91.話し合い
クメギの話にルアファが口を挟まないのを不審に思う者もいたが、それを問いただすことは誰もしなかった。
それを問えばどうなるか皆分かっているのだが、なぜなのかが分からない。
微妙な空気の中、話し合いは行われていく。
クメギに関しては、様子を見るという事で話はまとまった。
ルアファは一貫して焚火を見ながら話を聞くのみだった。
もう一人の重傷者は返答もしっかりしているため、落ちた時の怪我が治りさえすれば元の生活に戻ることができるという。
それまでは作業者が一人減ることになるが、一時的にしろ食料の確保は出来ている。
他の者で作業を賄えるだろう。
南側の修復も早急にやらなければならない課題だ。
南に転がる
「ルアファも何かあるかね」
村長の言葉に空気が変わる。
皆の視線を逸らすように焚火に薪を投げ入れたルアファは、一つ咳をすると口を開く。
「村にとってもう一つ重要な話があるだろう」
「なんだね?」
村長は落ち着いた表情でルアファを窺う。
「黒い魔物の存在を忘れたのか?」
「忘れてはいないが、あの魔物はもう村を襲う脅威ではないだろう」
「なぜそう断定できる! 黒い魔物は家を踏み潰し村を破壊しようとしたのだぞ。しかも、密かに村に入り込んでいた奴の企みでな」
「彼の使い魔として村を助けてくれたのだ。入り込んだのではないぞ。忽然と現れたのだ」
村長は俺の味方のように思えるが、どうも見当違いな事を言って誤解を生みそうだ。
「誤解があるようなので説明させてもらいます」
俺は二人の間に割って入った。
「モフモフは使い魔として村の発展のために頑張ってもらっていますが、元々はこの地に命かながら逃れて来た魔物です。食料を求めこの村を襲った事実は消えません。しかし、モフモフと話し合い約束を交わしたのです。モフモフは村のために力を使うと言ってくれました。そして、今日も命を懸けて村のためにボス猿と戦ってくれた」
「そんなもの我らの心象を良くしようと目論んだ結果にすぎん」
この村に対して何を企むというのだ。
心象を良くしたところで何になる。
立ち上がりかけた俺をグリュイが止める。
「お兄ちゃん、熱くなっても解決しないよ。それに……」
グリュイは言いかけた言葉を飲み込み、指でバツを描く。
中途半端に止めやがって、と俺は口を歪め座り直した。
グリュイはルアファと取引をしているから、他の厄介ごとを増やしてほしくないのだろう。
だが、冷静な話し合いをしろというのは納得できる。
俺は大きく息を吐きだし、呼吸を整える。
薪が燃える音が鳴り響く中、俺はルアファに問いかけた。
「この村に取りいらなくてもモフモフなら十分にやっていける体力も周辺の地理もあります。強がって他人の発案を撥ねつけるだけで、何も変わろうとしないあなたに何が解るんですか。敵だと断定すれば、もう味方にはなれないんですか」
「黒い魔物が一匹で生きていけるなら、この村から出ていけば良いではないか。この村のために魔物を受け入れろだと、外で徘徊している魔物とどこが違うというのだ。立派な塀を作り上げたと言いつつ、我らを摂取する檻を作っていたのではないのか。変わるためならば、全てを受け入れろだと? 見境なしに受け入れてどうなるかなど見なくても言い当てられる。崩壊だ。奴は結局、村を潰す存在なのだ」
俺が言い返そうとする前に村長が静かに口を開く。
「彼の力ならこの村を潰すことも容易いだろう。魔物をも操れるなら猶更だ。だが、彼はそれをしないと断言できる。この村は彼にとって脅威ではないからだ。この村の力を得なくても生きていける強さがある。我らの村は潰すに値しない程、小さいのだよ。それでもなぜか気にかけてくれている。たまたま巡り合っただけの存在でしかないのに」
「それは……」
違うと言いたかった。俺もまた村に助けられたのだと。
それを制すように村長が片手を上げる。
「過去の過ちの上に今の我らがある。それでも生き残ってこれたのは運があったからか? 違う。我らの力で生き残ってきたのだ。過ちを乗り越えてきたのだ。小さい我らなりに生きる道はある。我らが求めているのは制御できないほどの力ではない。村の未来を切り開くべき道だ。我らがやるべき事は、振り返る事でも立ち止まる事でもない。前に歩く事だ」
良いこと言っただろ、という自信に満ちた顔で村長はみんなの顔を見渡した。
過去に捕らわれず、未来に目を向けろという事か。
危なっかしい時もあるがさすが村長だ。
皆も納得した様に頷いている。
「大変です!」
声と共に外から村長の家に村の男が飛び込んできた。
男は何事かと驚くみんなの前でこう告げる。
「村の南で黒い魔物が暴れています!」
「黒い魔物だと!」
「モフモフが?」
村のために今日まで色々とやってきたとモフモフを称えたのに、なぜ暴れているのか。
俺は村長の家を飛び出し南の塀へと急いだ。
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