113.駆け引き

地面に崩れ落ちた俺の前に何かが落ちてきた。

それは俺の目の前で勢いよく飛び跳ねる。

先ほどまで雨のように降り注いでいた魚だ。

射水蛇しゃすいじゃはモフモフと同じように、魚で俺を誘い込むつもりなのか。


「こんなもので、俺が誘われると思ったか!」


俺はその魚を掴むと、力を込めて射水蛇へ投げつけた。

射水蛇は水に潜り投げつけた魚を躱すと、何事もなかったかのように同じ所へ顔を出す。

生き物を粗末にしてはいけないというが、キャッチ&リリースと考えれば生き物に優しい。

それに、粗末にしているのは相手の方なのだ。

再び水面から何かが飛び出し、俺の前に落ちる。

今度は、体をくねらせた細長い生き物だ。

こいつは毒があるかもしれないから迂闊に触れない。

口を開けてないから分からないが、ウツボのように鋭い歯があるかもしれない。

あるいは、鰭に毒を持っている可能性もある。

間違っているかもしれないが、間接的に触ることが望ましい。

しかし、俺は何も道具を持っていないから困った。

何か道具になるものはないかと、周りを見渡す。

あるではないか良いものが。

俺はそれを無造作に掴むと、細長い生き物に突き付けた。

うねうねしているが、このまま突いて川に落とそう。


「何で私がこんな目に合わなければならないのですか」

「大丈夫だ。お前なら問題ない」

「問題しかありません。私はナビゲーターなのですよ」

「それならこの生き物を導いてやってくれ」

「私はあなたのナビゲーターなのです。あなたの!」

「ああ、今まではな」

「これからもです! ああ、なんか痺れてきましたよ」

「そうか、違うところを突くか」

「まずは突くのをやめて話し合いましょう」

「今は呑気に話している場合じゃないだろ! 大丈夫だ、お前は死なないから」

「死ぬかもしれないでしょ!」

「そんな仮定の話をしている場合じゃないだろ!」

「何で私が怒られているんですか。立場が逆でしょうが! ちょっと口を押すのは止めてください。噛まれる。噛まれました。噛まれてますって!」

「お前に害はないんだ。気のせいだと思えば済む話だろ」

「足を飲み込まれようとしているのに気のせいだと思えないです」

「大丈夫だ。もうすぐで落ちるから」

「大丈夫かどうかはあなたが決める事じゃないでしょ! ちょっと、飲み込まれてってます。押さないで!」

「わかった。手を離すよ」

「手を離すのは、もっと駄目……」


ナビは長い生き物に引き摺られる様に川へ落ちていった。

これで直に触れずに解決だ。

問題はもう一度同じ生き物を投げられても、替えのナビがいない事。

さあ射水蛇よ、次はどう出る。

俺と射水蛇の睨み合いが続いた。

この戦いは相手の土俵に立った方の負けなのだ。

水に引き込まれれば、真面に立つ事すら出来ないだろう。

そう考えると水から引き上げれば俺の勝ちとなる。

しかし、どうやって水から引き上げればいいのか。

言葉巧みに誘い込もうにも、言葉が通じないのでは意味がない。

力技で解決できるほどの怪力もない。

それは相手も同じなのか。

顔が俺より小さいという事は、体が俺より大きいとは考えにくい。

上手く体を掴めば、引っ張り上げれるか。

こんな足場の悪い所では、持ち上げるより引き下ろす方が有利か。

こんな賭けに出ること自体、相手の有利に繋がるだろう。


思案する俺の前で、水面の流れが変わる。

流れの変化は、水面から浮かび上がろうとする黒い何かが原因だろう。

黒い影は川の流れを横切るように岸へと動いていく。

そのまま川から這い出てくるかのような動きだ。

これは俺の考えが誤っていたのだろうか。

射水蛇は顔に似合わず、巨大で水の中以外でも動けるのか。

顔は相変わらず同じ位置でこちらを見ているから、別の何かか。

見落としていた。相手が一匹とは限らないではないか。

仲間がいたとしたら、俺は一気に不利な状況に立たされたことになる。

放られた魚もただの時間稼ぎで、仲間を待っていたのかもしれない。

その仲間が今、水から出て来ようとしているのだ。

俺はじりじりと後退した。

仲間が出て来ようとしているのは川の南側。

俺は反対側の北側にいる。

逃げるならば南側だと相手は気付いているのか。

水の中からごつい腕が延びると岸の土を掴む。

そして、土の中に手が埋まると一気に地上へと躍り出た。

腕の力だけで、水中から飛び出したのだ。

あっけに取られている俺の前で、そいつは高々と巨大な魚を掲げてみせた。


「でっかいの取れた」


満面の笑みを浮かべる一つになったモフモフ。


「なかなか上がってこないと思ったら魚取ってたのかよ!」


俺の言葉を無視して、モフモフは満足げな笑みを称えたまま村へと帰っていく。


「一仕事終えたから帰ろうみたいな雰囲気だしてんじゃねえよ! 魚取りに来たんじゃねえだろ!」


俺の言葉はモフモフの背中に跳ね返される。

山の主のように堂々とした足取りで、森を下っていくモフモフ。

それを水面から見送る射水蛇に俺は言ってやった。


「今日は、このくらいで勘弁してやらあ!」

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