78.真実と嘘

「やっと目を覚ましたか」


俺はまだ焦点の合わないルアファを威圧的に見下ろした。

ルアファは木の根にもたれ掛かるように寝かせている。

その横に俺は胡座をかいて座る。

時間的に魔力は回復したが、ダメージはまだ残っている。

だが、それを気にしている場合ではない。

作戦はまだ終わっていないのだ。


グリュイ、クメギの姿はなく、ここにいるのは俺とルアファだけだ。

ルアファは気絶していたからその変化にも気づかないだろう。

ぼやけていた目が俺を捕らえ、ルアファの顔に気難しい表情が戻る。


「何故お前が?!」

「襲われたところを助けたっていうのに、覚えてないのか」


当然俺が助けたわけではない。

俺に助けられたと思ったのか、ルアファの顔にさらに皴が増える。


「覚えてない訳ではないが……」


どうやらはっきりとは覚えてないようだ。

俺が助けたと思わせておけば、こちらの質問にも素直に答えざるを得ないだろう。

こちらから助けたとは言わない。

だだ、ルアファが勝手に勘違いしたのだ。


「襲ったのはムクロジだという話だが、本当か?」

「……」


記憶が蘇って来たのだろうか。

ルアファの顔に恐怖が張り付く。

何かに耐えるように口を固く結んだルアファだったが、しばらくして耐え切れなくなったのか激しく咳込んだ。

散々咳をしたルアファは目線を落とし、こう呟く。


「あれは……ムクロジじゃない」


今度は、俺が驚く番だ。

性格の悪いルアファだとしても、この状況で絞り出すように吐き出した言葉に嘘はないはずだ。

村人たちが口々にムクロジの名を口にしたと、グリュイは言っていた。

グリュイの嘘か。いや、嘘ではない。嘘をつく理由があったのか。

グリュイを信じたいが、完全に味方だと信じられるかというと、いまいち信じがたい存在だ。

軽い噓なら簡単に付きそうなキャラといえば良いか。

結果が良ければ過程はどうでも良いと思うタイプ。

だから村に潜入するときにお香の力を使った。

しかし、俺の言葉を守ってそれ以降は使っていないと思う。

俺の前だけかもしれないが……


これでは埒が明かない。考え方を変えよう。

グリュイかルアファどちらが信じられる存在か。

この考え方だと圧倒的にグリュイに勝敗が上がる。

簡単なことだったな。ルアファは嘘をついている。

今はそういうことにして話を進めよう。


「ムクロジじゃないはずはない。村人全員が口を揃えていたんだぞ」


そうだ。全員が見間違えるはずがないんだ。


「姿形だけを見ればな。だが、あいつらはムクロジの顔を見ていない……」

「恰好が同じで、顔が別人だったということか?」

「私はムクロジのあんな表情は見たことがない。変わることのない仮面のような表情で敵意を滲ませていた」


結局はムクロジだったって事か。紛らわしい言い方しやがって。

いろいろ考えて損したじゃねえか。


しかし、気になることがある。

外見がムクロジだったとしても中身が違うことがあるのだろうか。

屍は怨念で蘇るという言葉が過る。

ムクロジが蘇ったら当然村人のために動いてくれるものだと勝手に思い込んでいた。

怨念が痺猿ひえんに向くものだと思っていたからだ。

しかし、実際はシュロとルアファに向いていた。

そうなるとムクロジは二人に恨みを持っていたことになる。

まだ俺の知らない事情というものがあるのか。


「蘇ったムクロジは怨念に突き動かされているはずだ。ムクロジに襲われたのは何か恨みを買っていたと言う事だろ」

「馬鹿なことを言うな。生まれてから今まで恨みなど買ったこともないわ!」

「はあ? どの口が言ってやがる! 恨みしか買ってないだろうが! この口が悪いのか! この口か!」


気が付いたら俺はルアファの唇をつかみ思いっきり捻っていた。

ルアファは呻きながら俺の腕を掴み、引き剥がす。

心なしか唇が腫れている。良い気味だ。


「私とて馬鹿ではない! お前のような訳の分からぬ者は貶めるが、娘の婿に迎えようという者を貶めるはずがないだろうが!」

「はああ?!」


俺の覇気でとっさに構えるルアファ。

さっきの捻りがよっぽど効いているのだろう。

だが、俺も怒りを抑える。言い方は腹立たしいが、言っている事は分かる。

さっきので指に涎ついてそうだし、軽々と人の口を抓るものでもない。


さり気なく近くに浮いていたナビで拭こうと手を伸ばしたが、軽々と躱された。

こういう問題だと一切口を出そうとしないナビは、このままいくと絶滅危惧種になるのだろう。

いや、天然記念物か。

そんなことを考えている暇ではなかったな。

俺は頭を振り、ナビを振り払うと原因を探る。


「人知れず恨みを買っていたんじゃないのか?」


世間的には良い関係を築いているように見えて、実は……てやつだ。

裏ではドロドロした昼ドラのような関係だとしたら、真っ先に襲われて崖の上に連れていかれるのだ。

ルアファが崖から落ちたとしても誰も悲しまないだろう。

そう考えると悲しい存在だな。


「こんな小さな村で人知れずなどと出来る訳がなかろう」

「クメギに秘密持ってるじゃねえか!」

「クメギと私では立場が違うのだぞ。村長でなくとも、同等の情報ぐらい私の耳にも入る」

「誰にも言わない秘密を抱えていたとしてもか?」

「そんなもの目を見れば分かるわ!」

「はああ? どの目が言ってんだ! この目が悪いのか! この目か!」


俺は怒りを抑えられず、ルアファの瞼を思いっきり抓っていた。

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