79.水を得た魚
ルアファが目を覚ます少し前。
グリュイがルアファを助けた事を話し終えると、それまで黙っていたクメギが立ち上がる。
俺は寝そべりながらそれを見上げた。
体の痛みは引いてきていたが、腹に特大の拳を受けた事で気怠さが重く残っていた。
身体強化をしようがスタミナが増えるはずもなく、元から少ないスタミナが数か月の狩人生活で人並み以上に増えるはずもなく、真面に攻撃を食らえば簡単になくなってしまう。
まだまだ俺は弱い存在なのだ。
役に立ちたいという思いが強くなる。
力を込めた体がズキリと痛み、俺は弱弱しく溜息を吐いた。
「少し向こうの様子を確かめてくる」
そう言ったクメギが見ている先は霧の向こう。
グリュイが指差したシュロさんとムクロジの戦っているであろう場所だ。
「このままここにいても得られる物もなさそうだし、僕も付いて行こうかな」
「ちょ、ちょっと待てよ」
俺は慌てて起き上がり、脇が痛みを主張した。
痛みに顔をしかめる俺を見下ろし、グリュイがやれやれといった感じで両手を広げる。
「もしかして安全な場所まで連れて行ってくれなんか言わないよね」
「違う。俺も付いて……」
「その体でどうにかなると思ってるの?」
「少し待ってくれれば、動ける……から」
「その時間があるとでも思ってるの?」
「無いから言ってるんだ」
「餌だとしてももっと意気が良くなきゃ釣れないと思うよ」
「……」
きつい言い方だが、まさにその通りだろう。
我儘を言っているのは自覚していた。
それでも役に立ちたいという思いが強く動く。
俺がやると言い出した事なのに,蓋を開ければ俺は開幕退場。
その状況が納得いかなかった。
「少しの間、父を頼む」
内に向いていた目をクメギへ向ける。
真正面から見返された。時折、見せる頼りないクメギの顔ではなかった。
クメギもこの作戦に覚悟を決めているのだ。
いや、俺よりこの村に住み続ける村人の方が覚悟がいる。
その村を危機に晒しての作戦。
そんな事は解っていたはずなのに、気押されたのは俺の方だ。
ルアファへ目を向けた一瞬、クメギはこちらへ背を向け霧へと足を向けていた。
「ステージは僕が作るよ。その上に登るのは……分かってるよね」
グリュイがクメギを追いかけ霧の中へ消えていくのを、俺は黙って見送るしかなかった。
二人が霧の中へ消え、暫くしてルアファが目を覚ます。
俺がルアファに八つ当たり気味に抓っている中、事態は俺の見えない所で進んでいた。
俺がルアファの鼻を引っ張り上げている横で、霧が急速に動き出す。
薄まっていくのではなく、一点に吸い込まれていくようだった。
その点から雄叫びが響けば、誰でも予想がつくだろう。
ボス猿の復活だ。霧は勢いを増し、凝縮していく。
塀の上の村人たちが、霧の吸い込まれている方を見ながら騒いでいるのが見えた。
指をさし、何かを訴えているようだ。
俺の横でも雄叫びを聞いたルアファが叫んでいた。
這いずるように森へと逃げようと手足をばたつかせる。
無茶苦茶な匍匐前進なのに素早いと感心している暇はない。
森には
案の定、ルアファを待ち構えるように痺猿たちが顔を出す。
ルアファはまた叫び声をあげ、森とは反対、村の東門へと奇妙な匍匐前進で逃げ出した。
それを追いかけようと森から飛び出した痺猿に向け、俺は火の玉を放つ。
これ以上厄介ごとを増やしたくはない。
地を焦がし森から抜け出た痺猿の一匹に火の玉が直撃する。
体ごと燃え上がることはなかったが、抑制にはなった。
追随しようとしていた痺猿たちは、慌てて森へと引き換えしていった。
ルアファはというと東の門を超えて北の森まで行ってしまいそうな勢いで逃げている。
霧の中も気になるが、ここは一旦、村へ戻った方が良いかもしれない。
俺は地面の上で暴れるルアファを追いかけた。
痛みはまだあるが動けなくはない。
問題は暴れるルアファをどうやって村へ連れていくかだ。
混乱してこちらの声も聞こえていないようだし、力ずくで連れ戻すほかないようだが、俺一人では到底無理だ。
誰か暇そうな奴はいないか。俺は周りを見渡す。
門の所に一人いた。あれはルートヴィヒか。
前線じゃなく、裏手の見張りを任されていたようだ。
「おーい。ちょっと手伝ってくれ!」
ルアファに何とか追いついた俺は、足首を捕まえて進まないように踏ん張りながらルーヴィヒを呼んだ。
「ルアファさんじゃないですか! 大丈夫ですか!」
「村に連れて帰りたいんだが、俺だけでは無理なんだ」
「どうしてこんな事に!」
「急に新しい泳ぎ方を思いついたらしくてな。いいからお前も、片方の足首を持ってくれ」
「新しい泳ぎ方って何ですか! どう見ても普段のルアファさんじゃないですよ!」
困惑しながらもルートヴィヒは足首をもって進まないように力を込める。
「人にはな。突っ走りたい時ってのがあるんだよ! この場合は突っ泳ぎか」
「それでも泳ぐなら水の中でやってくださいよ。なんで地面の上で泳いでるんですか」
「体を突き動かす衝動を抑えれない程の泳ぎ方を思いついたって事だろ。そんな事より方向を変えるんだ」
「どう見てもこんなルアファさんおかしいですよ!」
「口じゃなく体を動かすんだ! ルアファのように」
俺とルートヴィヒはそれぞれ足首を持ち、ルアファが門へ進むように角度を変える。
俺の掛け声とともに足首を離すと、ルアファは水を得た魚のように地面の上を泳いでいった。
「よくやった!」
俺はルートヴィヒに親指を立て笑みを浮かべる。
「それで、どうするんですか。あの人……」
引き攣った笑みを浮かべるルートヴィヒに、俺は言ってやった。
「ほっとく」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます