グラディエータースレイヤー

「LARP(ラープ)をしましょう!」


「らーぷ?」

「ライブ・アクション・ロールプレイ。略してラープです」

「いや、それだけじゃ意味がわからないんだけど」

「簡単にいえばTRPGにリアル脱出ゲームやスポーツチャンバラを足したようなゲームです」

 『ソードワールド2.0LARP』と書かれた、ボードゲームのような箱を取り出した。

 公式にちゃんとあるシステムらしい。


「つまり現実の建物を探索して謎を解いたり、スポーツチャンバラで戦闘するTRPG?」


「そういうことです。まあ、戦闘要員が足りないので大規模なシナリオはできないんですが……。あ、これが衣装です」

「コスプレするのか」

 剣道の防具を西洋風に改造したものを渡された。

「くさっ!?」

「コレが『面胴くさい』デスね!」

「字が違う」

 面と胴を洗うのは手間がかかるから面胴くさいという、よくあるネタだ。


「面が臭くて倒れるから面倒なのよ」


「あんびりーばぶる!」

「それもよくあるジョークですよ?」

 防具は使い古しらしく、離れていても鼻に来た。

 かなり臭う。

「武器は『エアーソフト剣』です」

 スポーツチャンバラ用の、空気を入れて使う柔らかい武器だ。

 短刀・小太刀・長剣・棒・槍など様々な種類がある。


「相手に当てれば1ダメージ。……といっても、あくまでスポーツではなくゲームなので安全重視です。武器を振りぬいてはいけません」


「スンドメ!」

「まったく当てないのも困ります。コツンと当てるぐらいにしてください」

「はーい」

 昔は寸止めの空手が多かった。

 アリスの得意分野なのだろう。

「パンチや投げ技などの格闘攻撃や、突きも禁止です。面や小手をしているので大丈夫でしょうが、LARPでは首から上や鼠蹊部、みぞおちなどの急所、手首から先や足首から先を狙ってもいけません」

「規制多いわね」


 防具をしているとはいえ、コスプレしながらチャンバラごっこをするわけだから、配慮をしてもしたりない。


 せいぜい怪我をしないように気を付けよう。

「ぬ、魔法戦士(マジックファイター)なのでエネルギーボルトが使えマスね」

「魔法?」

 たしかにキャラクターシートにはエネルギーボルトと書かれていた。

「このルールでどうやって魔法使うの?」


「魔法の発動体である杖や指輪などを振り、空中に文字を描いてください。エネルギーボルトを使いたい場合は漢字の『攻』です」


「指揮者みたい」

「ブラックマジックオーケストラ!」」

 ファンタジーっぽくなってきた。

「真語魔法なので『ヴェス・ヴァスト・ル・バン。スルセア・ヒーティス――ヴォルギア』と呪文を唱えないと魔法は発動しません。エネルギーボルトを宣言してからこのゴムボールを相手に投げれば、ダメージを与えられます」

