第4話 事故
ホテルの出入口の階段を降りたジェイニーは、駐車場へと向かった。
先程のジェイニーの傷を受けた車が停まっていた。
彼はその車の傷を見た途端、また言いようのない腹正しさが襲ったがとりあえず、自動車工場を見つけることにした。
苛立ちを抑えながらも、ジェイニーは車に乗り込みキーを差し込んで、エンジンをかけた。
『ブオンブオン!』と騒音にも似た音が町中を木霊し、風を入れようと彼が窓を開けると・・・
先程のホームレスの男の子が一人ポツンと立ち、ジェイニーを見ていた。
そして、ぺコンとお辞儀をすると彼にある物を渡して、ニコリと笑った。
それは、小さな紙袋に入っていた。
怪訝そうな顔をしながらジェイニーが紙袋を開けると、中には紙包みに包まっていた小さなハンバーガーが1つ入っていた。
「俺に・・・くれるのか?」
ジェイニーが男の子に聞くと、彼はまたニコッと白い歯を出して笑い、そのまま町中へ駆けていった。
彼は、男の子の後ろ姿を暫く見つめた後、袋の中に入っているハンバーガーを繁々と見つめた。
それから、袋からハンバーガーを取り出し包みを開ける。
美味しそうなソースの香りが、ジェイニーの鼻をかすめた。
何故、あいつは俺にこんな物をくれたんだ?
さっき、ポルシェを傷つけたお詫びのつもりか?
そう思いながら、パクっとハンバーガを一口、口に入れた。
ジューシーな肉汁と少し硬い香ばしいパンの味が口の中を駆け回ると、彼は初めて自分が空腹だったのだということに気付いた。
「まあ、いいや。そんなことどうでも、丁度お腹も空いていたしな。」
一言そう呟くと、ジェイニーは車のギアを下げ、ポルシェを町中へと走らせた。
昼過ぎだというのに、この町は車も人通りも少ない。
時々、一台か二台程度、彼の横を対向車がすり抜けていくだけであった。
そのゴーストタウンにも似た町中をジェイニーはゆっくりと車を走らせていく。
車の製造工場だったと思われる建物は、ほとんどガラスが割られ、今では人っ子一人働いていないありようを見せていた。
一つ一つの工場が見える度、どの会社のものなのかも分からない程、看板は荒らされ、その場に置いてある白い車達も、雨ざらしに耐えられなかったのか、無残なボディを晒している。
近くに建てられているドラッグストアも、シャッターがピッタリと閉ざされていて、とても繁盛しているように見えなかった。
恐らく、そこにはこの付近の従業員が憩いの場所として来ていたのだろう。
白いテーブルやベンチが散乱していた。
暫く行くと、誰かがジェイニーのことを見ている。
ホームレスだ、道の通りだというのに、彼らは毛布や段ボールなどを敷いて、悲しそうにうずくまっていた。そこには女性、子供、働き口を無くした男達がひしめき合って座っている。
汚い服を着、何日間も風呂に入っていないのか、彼らは顔も体も真っ黒だった。
中には、ジェイニーの方を鋭い目つきで舐めるように見つめる者もいて、彼は一瞬寒気が走った。
ここに、いつまでもいてはいけない。
脳裏に警報を感じたジェイニーは、車の速度を早くする。
途端に景色は早く動き始めホームレスの姿は、あっという間に視界から消えた。
それからジェイニーは何とか車を走らせ、デトロイトの繁華街に出た。
やっと、文化を感じる街並みを見たジェイニーは、安堵したように溜息をつく。
さて、自動車工場は・・・
と、ジェイニーが辺りをキョロキョロし始めた。
その時!
『ガシャーン!!』
「うわあっ!!」
驚いて車を停めるジェイニー、だが、もう遅く車の窓ガラスは粉々に割れていた。
彼のポルシェは木の葉のようにグルグルと道路を回ったかと思うと、ガードレールに激突する!
『グワッシャーン!!』
ぶつかった拍子に、衝撃防止用のクッションが運転席から飛び出す。
ジェイニーは、突然のことに暫くジッと身を屈めていた。
車のシュウシュウする音、窓ガラスが割れたときの、ただ事ではない衝撃音で彼は、何かとてつもないことが起きたのだと思った。
そして、ゆっくりクッションを押し分けて、車のドアを開けた。
かなり頭に重さを感じた。
「イテー・・・な、何なんだよ・・・一体・・・。」頭を押さえながら、やっとの思いで起き上がるジェイニー。
先程の頭痛に加えた頭の怪我は、かなり痛かった。
怪我を手で押さえていた彼の手に、何かヌルっとした感触が伝わる。
パッと手を離してみると、赤い血がべっとりと付いていた。
その瞬間、彼は大きな事故を起こしたことを悟った。
彼の頭の傷は中側からパックリと割れており、かなりの重傷だった。
赤いポルシェは、エンジン部から煙が噴き出し、シュウシュウと音を立てていた。
フロントもサイドもガラスというガラスは、みな粉々に割れており先程ジェイニーが、ホームレスの子供にやられたひっかき傷の後も、ガードレールにぶつかったおかげで、もう気にすることもない程、無残に潰れていた。
普段のジェイニーなら、その光景を見て「OH!MY GOD!!」とでも叫んで、八つ当たりでもしかねないところだが、今のジェイニーにはその気力もなかった。
ただ、弱弱しく歩いて、どこかに掴まれる場所を探すのが精一杯だった。
すると、霞んだ光景の中に、白いオープンカーを見つけた。
その車も事故に巻き込まれたのか、道の真ん中にシュウシュウ音を立てて停まっている。
ジェイニーは、その白い車へと、最後の気力を振り絞ってゆっくりと歩みを進めた。
そして、やっとドアにたどり着くと、ハアーっと一呼吸おいてから、おもむろに中を覗き込んだ。
中には、一人若い男が乗っていた。
白い肌に茶色の髪。
まつ毛が長く、端正な横顔、美しい男性だった。
しかし、唇だけは乾燥し額には汗が滲んでいる。
その様子からこの町が、この上もなく温度が高いのが伺える。
どうやら、気を失っているだけのようだ。
赤いチェックのTシャツには、乱れはなく、また怪我もなかった。
髪に巻いてある同じ模様のバンダナからも、血は流れている様子はなかった。
恐らく、ぶつかった拍子に飛ばされたので、さほど怪我はなかったのだろう・・・
薄れゆく遠い意識の中で、ジェイニーは思った。
それから、やっとの思いで、車のカギを引きドアを開けると、気を失っている男を揺り動かす。
「おいっ!・・・あんたっ!しっかりしろ・・・!」
気力を振り絞って、揺り動かすが、動く気配がない。
意識が続く限り、ジェイニーは男を何度も何度も揺り動かした・・・
が、男は目覚めず彼はついに力尽きた。
そんなジェイニーに、野次馬が集まってくる。
しかし、この事故を面白そうに見物しているだけだ。
その野次馬を見ながら、俺このまま、死んでしまうのかなあと、思ったその時だった!
一つの手が、ジェイニーの手を、ガシッと!掴んだ。
「おいっ!大丈夫か!しっかりするんだっ!!」
揺らめくジェイニーの意識の中で、その人は、確かにそう叫んだように聞こえた。
ジェイニーは、フウ・・・っと呼吸を吐くと、ゆっくり笑みを浮かべ車のシートで気を失っている、男を指さした。
そして、ゆっくり小声で
「彼は大丈夫だ・・・早く・・・手当を・・・。」
そう言って、意識を失った。
それが、ジェイニーと、ブレッドとの運命的な出会いだった。
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