁ?」

 湯船に浸かって、僕は独り言を呟く。


「じゃあ一緒に入るね」

「!」

 声がして思わず振り向く。


 タオルで隠してはいるものの一糸纏わぬ鈴羽がそこにいた。心臓が激しく鳴るのがわかる。


「恥ずかしいから、あんまり見ないで」


 透き通るような白い肌を薄っすらと赤く染めて僕のすぐ横に入ってくる。タオルを外して。


「せっかくだし・・・ね?」

 湯船の中で僕に抱きつく。


 身体に感じる柔らかな感触、甘い吐息が耳にかかる。


 大きな月の下、風が木の葉を揺らす音と微かに聴こえる虫達の鳴くこえ。目を閉じれば愛おしい彼女の胸の鼓動の音が聞こえる。

 抱き合いゆるやかに漂う。

 静かでまるでここだけが、2人だけの時間が止まってしまったかのように心地よく。


 ふいに鈴羽の唇が僕の首筋を這う。


「鈴羽・・・?」

「ふふっ、好き」


 普段見せることの無いような艶めかしい表情で鈴羽が囁く。

 僕も鈴羽の腰に手を回してきつく抱き寄せる。


「うん」

 耳、首筋、頬、唇へとキスをする。

「・・・ん・・あ・」

「鈴羽・・・」

「・・・・っ」

 月明かりの下、聞こえるのは風が葉を通る音と切なげにもれる彼女のこえ。

 雪がとけるほどに熱く甘く官能的で。



「ねぇ・・・」

 鈴羽が憂いを帯びた顔で見上げる。

「うん、上がろうか」


 僕は鈴羽を抱き上げて、露天風呂から上がり寝室へ向かう。

 月の、光に照らされた彼女の肢体は驚くほど美しかった。


「恥ずかしいっていったじゃない・・・」

「綺麗だから、余所見できないよ」


 唇を幾度となく重ね、お互いの気持ちを確かめ合う。


「鈴羽・・・愛してる」

「!・・・うん!わたしも!愛してるわ」



 そして・・・・・この夜僕等は初めてひとつになった。







 エピローグに続きます。

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