第73話

  73 三月十二日 金曜日の午後 2


 とうとう明日になった。

 山岸涼太は自分の席に座りながら、心は穏やかではなかった。心配していた。絶対にヤバいことが、この二年B組の教室で起きると思う。みんな集まるべきじゃない。

 仲間の相馬太郎と前田良文は集会へ行く気だった。二人は黒川拓磨に洗脳されていた。奴の言いなりだ。オレは、そうじゃない。賛同するような態度は見せてるが、心の中では毛嫌いしていた。手を切りたい。だけどそれを口に出せば、とんでもない目に遭わされそうな気がしてならなかった。

 黒川拓磨は人間じゃない。何か悪魔みたいな存在だ。周りにいる連中を唆して破滅の道へと誘う。今、二年B組の生徒たちは多くが何か問題を抱えて悩んでいる感じだ。前と違って全員に活力がなかった。

 黒川の野郎は、明日みんなを教室に集めて一体何をやる気なんだ? 加納先生も来るんだろうか? 絶対に行くべきじゃない、と山岸涼太は考えていた。

 どうしよう。加納先生に忠告すべきか、このオレが? これまで山岸涼太は、ずっと君津南中学校の問題児として見られてきた。勉強はしないが悪いことは何でもやらかす。それが教師たちのイメージだ。まあ、その通りだから仕方ないが。

 そんなオレが加納先生を助けようと行動を起こして、信じてもらえるだろうか。不安だ。笑われて終わりかもしれない。

 「加納先生、黒川拓磨には近づかない方がいいです。絶対に何かを企んでいる。奴を無視して下さい」こう言ってあげたい。

 クラスは、最後のホームルームで担任の加納先生を待っていた。

終わったところで呼び止めて、忠告すべきだろうか。なんか恥ずかしい。

 山岸涼太は迷っていた。オレらしくない。正義の行動を起こすことに躊躇いを覚えた。

 視界に黒川拓磨の後ろ姿を認めた。大人しく席に座っていた。見る限りでは普通の中学生と変わらない。しかし山岸涼太の霊感が強く警告を鳴らす。奴とは一切関わるな、と。

 五十嵐香月が近づいて黒川に何か話しかけた。二人ともニヤッと笑う。えっ、マジかよ。あの二人、出来てんのか? すると黒川が左手で五十嵐の顔を撫で始めた。それを嫌がらないどころか、五十嵐香月は唇に触れると奴の指を、おどけて口に含んだ。見ていた山岸涼太は、びっくりだ。

 学校で、そんな事やっていいのかよ? なんか、すごくエッチな感じ。校則違反じゃねえのか。いや、待てよ。さすがに生徒手帳には、校内で女子生徒が男子生徒の指をしゃぶってはいけません、なんて書いてなかった。じゃあ、許される行為なんだろうか? 

 しかしだ、学校で最も綺麗な女の一人と評される、あの五十嵐香月を転校して来て何ヶ月も経っていないのに、モノにしてしまった黒川拓磨って奴は凄い。こんな調子でクラスの全員を言いなりにする気だろうか。それってヤバい。誰かが阻止しないと大変なことになりそう。でも誰がいる、そんな正義のヒーローみたいな生徒?

 うっ。

 一瞬で山岸涼太は恐怖に足が竦んでしまう。前方の別々の席に座っている相馬太郎と前田良文の二人が、わざわざ後ろを向いて自分を睨んでいるのに気づいたからだ。その視線は敵意を含み、はっきりとしたメッセージを送っていた。『お前、黒川拓磨の邪魔をするんじゃないぞ』、だった。

 オレがリーダー的存在だったはずだ。なのに、その力関係は崩れた。連中は黒川拓磨を後ろ盾にして態度がでかくなっていた。無力感が山岸涼太を襲う。

 やめた。加納先生に忠告はしない。自分の身が大事だ。山岸涼太は下を向いて何も考えないことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る