「……発動条件厳しいな」

 文字を書かないといけない上に、呪文を暗記し、早口言葉のように素早く唱えないとボコられる。

 1対1では使いにくい。


「ただし『マルチアクション』を宣言すれば、詠唱などを無視して魔法を発動できます」


「マルチアクションつよい」

 マルチアクションは1ラウンドに近接攻撃と魔法を使える特技だから、LARPだと武器を振りながら魔法を使えるらしい。

 ……ただ手続きなしで使えるなら使えるで、なんとなく物足りなさを感じる。

 難しいところだ。


「今回は『ダグニア博物誌』のルールで遊びましょう。舞台は『バルナッドの闘技場』。PCは奴隷剣闘士になり、闘技場で名声点を稼いで自由の身になってください」


「さー、いえっさー!」

「……テストプレイできていないので適正かどうかわかりませんが、目標名声点は10に設定しました。最初に名声が10点になったプレイヤーにご褒美を出します」

「いえー!」

 おそらく一食奢ってくれるんだろう。

 負けても特にペナルティはないので気楽に遊べる。

「テカゲンしまセンよ?」

「上等だ」

 初戦は俺とアリス。

 これでも学校の選択科目では剣道を選んでいた。

 いくら相手が空手マスターといっても、ただでは負けない。


「剣闘士(グラディエーター)ファイト、レディゴー!」


 試合開始と同時にアリスは片手で右半身に構えた。

 剣道ではあまり見られない極端な姿勢。

「フェンシング?」

「いえす」

 半身で武器を前に突き出しているから、同時に攻撃すればアリスの剣が先に当たる。

 突きが禁止されているとはいえ、当てるだけでいいのならフェンシングが有利。

 だが策がないわけでもない。


タッ タッ タッ


 ボクシングのようにフットワークを刻みつつ、アリスの左へ回り込む。

 フェンシングのコートは縦18メートルだが、横は最大でも2メートル。

 このように回り込まれた経験はないだろう。

「むだデス」

「ぐ」

 動かざること山のごとし。

 アリスは俺を追いかけてこない。


 追いかけてくれればフェンシングの強みである前後の揺さぶりや踏み込みを殺せるものの、冷静に体の向きだけを変えていた。


 向きを変えるだけのアリスと違って、俺は常に動き回っている。

 攻めて来てくれないのなら体力の無駄だ。

 こうなっては仕方ない。

 リスクを承知で前に出た。

 その瞬間、


「カット!」


「ぐ!?」

 見透かしていたかのような出合い頭の一撃。

 もちろん1ダメージでは満足せず、目にも止まらぬ追撃が来た。

 このままだと滅多打ちにされかねない。

 ひとまず剣で牽制しつつ、

「エネルギーボルト!」


「スラッシュ!」


「げ!?」

 マルチアクションの魔法攻撃で動揺を誘おうとしたが、アリスはボールを避わそうともせず前に出た。

 自分の1ダメージよりも相手への2ダメージ。

 相手を揺さぶろうとして逆に揺さぶられ、完全に後手後手だ。

 とにかく手を出さないと始まらない。


「『全力攻撃』!」


「あうち!」

 苦し紛れの攻撃が奇跡的にヒット。

 ここから巻き返していきたい。

 しかし、


「今のは無効です」


「え」

「LARP版の全力攻撃は両手武器専用技ですので……。両手で攻撃してください」

「先に言ってくださいよ!」

「うっかりしてました」

 思わぬところで足元をすくわれる。

「全力攻撃!」

「しっと!」

 気を取り直して再び全力攻撃を当てた。


「今のも無効です」


「え、ちゃんと両手で当てたじゃないですか」

「攻撃が軽すぎますね。軽い素材なので両手武器も片手で振り回せてしまいますが、これはライブアクションロールプレイです。たとえ持っている武器が軽くても、重いものを振り回しているように演技してください」

「ええ!?」

「剣道と同じね」


 剣道では『面』『胴』『小手』と叫ばないと有効打突とは認められない。


 心技体がそろって初めて有効打突になる。

 LARPもそれと同じで、心(ロールプレイ)がなければ有効打にならないのだ。

 ただでさえ地力が違うのに、制限が多すぎる。


「びくとりー!」


「くそ!」

 結局挽回することもできないまま、気絶するまで殴られた。

 やはり実戦ではかなわない。


「えーと……。試合に勝つと名声点が1点増加、負けると2点減少? 現在値-2だから10はきついな」


「そこで『熱狂ゲージ』です」

「ぼるてーじ?」

「戦闘中に『熱狂ゲージ』を上げれば上げるほど名声点が追加されます」

「へー」

 熱狂ゲージがマイナスなら当然名声点もマイナス、ゲージを8以上にすれば名声が+5される。

 これは大きい。


「相手を倒せば熱狂+1、盾を使うと-1、HPを回復すると-1、積極的に行動しないと-1、降伏すると-3」


「……これ、プラスになるの?」

「一応、戦闘中に『自己顕示アピール』をすることもできますよ? たとえば『剣を振って踊る』『怪力を見せつける』『讃美歌を歌う』などのパフォーマンスを成功させればゲージが溜まります」

「ダイスロールできマスか?」

「もちろんできません」

「ですよね」

 サイコロを振って行為判定をすることはできない。

 自己顕示アピールをしたければ、実際に体を動かしてパフォーマンスするしかないのだ。


「盾を使ったり、HPを回復すると-1になることからわかるように、観客はスリルを求めています。たとえば鎧を装備せず、防護点0の状態で試合をすれば熱狂ゲージが2の状態でスタートできますよ?」


