103.振り返りからの気付き
服の上からでも分かるほど、左腕を緑と黒い斑点が毒突く。
俺を包む風の鎧を侵食せんと、痛みを差し込んでくる。
身体強化の綻びは、俺が力を籠めようとも無くなりはしなかった。
床に額を付き、抗うように左腕に力を込める。
それでは駄目だと声が聞こえてくる。
「魔法の使い方は、既に教えたはずです」
冷えた感触を伝える床を見ながら、俺はナビの姿を見ていた。
森の中、ナビに魔法を教わる俺の姿を見ていた。
抵抗するように力を込めていようが関係ない。
必要なのは、イメージ。魔法は想像の力なのだ。
痛みが俺の腕を蝕んでいく中、俺の口から洩れたのは己に対する冷笑。
何時から俺は人を助けるほど強くなった。
強くなったと勘違いした。
今の状況を見ろ。俺は自分の身すら守れていない。
何時から俺は魔法を使いこなせていると勘違いした。
今の状況を感じろ。俺は自分の痛みすら振り払えない。
この状態を招いたのは俺の驕りだ。
「……俺は頭が悪いからよ。やっと……魔法の使い方を知れたぜ」
痛みに歯を軋ませながらグリュイを睨む。
苦痛で歪んだ笑みをみせ、俺は立ち上がった。
「感謝するぜ、グリュイ」
呆然と見上げるグリュイの前で、鎧に空いた穴が塞がっていく。
それは病原菌のような斑点さえも消し、痛みを和らげる。
痛々しい成りとアンバランスなほど、俺の身体強化は完全に俺を包み込んでいた。
「身体強化で身を包めて安心したの? でも、それを何時まで維持できるのかな。状況は何も変わっていないんだよ。力を緩めれば何処かが欠ける。痛みを知ったお兄ちゃんが、またあの痛みに耐えれる訳がない」
全身黒尽くめのグリュイに緑が浮かび、混ざり合っていく。
左腕に巣食っていた病原菌。
それはグリュイ自体だったのだ。
仮面が落ち、中から現れたのは細く長い爪が無数に蠢く奇妙な物体。
その爪が体を流れ落ち、さざ波のように顔であった所から新たな爪が出来上がる。
人の形を装っていようと、それは人ではなかった。
「僕の形を見て目を逸らしたくなったかな。僕が人に対し友好的であったとしても、人は僕を受け入れたかな。お兄ちゃんは、僕を……」
信じられない光景だった。
グリュイがこれほど得体の知れないものだったとは、信じたくなかった。
しかし、目の前のそれはグリュイの声を発し、俺をお兄ちゃんと呼ぶ。
「まさか、お前がこれ程とはな。人ではないと思っていたが、この姿は予想以上だ。俺はどう反応すればいい」
俺は目を逸らせずに、爪の流れを目で追っていた。
子供のようにお道化ていた中身は、可愛さの欠片もない流動的な物体なのだ。
「すでに顔に恐怖が張り付いている。お兄ちゃんは拒絶したがっているんだ。捕食者としての僕の存在をね。諦めて僕に喰われなよ」
アメーバーが獲物を捕らえるが如く、グリュイは広がり俺を包み込む。
だが、グリュイが俺の身体強化を破る事は出来ない。
身体強化の維持で魔力の消費はないからだ。
この世界の魔法使いがどのような原理で魔法を使えるのかは分からない。
だが、俺が異質であると初めに気付くべきだった。
他の魔法使いが俺と同じように画面が現れ、魔法を習得していく訳がない。
俺と同じようにポイントを集めている筈がない。
維持しているだけで消費しない魔法などありはしない。
「それは盲点でしたね。今から消費するように調整しますか」
何処かにいるナビが言う。
俺は即座に考えを改める。
維持しているだけで消費しない魔法など、俺以外にありはしない。
「どちらにしても、何時までもこのままでいれば同じ事です」
ナビは俺が考えを改めたのに、気にした様子もない。
どうなろうとも、結果は同じになると言いたいのか。
そうではない。何時までも捕まっていれば同じになる。
体調が崩れれば身体強化の維持などできないと言っているのだ。
俺は飲まず食わずで生きていられるほどタフではない。
俺はグリュイが食事をする所を見たことがないし、何を食っているのかも分からないが、こういう戦術を選んだって事は俺以上にタフであると見た方がいい。
どうすべきかは、分かっている。攻撃だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます