七、ゆかし

 コンビニからの帰り道、さっきの黒マント男がまだいないか軽く探しながら歩いた。


 もう遭遇したくないという気持ちもあったが、会ってさっきの言葉の意味や、俺の名前を知っていた理由を聞き出したかった。


「常識を思い出せ……」


 「思い出せ」ということは、俺は一度その常識を持っていたのに今は忘れているということだろうか。常識……常識……考えてみるが全く何のことか分からない。


「おにいちゃーん!」


「うお!?」


 甲高い声が聞こえた後、突然腹部に衝撃が走った。視線を下げると、金色の毛が生えた生き物が俺の体に取り付き、わさわさと動いている。


「やっと見つけた! タキヤマはくーこーから遠すぎだよ!」


 この金色しゃべるぞ? いやさっき一回しゃべってたか。どうやらこれは人間のようだ。髪の毛が占める割合が大きすぎてまるで毛虫のようである。


「あの……さっきお兄ちゃんって呼ばれた気がするんだけど、俺のことなの?」


「そーだよ! ミコトはヤマコのおにいちゃんだって、パパが言ってたの!」


 金髪幼女はその青い瞳を輝かせてそう言った。……親父、あんたはお袋一筋のまっすぐな漢だって、俺は信じてたよ。


「ヤマコはね、イタリアからきたの! ひこーきに一人で乗ってね! ぶーんって!」


「こんな幼女が一人で飛行機にねえ……しかも新千鶴空港から滝山市までも結構かかるのに」


「ヤマコはね、こみゅきょーだから色んな人に道を聞けるの! すごいでしょ!」


「そいつは素直に凄いな。俺みたいなコミュ障根暗オタクにはとても出来ない芸当だ……」


 ……ん? そうだ、俺は漫画やアニメを観ることに休日の大半を費やし、宗教勧誘の人ともインターフォン越しでしか会話が出来ないコミュ障根暗オタクのはずなんだ。


 なのにここ二日間はどうだ。突然現れた許嫁を名乗る美少女に、その祖父母(お爺さんは怖かったけど)、そして今目の前にいる金髪碧眼の美幼女とも平気で会話が出来ている。


(常識を……疑え?)


 八重ちゃんが来る以前、俺はどうして人と上手く話せなかった? どうして彼女が来てからというもの、非現実的な出来事に大して驚きもせず順応している?


「おにいちゃん? おにいちゃーん!」


 この子にしてもそうだ。突然イタリアから自分を兄と慕う幼女が一人でやってくるか? そしてどうしてこの子はこんなにも日本語をペラペラと話せる?


 俺は突如強引に夢から引きずり戻されたような感覚になる。思えばこの二日間は、あの黒マントの男が最も常識的な存在だったと思えるくらいにはおかしかった。


「君は……何者なんだ?」


「ヤマコはね、クリスティーナ・ヤマコっていうの! おにいちゃんのいもーとだよ!」


「そういうことを聞いているんじゃない! 今、俺の周りで何が起きてるんだって聞いてるんだ!」


「え? え? ……ううっヤマコ、わかんないよぉ……うえーん!」


 つい感情的になって大声を出してしまうと、ヤマコと名乗る幼女は怯えて泣き出した。やばい、すっごい罪悪感。でも、今はこれまでの異様な出来事への気持ち悪さが上回っている。


「その辺にしておきなさい。その子に罪は無いのだから」


 直後、酷く静かで、冷たい声が背後から聞こえた。この声は……


 振り返ると、五メートルほど向こうにやはりあの黒マントの男が立っていた。先ほどとは違い外灯の真下に立っているためか、今度ははっきりと帽子の下の顔が見えた。


「お前……何か知ってるんだろ?」


「何か知っているか……まあ、そうだね。僕は今君に起きていること、起きることの大筋は知っているつもりだ。もしかしたらそれすらも疑うべきものなのかもしれないけどね」


「よく分かんねえこと言ってないで、知ってることを教えてくれよ! 何が起きてるんだ!」


「君は選ばれたんだよ。いや、正確には君の家がね」


「……俺の家が、選ばれた? 誰に? 何に?」


「そう急かすのはやめなさい。こういう時こそ冷静でありなさい」


 常に相手に言い聞かせるような、丁寧な物腰。それが癇に障る。しかしここはとりあえず大人しく話を聞くべきか。


「君の家を選んだのは、この世界に存在するあらゆる宗教団体だ。キリスト教、イスラム教、仏教の三大世界宗教から、神道やヒンドゥー教のような民族宗教、そして数多くの新興宗教とかね。」