「1ヒットで2ダメージってこと?」

「裸ですから」

 サンプルキャラのHPは12。

 一発で2ダメージはやばい。


「『自傷アピール』をすることもできます。観客は血に飢えているので、試合中に自分で自分の体を傷つけて出血すれば熱狂ゲージが上がります」


「ハラキリ!」

「それなら3点ですね」

「つまりHPに3ダメージ?」


「LARPに自傷ルールを適用するならそうなりますね。とりあえず手を切れば1点、首を切れば2点、腹を切れば3点にしましょう」


 プロレスでいう『流血デスマッチ』のようなものだろう。

 悪趣味にもほどがある。

 『手を切る』『首を切る』『腹を切る』という言い回しも微妙に黒い。


「よし、切腹だ!」


「えきさいてぃんぐ!」

「HPが-3されましたが、熱狂ゲージも3上がりました」

「ついでに裸になります」

「言葉だけ聞くと頭おかしいわね」

 もちろん裸になるのはデータ上だけで、防具は脱がない。

 これで熱狂ゲージは5。

「ゲージが足りんな」


「では怪力で観客にアピールしてみましょう」


「岩でも持ち上げるの?」

「こんなこともあろうかと、パワーリストとパワーアンクルを用意しておきました!」

「……そう来たか」

 パワーリストは手首に、アンクルは足首につける重りだ。


 おもに手足を鍛えるためにつけるものだが、たしかにこれなら怪力を見せつけつつ、戦闘力が5ぐらいしかない瑞穂へのハンデにもなる。


「とりあえず2キロにしてみましょう」

 つまり両手両足で8キロ。

 防具も含めれば10キロを超えるだろう。

 かなりきつい。

「ふふふ、長期戦に持ち込めばこっちのものよ!」


「ちなみに観客は飽きっぽいので、試合開始から7ラウンドが経過すると1ラウンドごとに熱狂ゲージがマイナスされていきます」


「ええ!?」

 1ラウンド10秒だから、試合開始から70秒経過すると10秒ごとにゲージが減っていくらしい。

 重りつきだと長期戦は無理だから助かる。

 瑞穂も長期戦は諦めたのか、

「てやー!」

 気の抜けた一撃を放ってきた。

 へっぽこでも1ヒット2ダメージなので、間違っても当らないように軽くあしらい、


ブンッ


「ひゃん!?」

 当たらない位置で全力で剣を振りおろす。

 これで腰が引けた。

 あとは殴るだけの簡単なお仕事。

 しかし初戦の-2があるので、連勝しても10点には届かない。

「ヒテンミツルギスタイル!」

「ぎゃー!?」


 なおアリスは容赦なく瑞穂をボコボコにし、次戦に勝てばほぼ確実に名声点が10になるだろう。


 次は是が非でも勝たねばならない。

「総当たりが終わったので、ここで一旦ポーションで休憩を取りましょう」

「ポーション?」


「ハイビスカスティーです。ペットボトルに詰めて、戦闘中に飲めばHPが回復します。レモンのはちみつ漬けもあありますよ?」


「部活の定番メニューだな」

 ただなぜか輪切りではなく、レモンを丸ごとはちみつ漬けにしていた。

 ……さすがにこんな豪快なものは見たことがない。

 皮ごと丸かじりにする。

 はちみつの甘みに、レモンの酸味と、ほのかな皮の苦み。

 ハイビスカスティーとの相性もいい。

 レモンティーにしてもいけるだろう。

「ごぞーろっぷにシミわたりマス」


 オリンピックを二連覇した裸足のマラソンランナーが愛飲していたこともあって、ハイビスカスティーは疲れた体に染み渡った。


 もちろんレモンのはちみつ漬けも疲労回復に定評がある。

 本当の意味で疲労が回復するにはもっと時間がかかるのだろうが、美味さの影響なのか口にした瞬間に疲労が吹き飛んだように感じる不思議。

 これならまだ戦える。

 残りのハイビスカスティーはペットボトルに詰め、ポーションとして戦闘中でも飲めるようにした。

「……自傷で3点稼げるとしても、裸になると1ヒット2ダメージだからリスクがでかすぎる。別の場所でゲージ稼ぐ必要があるな」

「『魔方陣戦』をやりますか?」

「なにそれ」


「魔方陣が派手に爆発してダメージを受けますが、熱狂ゲージが1上がります。今回は踏んだら発動することにしましょう」


 魔方陣の描かれたマットが何枚か敷かれた。

 マットを準備していたことからして、最初からやるつもりだったらしい。

「……地雷原でタップダンスってやつね」

 だがこれで熱狂ゲージを上げられる。

 ダメージを受けてしまうものの、1ヒット2ダメージよりはマシだろう。

 そして腹を切って+3。

 後はなんとかして自己顕示アピールを成功させ、熱狂ゲージを8以上にすればいい。

「行くぞ、『ヴェス・ヴァスト・ル・バン。スルセア・ヒーティス――ヴォルギア』」

