68.村の秘密
「お姉ちゃんがトップに立てなくても、お嫁になれば地位を確立できるよね」
「確かにそう考えていた節もあった」
村長に振られ、シュロさんが応える。
ルアファはクメギをシュロさんに近づけるように動いていた。
しかし、クメギはシュロさんではなく弟のムクロジを選ぶ。
それに気づいたルアファは、ムクロジをトップに立てるようにシュロさんに迫った。
ルアファらしい分かり易い考え方だ。
鞍替えするのも早かったに違いない。
シュロさんは地位を求める性格ではなかった。
すんなり弟に地位を譲る事を認める。
それから二人の仲は良好に進み、夫婦となる日が近づいていた時、洞窟の事件が起きる。
その後はクメギに聞いた通りだ。
「もしかして、クメギは……」
「そうだ。クメギは事件の記憶が曖昧ばかりか、事件以前の記憶が欠けている」
「それに逸早く気付いたのはルアファだ」
シュロさんが付け足し、そのまま話を繋いだ。
ルアファは全員にムクロジとの関係を秘密にするように頼んで回ったという。
九死に一生を得た後、ムクロジを失ったクメギはショックを受けていたに違いない。
記憶を無くしていたことが、回復の一端になったとルアファは思ったのだろう。
何かを切っ掛けに記憶が戻る事を恐れ、事件の話はタブーとなる。
村の人達の行ないは最善の手ではなかったと言ったが、今の状況と俺だから言えた事なのだ。
村の人達は弱く、俺より必死に生きている。
ログさんの顔が過る。ログさんは言った。強いからそう言えるのだと。
俺の行動や言動は間違っているのだろうか。
俺のやろうとしている事は正しいのだろうか。
「その秘密の代わりにお姉ちゃんを狩人として復帰させたのか」
相変わらず配慮のないグリュイの言動に俺は顔を上げた。
「深手を負い死線を彷徨ったクメギにそのような事を言える者は誰もおらんよ」
「復帰はクメギが決めた事だが、狩人の欠けた村の状態を知って決めたのだろう。私も心では反対しつつ村の為に動いていた」
シュロさんが悲しそうに告げる。苦渋の選択という奴だ。
この件でシュロさんの歯切れが悪いと思ってはいたが、こういう秘密を抱えていたのだ。
それを聞かせまいとルアファは強引にクメギをこの場から連れ出した。
ルアファは事件の事を掘り返そうとしている俺達を疎ましく感じていたのだろう。
だから俺達の行動を阻止しに来た。
村の人達が協力したのもクメギの記憶の為だ。
ルアファが望むのは変わらない日々を繰り返す事。
知らなかったとはいえ、タブーに踏み込んでしまう前に何とかしたかったに違いない。
「村としては、この件は飲む事が出来ない。クメギにはこちらから伝えておこう」
このまま村全体の話し合いになるかと思いきや、いきなりの終結を迎えてしまった。
俺達がやろうとしている事は、村の反対を押し切ってまでやる作戦ではない。
このままクメギは秘密を思い出すことなく、傷の痛みを抱えて生きていくのか。
ムクロジを埋葬するという願いは魔物のいない今しかないというのに、クメギを助けるために動くと決めたのに、こんな所で躓いてしまうのか。
俺は悔しさに拳を強く握り込む。
「もしかして、お兄ちゃん諦めちゃった?」
「この作戦は村の協力が無ければ成立しないだろ」
「僕の力忘れたの?」
グリュイは袖口から香炉をちらつかせる。
そうだ。こいつは記憶を操れるんだった。
「魔物に村が潰されても、お姉ちゃんの記憶が戻らなければいいんでしょ」
「村が潰されるのも困るのだが……」
村長が困ったように頬を掻く。
俺が念を押すと、グリュイは出来ない事は言わないと答えた。
グリュイに頼りきってしまうが、何とかなるかもしれない。
いや、駄目だ。俺はグリュイに村人の記憶を操るなと言った。
それを俺の都合で変えるのか。
「全ての記憶を覚えていれば幸せなの? 辛い想いを忘れる事で生きていられる場合もあるでしょ」
知らぬ間に近づいて来ていたグリュイが、俺だけに聞こえるように囁く。
全てを受け入れるのではない、かといって全てを否定するのでもない。
ある個所を抜き取りそれを束ね、加工されたのが人の記憶なのだ。
グリュイの力もそうだ。力が悪い訳ではない。
使い方で良くも悪くもなる。
俺の考え方が極端だったのか。
俺は床に向いていた目線を村長に戻した。
「クメギの記憶に関してはこちらでなんとかします。そして、もし蘇った魔物が村を襲って来ようとも必ず倒して見せます。もう一度考え直してくれませんか」
俺はまっすぐ村長を見据え訴えかける。
しかし、村全体の事、村長も簡単に頷く事はしない。
押し黙って考える村長。
そのまま静かな時間が流れる。
静寂を破ったのはシュロさんだ。
「村長、私からもお願いします。弟を、ムクロジをちゃんと弔ってやれるのは彼らのいる今しかないかもしれません。村を守る狩人として私情を挟むのは間違っていると自覚しています。しかし、千載一遇の機会を何もせず見過ごすのですか」
村長は腕を組み項垂れる。
正解の分からない選択を迫っているのだ。
暫くして村長は暗い表情で語り始める。
「私達は弱い。一度、魔物の群れが襲ってくれば、無傷では済まされないだろう。今まで村は幾たびも襲われてきた。そのたびに傷つき壊れ、苦しい生活を強いられてきた」
言葉を切った村長は立ち上がる。
「だからと言って、彼らという強い力を得て何もせずとも変わっていく村を、傍観者としてただ眺めていくのか。弱い事に胡坐をかき、ただそれを嘆くのか」
非力に見えていた村長が力強く拳を握る。
「ここは私達の村だ。恐怖で縮こまっていて村の発展はない。この村の主役は私達だ。今ここでやらないで何時やるというのだ。見せてやろう。彼らに私達の力を! 見せつけてやろう。魔物共に私達の力を! その先にこの村の未来があるのだ!」
村長の言葉に村人の歓声が上がる。
翌日の昼、村人を集め、村長が今回の作戦と胸の内を演説したのだ。
村の人の意見を聞くと言っておきながらこの演述。
俺は改めて村長を見直した。
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