第70話


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 「どう思いますか?」加納久美子は電話で、これまでの経緯と桜井氏から聞かされた話を、君津署の波多野刑事に説明した。内容は大まかで五十嵐香月の妊娠については伏せた。しかし双子を身篭るという事実は重要な意味を持っていると意識していた。

「信じられないですよね?」相手の反応を促した。

「……そうですねえ」波多野刑事は言い難そうに答えた。「ですけど話して下さったことには感謝しています。知っているのと知らないのでは大きく違いますから。もし何かが起きたとしても、素早く対応できます」

「じゃ、良かった」

「加納先生」

「はい」

「十三日の土曜日は、私も学校へ行って待機しましょうか? 丁度その日は非番なんです」

「……」有難い。でも……、もし何も起きなかったら。

「何時ごろに学校へ行かれますか?」

「たぶん十時前です。早めに行こうと思っています」

「どうしましょう、僕は?」

「そうですね……、お言葉は嬉しいのですが」

「一人で行動するのは勧められませんよ」

「安藤先生がいます。彼女も事情を知っている一人です」

「しかし、……女性ですよね」

「ええ。まあ、そうですけど」

「私が学校の中ではなくて、外で待機しているというのは、どうです?」

「いいえ、そこまで。もし何も起きなかったら……」気が引ける。

「用心の為ですよ」

「待ってください。孝行くんも学校に集まる約束をした一人じゃなかったですか?」

「そうです」

「では自宅で息子さんの様子を見ていて下さいませんか?」

「……」

「もし彼が学校へ向かう様子を見せたら連絡を下さい。後を付けるなりして、こちらへ向かってくれませんか」

「なるほど」

「その前に学校で何かが起きる様子がありましたら、すぐに波多野さんに電話をします」

「わかりました」

「ありがとうごさいます」

「でも加納先生、くれぐれも気をつけて下さい」

「わかりました」久美子は応えた。

 とても現実とは思えない、怪奇映画の脚本みたいな話なのに波多野刑事は聞いてくれた。馬鹿にした様子もない。本当に心配してくれているみたいだ。加納久美子は心強い味方を得た思いだった。

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