72.不利な振りして実は不利
「東側からも来てるぞ!」
槍を突き下ろす俺達の上から、見張り人が叫ぶ。
すぐさまクメギと数名が東側に走った。
東側にも高台を設けてあるが、門から南側だけだ。
更に広い場所を守ろうと人をばらせば、
全体的に村を守れるほど人がいない今、局部的に人を固めるしかない。
戦局が苦しいのは、こんなにも多くの痺猿が責めてくると読めなかった俺の責任でもある。
しかし、何とか乗り越えるしかないのだ。
俺は歯を食いしばり、槍を痺猿に突き立てた。
痺猿に対して、村の人達は必死に応戦していた。
東側に広がり人手が薄くなっても、一進一退の鬩ぎ合いが続く。
しかし、膠着状態が長くなる事で不利になるのは体力のないこちらだ。
腕を引っ掻かれ麻痺したのか、片手で槍を振り下ろしている人もいる。
疲労が蓄積し、石や槍といった武器も減ってきた。
石は投げれば減るし、槍も何度も突けば折れる。
折れなくても痺猿に突き刺さったまま、落ちていく。
そして、手持ちが減ってくると焦りが出る。
その焦りが事故を起こす。
一人の村人が槍を持ったまま引き摺り落とされた。
餌に群がる鯉の如く、仲間を飛び越え村人に飛び掛かる痺猿。
悲鳴を上げる村人が痺猿に埋まっていく中、俺の体は空中にあった。
村人に伸し掛かろうとする痺猿に槍を投げつけ、口を大きく開けた痺猿の上に飛び降りると、村人の上で立ち上がった痺猿に火の玉を投げつける。
そのまま倒れている村人の横まで転がり、村人を跨ぐように立ちあがった。
手にはすでに火の玉を浮かべてある。
憎々しげに牙を見せ、痺猿が俺を囲うように離れていく。
やはり獣、火を怖がるか。
今の一瞬で、村人の体中に切り傷が出来ていた。
探せば噛まれた後もあるかもしれない。
息はあるが、痙攣して危ない状態だ。
「大丈夫か!」
シュロさんの声と共にロープが落ちてくる。
だが村人は自力で上がる所か、体を動かす事も無理だ。
俺も周りを囲む痺猿の警戒で、村人の体にロープを結ぶ隙もない。
もう一人降りて来てもらうべきか。
いや、その分戦力が下がっては元も子もない。
降りてきた村人を俺が庇えるかどうかも怪しい。
「モフモフ!」
俺に呼ばれ嬉しそうにモフモフ達が駆け降りてくる。
吹き矢を持っているモフモフしか出番なかったから当然だろう。
やっとお前達にも出番が来たのだ。
「お前たちに任務を与える。村人の体にロープを巻く仕事だ」
「任せろ。俺達、体にロープ巻くの得意」
どう得意なのか分からないが、モフモフ達は張り切って村人にロープを巻いていく。
一巻き、二巻き、三巻き、もっとロープを垂らせと上に指示を送りながら、更に巻いていく。
ちょっと待て、この状況でもお前たちは訳の分からない事をするのか。
「その人を上に引っ張り上げるだけでいいんだよ!」
俺の言葉で驚いた表情を浮かべるモフモフ達。
なんで毎回、俺の言葉が通じねえんだ。
やちったみたいな顔を、こっちに向けて来るんじゃねえよ。
この状況でモフモフに構ってる暇はない。
ちょっかいを掛けてこようとする痺猿に火の玉を向けながら、俺はモフモフにも気を向ける。
やっと結べたのかモフモフが上に指示を出す。
村人はゆっくり回転しながら塀の上へと上がっていった。
どういう結び方をすれば、ああなるのだろうか。
うっかり落ちたばっかりにひどい扱いを受けたものだ。
次のロープが落ちてくるまでにモフモフ達は木槌で応戦していた。
俺は近場の矢を引っこ抜き、火玉で槍を炙る。
槍の先には赤く熱された石。
それに手を伸ばした痺猿が悲鳴を上げ、森の中まで逃げていった。
かなりの熱さで、びっくりしたに違いない。
思惑通りにいったことに、思わず笑みが浮かぶ。
しかし、その笑みは驚愕の表情へと変わる。
森の木々を跳ね上げ、ボス猿が飛び出してきたのだ。
ボス猿は柵も跳ね飛ばし堀を軽々超えると、塀に激突した。
塀が傾ぎ、村人達の悲鳴が上がる。
バランスを崩し、高台から落ちた村人もいるかもしれない。
余裕を見せている場合ではなかった。
俺は焼けた石槍をボス猿に投げつける。
突進しようと構えるボス猿の腕に突き刺さり、ボス猿が怒号した。
ダメージがないのかボス猿は引き抜いた槍を、俺に向かって投げつけてくる。
辛うじて躱せた槍は塀に深々と突き刺さった。
槍の威力に生唾を飲み込む俺の前に、ロープが落ちてくる。
「早く上がって来るんだ!」
声に頷き、手を伸ばす。
しかし、先にロープを掴んだのは痺猿。
その痺猿にモフモフが掴みかかる。
堪らずロープが離され、痺猿とモフモフが揉み合う様に転がった。
どんどんまずい状況になっていく。
このままロープを降ろされるのを待つのは得策ではない。
脅威が迫る状況で良い考えが浮かぶはずもなく、焦りだけが広がる。
どうすれば良いのか。
痺猿に目を走らせた俺の手から火が消える。
慌てて火の玉を浮かべるより前に、痺猿は襲い掛かって来ていた。
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