第78話
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「……」加納先生、早く出てくれ。
片手で携帯電話を持ちながらも、波多野刑事は馬乗りになって凶暴になった息子を押さえつけていた。しかし殴られたり、蹴られたり、噛み付かれたりして、こっちの方がダメージは酷い。着ていたアメリカン・イーグルのポロシャツはボロボロで、あちこち血が滲んでいた。防御するだけで攻撃は出来ない戦いだが、やってられるのは警察に入って習得した格闘技のおかげだ。だが苦しい。左の肩がズキンズキンと痛む。もう、いつまで耐えられるか分からなくなってきていた。若いだけに息子の力は無尽蔵だ。こっちは限界を感じ始めていた。
今は片手しか自由に使えない。息子が息を切らしているので少しの間はあるはずだ。加納先生と連絡が取りたかった。
学校で何かが起きているか、それとも起きようとしているのか。彼女の身が心配だった。
呼び出し音は鳴り続けている。でも応答がない。
波多野は学校で何かが重大な事が起きていると確信した。すぐにでも駆けつけたいが--。「あっ」
息子の孝行が勢いよく身を翻したのだ。こんな力が、まだ残っていたのかと驚かされる。と、同時に強烈なパンチも飛んできた。かわすことは出来たが、波多野は手にしていた携帯電話を落としてしまう。
しまった。加納先生と連絡が取れなくなった。もう息子の相手だけで精一杯だ。きっと彼女も学校で窮地に立たされているに違いない。
「うっ」
息子の両手が横から波多野の首に回る。まずいっ。転がっていく携帯電話を目で追っていた僅かな隙を突かれてしまう。締め上げてくる。その力の入れ方に躊躇いがない。
こいつは自分が父親の息の根を止めようとしていることに気づいていない。誰かに操られて、目の前にいる敵と無意識に戦っているのだ。
苦しい。呼吸が出来ない。目の前が真っ暗になってきた。
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