 剣を魔法の発動体にして、『攻』の文字を空中に描く。

 自己顕示アピールの1つ『剣舞』だ。


「エネルギーボルト!」


 これで熱狂ゲージ+1。

「ひらり」

 ……あっさりボールを避わされたが、ゲージを稼ぐのが目的なので問題はない。

 続いて、


「あめーじーんぐ・らーいふぉーす♪」


「……なんデスか、その呪歌は」

「うるさい」

 適当にライフォスの讃美歌を歌って+1。

 あとは魔方陣を踏み、この戦いに勝利するだけ。

 イケる。


「二刀流だ!」


「ダブルソード!?」

 一刀よりも二刀。

 二刀流は刀が一本多い分、防御に優れている。


 現代剣道で二刀流が廃れたのも、その防御力の高さをいかして『時間切れの引き分け狙い』が多発したからだという。


「きえー!」

 アリスが怪鳥(けちょう)のような叫びを上げて攻め込んできた。

 冷静に数の利を活かして攻撃をさばく。

 ただ反撃に転じるのが難しい。

 二刀を攻守別々に動かそうにも、初級者がうかつに手を出すと守備のバランスが崩れてしまう。

 ここは相手に致命的な隙が生じるまで待つべきなのだが……。


 70秒が経過してしまうと熱狂ゲージが1ずつ下がっていくので短期決戦しかない。


 防御戦法の二刀流で、こちらから攻める必要がある。

 だが我に秘策あり。

「これでどうだ!」

「ぬ、スイングできまセン」

 アリスの剣に、こちらの剣をピタッと張り付かせる。


 『続飯(そくい)付け』だ。


 単純にツバ迫り合いといってもいい。

 押さば引き、引かば押す。

 米粒の張り付いた本のページがくっ付いて離れないように、俺の剣はアリスの剣に張り付いて動きを封じていた。

 さすがにこんな体勢でせり合ったことはあるまい。


「ボディがガラ空きだぞ」


「しっと!」

 続飯付けから逃れようとしてくれれば、その間に残る一刀でチクチク突き放題。

 これぞ二刀流&続飯付けのコンビネーション。

 だがこれは剣道ではなくLARPだ。

「えすけーぷ!」

「くそ!」

 一本勝ちは存在せず、HPがある限り相手は死なない。

 HPを犠牲にすれば強引に距離を取ることができる。

 一気に決められなかったのが痛い。


「ミュートスタイルでいきマス」


「ミュート?」

 何をするつもりだろうか。

 試しにアリスの剣へ張り付きにいってみると、


スカッ


「あ」

 見事に空振り。

 やはり警戒されている。

 パターンはバレているので、簡単には張り付かせてもらえない。

 しかも、


「エネルギーボルト!」


「うお!?」

 マルチアクションで魔法を発動してきた。

 攻め入る隙がない。

 左手で防御をかためつつ、何とか張り付こうと右手を伸ばす。


スカッ

スカッ

スカッ

スカッ


 もはや警戒というレベルではない。

「げ、まさかミュートスタイルって『音なしの構え』か!?」

「いぐざくとりー!」

 幕末の剣豪・高柳又四郎のスタイルだ。

 自分の刀にまったく触らせず、音もなく相手を倒す。

 アリスの剣はまるで蛇のようにクネクネ動き、軌道が読めない。

 無理に張り付けにいくと一発もらうだろう。

 これはまずい。

 二刀流は防御向けの戦法。


 続飯付けとのコンビネーションも剣を張り付かせることができなければ使えない。


 だからといって自分から仕掛けると実力勝負になり、手痛い反撃を食らう。

 八方ふさがりだ。

 そしてとうとう、


ガサッ


「あ」

 マットを踏んでしまう。

 いや、アリスに踏まされたのだ。

 驚いて本能的に下を向いてしまった瞬間、


「フルパワーアタック!」


 魔方陣発動&全力攻撃。

 これは避わせない。

 TRPG的には、爆発した瞬間に両手で思いっきり斬られたことになるのだろう。

 音もなく静かな中盤から、ど派手な大爆発のクライマックス。

 期せずしてメリハリがついた。

 観客の盛り上がる姿が目に浮かぶ。

「もう少しで熱狂ゲージがMAXですね」


「ハラキリ! ゲイシャ!」


 女剣闘士は興奮(ボルテージ)のあまり腹を切り、血まみれになりながら魔方陣の上で踊った。


 ……奴隷は自由のために戦っているはずなのだが、果たしてこれ以上に自由な場所があるのだろうか。

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ご注文はソードワールドですか? 東方不敗 @m_higashikata

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