125.はなす違い

村長の家を飛び出た俺は固い壁にぶつかった。

鼻を抑えながら前を見る。

何かがムキムキと動いていた。そう、それは開けた服から覗くごつい胸筋。

俺の前には二メートルを超える屈強な大男が立っていた。

顔の輪郭をなぞる様に髭を生やした大男は、野性味溢れる顔で俺を見下ろす。

こんな大男はこの村にはいなかったはずだ。


「これはガルガラ殿。ちょうど良い所に来られた。そいつをこの村から追い出してくれないだろうか」


ガルガラと呼ばれた男は俺を挟み、家から出て来たルアファに顔を向ける。


「ああ、こいつがこの村の不穏分子ってやつか」


ごつい体に似合わないしなやか動きでガルガラは俺の首根っこを掴むと、俺の耳元で囁く。


「抗えば捻る」


手から伝わってくる力強さに俺は猫のようにおとなしく捕まった。

ガルガラは俺を弄ぶように足が付くかつかないかの位置で俺をぶら下げる。

そのまま俺は村の中をぶらぶらと揺られていった。

何も言えない村人の中、晒し者のように掲げられても俺に成す術はなかった。

何か動きを見せれば俺の首は軽く捻られるのだろう。

それだけの力があると感じさせるほどの凄味を感じていた。

威嚇している訳ではないのにこの力。

この世界では人も鍛えればこれほどの力を使えるものなのか。

元からの力に加え力を増強する装備品でもしていれば、このように人をぶら下げる事も可能か。

しかし開けた服から見える場所にそういった装備品をしている様には見えない。

ガルガラに睨まれ慌てて俺は目を背ける。

背けた先ではモフモフたちが見知らぬ二人の男と戦っていた。

手足の長い二人の男も見知った顔ではない。

おそらくガルガラの仲間なのだろう。

モフモフも捕まえて村から追い出す気なのだ。

モフモフも苦い表情を作り応戦しているが、捕まるのは時間の問題だろう。

鞭のようにしなる腕がモフモフの一つを捕まえ、二つ目に手を伸ばす。

矢張りこの男たちは人間離れしている。

無理に張り合わず、大人しく従っていた方がよさそうだ。

ここで争っても村に迷惑をかけるだけだしな。

しかし、この男たちは何なのだろう。


「獣と人が交わった獣人です」


不意に現れたナビが得意げに言い放つ。

だから人間離れした動きや力を持っているという事か。

獣人と言えばもっと獣っぽいイメージだったが、見た目は人と区別がつかない。


「人間の血が濃いのでしょう」


血の割合で見た目が変わるのならば、俺のイメージと合った獣人もいることになる。

そういう獣人も見てみたいものだ。


「ここで抗えぬ者が見るには過ぎた夢。叶えるために、ここで力を使うべきではないのですか。与えられた力を」


珍しく凛々しい顔付でナビが俺に短い指を差してくる。

ここまで言うからには俺にその力があるという事か。

不意を突きこの男から逃れ距離を取れば、魔法で何とかなるのかもしれない。

ガルガラの力が強かろうが、身体強化を纏えば首を折られることなく抜け出せるか。


「身体強化を使ったところで、あなた程度の力では抜け出す事も出来ずに首を捻られて終わりでしょう。このような簡単な物事。このナビに語らせずとも分かる事」


焚きつけてやる気にさせてから粉々に砕く。

どうなってんだこのナビゲーションは。

俺を死へ導くことしかしないではないか。

危なくナビの誘導に引っ掛かるところだった。

ここは大人しくしているのが一番良い策なのだろう。

村の外で生き抜くすべは狩人として教えてもらっている。

この村で過ごした時間は俺を村の外で生きていける冒険者としての力を養える時間だった。

何も心配することはない。

俺だって成長しているのだ。


決心を固めたところで腰に何かが巻き付いた。

クメギが腰に腕を回し俺を引き剥がそうとしているのだ。


「いでででで!」


首と腰を掴まれ左右へ引かれあう力に俺の体は悲鳴を上げる。もちろん俺も悲鳴を上げる。


「ムクロジを放せ!」

「何だこの小娘は、邪魔だ」


ガルガラがクメギを掴み引き剥がそうと力を込める。

その力が俺の体を引き延ばす。


「いででで! 放せ!」


俺は痛みに涙を浮かべながら必死に懇願する。


「痛がっているだろ! ムクロジを放せと言っているんだ」

「お前が放せば済むことだろうが」


縦にぶら下がっていた俺の体が、引き離そうとするガルガラによって横を向こうとしていた。


「はなし……はなしてくで!」


首が閉まって声を出すのも辛い。


「このような状況で何を話すというのですか。それほど重要なことをこの私から伝え聞きたいというのですね」


ナビ、頼むからどっか行ってろ。


苦しすぎて気が遠くなる。

意識を失いかける直前に急に俺を引く力が緩まり、俺は激しく咳き込んだ。

ガルガラがクメギを放したのだ。

その巨大な手はクメギの首に吸い付くように動くと、握力だけでクメギを絞め落とす。

ガルガラは力なく崩れ落ちるクメギを見守っていた村人へと放り投げた。

数人がかりで受け止めた村人がクメギの安否を確かめる。


「気絶しているだけだ」


村人にそれだけを言うと、ガルガラは俺をずり下げながら歩きだす。


「暴れるんじゃねえぞ。お前は落とすだけじゃ済まねえからな」


俺も被害者なんですけど。

そんな思いも伝えれず、俺は大人しく村から追い出された。

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