81.便利は良いこと?悪いこと?

別れ際にグリュイはステージを作ると言っていた。

それは俺に言う前から始まっていたのだ。


「グリュイ、何が目的だ?」

「僕は村の人達とお兄ちゃんが仲良くなってくれればそれでいいんだよ。その流れを作るように僕は協力するし、余計な流れは排除する」

「それでムクロジに二人を襲わせたのか」

「他に止めれる人がいなかったからね」

「何か違う方法があっただろ。お前のせいでシュロさんは無残な姿に!」


俺はシュロさんへと顔を向ける。

クメギの肩を借りてだが、シュロさんはすでに立っていた。


「服はボロボロだけど、傷は深くないよ」

「あんなに遠くにいるのに、ここから分かる訳ないだろ」

「傷が深ければ、もっと服が血で濡れているよ。それにもう立てているのならまだ動けるという事」


グリュイはただ単に、塀上での口論を止める為にムクロジを嗾けたのではなかった。

ルアファに恐怖心を植え付け、予測外の行動を防止。

恐怖で暴走することは読めなかったのか、単に前線に出てこなければ良かったのか。

グリュイの性格からして後者だろう。

これを見た他の村人も状況によって敵にも見方にもなる、とムクロジの対応を改めざるを得なくなる。

グリュイはシュロがムクロジを引き付ける事も計算に入れていた。

狩人のトップとして村を助けるためには、それが一番であると他の誰よりもシュロさんが感じていただろう。

数年ぶりに兄弟で戦い、力量を知る。

そして、蘇った屍がどう戦うのかをシュロさんは思い知ることになる。


屍になり痛みというストッパーが外れようと、ムクロジが無制限に強くなれる訳ではない。

痛みに関係なく関節の可動範囲をいうのは限られているのだ。

しかし、力に対して力で対抗すれば痛みを感じるシュロさんの方が不利になる。

では、シュロさんはどう戦えば良いのか。

全力で避ける事、それがシュロさんの取った行動。

ムクロジを引き付け、避ける事に全神経を注ぐ。

その結果、服を切り裂かれながらも重傷を負うことなく今に至る。

問題があったとすれば持久力か。

屍は疲れを感じない。動けなくなる時は壊れた時だ。

シュロさんが地面に座り込んでいたのは、極限の状態で動き続けていた事で、スタミナを消費したのだろう。


現状から言えば、グリュイの説明は筋が通っているように見える。

そういう流れを読んでいるのなら、グリュイの思う流れに進んでいるのか。

だが、それは……


「僕はね、先に種を植えるんだ。お兄ちゃんみたいに様子を窺っている間に戦況は不利になってるかもしれないよ」

「俺は石橋を叩いて渡る性格なんだよ!」

「その橋が罠なら叩いている余裕なんかないよ」

「……何が言いたいんだ」

「お兄ちゃんは僕より戦闘下手って事。それに、まだ気づいてないでしょ」

「何がだよ……」

「全ての言葉が解るから気づけない。今、お兄ちゃんが発している言葉は人の言葉じゃないよ」

「は? 今まで使ってた言葉で話せてるんだが」

「お兄ちゃんの話す言葉は一つじゃない」


どういうことだ。

俺は誰とでも会話できる筈じゃねえのか。

下等なものは除くとは言っていたが、モフモフだってデォスヘルだって言葉が通じていた。


「村に来た時の騒動でお気づきかと思っていましたが、私の勘違いでしたか」


久しぶりに存在感を現したナビを俺は睨む。

また、こいつの説明不足か、と怒った所で仕様がないか。

今は俺が気づけない事を説明してもらうべきだろう。


「簡潔に言いますと、AとB二人がいて話す言語が違った場合、あなたがAに話した言葉はBには通じていません。逆も然りです。そして、現状グリュイは人の言葉ではなく違う言葉を発しているため、村人にはあなたの言葉は理解できていません」


普通の通訳ならば、日本語、英語、フランス語、国ごとに違いが分かっただろう。

しかし、俺は全てが日本語に聞こえる。だから、勘違いしていたのだ。

俺の言葉が理解できるのは、俺が対話している相手とその言葉が解る者。

グリュイは人の話す言葉とは違う言葉も話せる。

そして、言葉の違いも分かっている。


「もし、相手の話す言葉が解らない場合はこちらから話すより、相手の言葉を待つことで会話がスムーズに進むでしょう」


相手の言葉にチューニングを合わすって事か。

俺から話しかけた場合、どんな言葉が出ているかわからない。

結果、相手を驚かすかもしれない。

そういえば、と俺は思い当たる節があったが、昔の事だと思い出すのをやめた。

考えることは、なぜ今この事を俺に伝えたのかだ。


「それは私ではなく、そちらに聞くのが一番でしょう」


ナビにつられてグリュイの仮面を見る。

木の仮面は、何の感情も見せずこちらを向いていた。

俺は何語を話しているのかも解らず、グリュイに言葉を発す。


「それを俺に解らせてどうしたいんだ?」

「もし、僕が今の言葉にを混ぜていたら、お兄ちゃんは解るのかな?」


木を刳り貫いただけの簡素な仮面が、やけに不気味に感じられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る