「確かにうちはやたら宗教の勧誘がくるけど……そんな大きいとこまで?」


「もちろんその宗教全体を挙げてというわけじゃない。どんな宗教も、教えを独自に解釈し、それに従う者がいるのさ」


「それで……その理由は?」


 次々と訳の分からないことを言われ、理解が全く追いつかない。しかし、俺はこの話をきちんと聞いておかねばならない。そんな気がした。


「君の家が霊的な意味で非常に大きな力を持っているからだよ。簡単に言えば、世界一のパワースポットってとこかな」


 パワースポット……? オカルトは信じない主義なんだけどな。だがそんな超常現象にでも縋らなければ説明出来ないほどこれまでの出来事が不自然なのも事実だ。


 異変の始まりは八重ちゃんが来たこと。つまり……


「じゃあ、八重ちゃんもそれを狙って」


「いいや、彼女に関しては純粋にお爺さんたちの約束に従っただけだろう。彼女に関しても、君はまだ見落としている部分があるけどね」


「また疑問を増やしやがって……じゃ、じゃあこの子とお前の目的は?」


「安心したまえ、ヤマコ君と僕は君の味方だ」


 気づけば、ヤマコは泣き疲れて俺にしがみついたまま眠っていた。確かにこちらに危害を加えるつもりはなさそうだ。


「というと?」


「僕たちはそれぞれ違う集団から派遣された、君の家の警備員みたいなものだよ。同時に、君のボディーガードも務めさせてもらう」


「……信じていいんだな?」


 ここであっさりと信じるのもおかしいとは自覚していたが、どうやらこいつは嘘はついていない。本当にただ何となくだが、そう思った。


「ああ、少なくとも僕らは君の敵ではない。後からもう一人仲間が加わるけど、彼女もきっと君を守るために全力を尽くしてくれるだろう」


「もう一人増えるのかよ……」


「大丈夫、彼女は僕らに比べて比較的現代日本に馴染んだ外見だし、常識もある。悪いようにはならないさ」

 

 突如冷たい風が吹く。一度話に区切りがついたところで俺は一度くしゃみをし、ヤマコの寝顔を一瞥する。


「まだ色々聞きたいことはあるが、この寒さだとヤマコが風邪をひいちまう。続きは俺の家でいいか?」


「残念だけど、僕は今日早く帰ってこいと言われていてね、ここでおいとまさせてもらうよ。ヤマコ君は君の家で世話をしてあげてくれ。君のご両親には既に話をつけてある」


「は!?」


 嘘だろおい、こいつお袋にこの子のこと話したのか? まずい、親父が九州の地で没することになっちまう。


「ああ、大丈夫だよ。君が思ってるようなことは起きない。さあ、早くヤマコ君を家にいれてあげなさい」


「お、おう……何で俺が考えたこと分かるんだよ」


 気持ちの悪いやつだ。と怪訝な顔をしてみせるが、男は全く意に介さず不敵に笑うと、どこからか名刺を取り出して渡してきた。


「さあ何でだろうね。ああ、そういえば名乗り忘れていた。僕は宗教団体|鏡見教(かがみきょう)代表兼学生、梅村景久(うめむらかげひさ)。以後よろしく頼むよ」


「ああ。今度しっかり詳しい話を聞かせてもらうからな」


「わかったよ。それじゃあおやすみ」


 軽く会釈した後、梅村は夜道へと消えていった。しかしあいつ、方向転換する度にマントがひらひらしてカッコいいな。着物とかもそうだが、日本人ってひらひらに惹かれるのかね?


 そんなことを考えながら俺はヤマコを抱きかかえ、家へと急いだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます