2-21 一縷

 基地外縁部パージから数分後、前司令直近の部隊によって民間人全員と職員の6割が司令室へと辿り着くことができていた。深夜だったため自室にいるものが多く、一般職員の生活区画も民間人と近いブロックにあったことが幸いした。


 現在は基地内の各シャッターを下ろし籠城戦状態となっている。地上階層は既に遠距離からのミサイルによる爆撃で滑走路や電磁加速式緊急発進砲塔スクランブルドライバは使用不能。ドックは既に制圧されていた。


 そしてここに、有須と鈴の姿はなかった。


 外ではいくつかの爆発音が聞こえてくる。恐らく耐水圧シャッターを破壊する音だろう。ここに辿り着かれるのも、時間の問題だった。


「セヴンスのところに行きたいの?」


 突如、リコが口を開く。


「リコ? それはそうだけど……」


「できるよ。あの子はもういないけど、力だけは残ってる」


 ドックの奥で封印されている人型ベイカント、フェンリル。あれの力を使うのだとリコは言う。周りの者が混乱している間に、リコはそれをはじめた。


 抜け殻であったフェンリルが動き出す。胴体と頭だけの状態から胴体に使用している全てのDDLの形状を変化させ、針のように勢いよく伸ばす。壁を貫き伸びたその先には一般の機体に注水するためのDDLが収められている曹があった。曹の壁が裂け、DDLが噴出する。フェンリルの針が触れ、リコの記憶をもとに意識を通してDDLの性質が変化してゆく。両腕が、脚が、翼が、形作られてゆく。


 隔壁をこじ開け、宙に浮かびながら一般の機体が収められているドックに現れたフェンリルに侵入者たちは次々と逃げ出した。ドックを制圧したフェンリルは武器と一体化した筒状の左腕を天に向けて掲げる。


「離れて。隠れて。すぐに」


 その場にいる全員が後ろに下がり机の裏に身を隠す。発射。かつて滑空砲であったフェンリルの左腕は、右腕の熱溶断ブレードと同じ熱量兵器へと変化していた。一条の熱線がドックの天井から司令室を貫き、垂直の大穴を開ける。


「何が起こっている。この回収物の力かね!?」


「リコです。リコ・ルーヴ」


「そんなことはいい。周詞すのり大尉の身柄を渡せ。そうすれば部隊の攻撃は止まる」


 水流中将が口を開く。


「やはり手引きしたのはあなたですか、水流する中将」


 対して、司令。気圧されることなく真っすぐに相手を見据えていた。


「この基地に一体どれだけの監視カメラと盗聴器が隠されていると思っている? 思いあがるのも大概にしたほうがいい。遠隔地に基地をつくり独立運用させるなど、その時点でリスクの塊ではないか。しかもそれが何かしらのDDLに関する発見をしたなどと。それを隠しあまつさえとぼけるなどと。国に従い、国を守る軍人として許される行為かね」


「……おっしゃる通りです、中将」


「他国に守られ、言いになりになるしかない我々が世界の優位に立つ千載一遇の機会なのだ。噂されているDDLのよる資源革命。これを以て我々が!」


「その我々とは、八洲とその同盟国のことか」


「そうだ。我々は八洲の軍人だ。まだ確保の連絡が来ない。早く周詞大尉を出せ」


 ノルンは、ここにいない有須と鈴のことを思う。無事であることは絶望的だった。二人はこの基地で最も頭がいい。確保の連絡がないということが本当ならば、まだどこかで隠れているのだろうか。誤ってパージに巻き込まれたとは考えにくい。――自分から巻き込まれない限りは。


「証拠を手に入れてから準備を終えるまで長くかかってしまったが――」


「――そうですか」


 司令は迷うことなく銃を抜き、中将の頭を的確に撃ち抜く。


「私は国を守る軍人である以前に、この世界に生きる人間です。これがただの延命行為であったとしても、私はその道を選びます」


 司令直近の部隊が遺体を片付け、ここにいる全ての者に向けて、司令は言う。


「これより作戦を伝える。これより行うのはここにいる一般職員と民間人すべての生存を目的とした亡命行為だ。——本来中立国であるノルウェーと、同国のセヴンス開発を行っている企業から羅刹と鹵獲したフェンリルのデータを引き換えに我々の亡命受け入れの打診があった。


 フェンリルによって開けられたこの穴から一般職員と民間人はロープを用いてドックへ降下、輸送機に乗り込んでいただきます。その後ノルン・ルーヴ、リコ・ルーヴ、納戸のと てるの3名と輸送機操縦以外のセヴンスライダー8名が垂直降下、自らの機体に乗り込み次第エレベーターでドックの地下72層まで降下。確認の後73層以下をパージ。各機体は前推力をもって機体が崩壊する前に海上へ浮上。空の脱出経路を切り拓け。


 輸送機はエレベーターで浮上限界である地下10層に待機。制空権奪取の後11層以下をパージ。海中から浮上、空中で待機しているセヴンスの誘導のもと目的地へと辿り着け。目標は環状基地群最北端、ノルウェー基地だ」


「どうするんだよ……俺たち帰れないのかよ!」


 移住していた民間人の怒号が響く。当然の感情だった。黙ってはいるが、事情も全て教えられず襲撃を受けている一般職員たちも同じ感情だろう。


「申し訳ない。ここにいる以上、国に帰れば拘束は必至だ。だからこそ、せめてもの仁義として我々は無関係の人々を守り抜く覚悟でいる。私が最後までここで指揮をとる。一刻を争う。どうか、頼む。信じて欲しい」


 司令が頭を下げる。この司令室は地下19層。制空権を奪取すれば11層以下はパージされる。この作戦に、司令自身の命は勘定に入っていなかった。その凄みに、誰もがこれ以上口を開くことはなかった。


 一人、また一人と降下してゆく。


「リコ、これから空に上がってみんなの逃げ道を作る。羅刹に乗りながらフェンリルを動かすことって――」


 リコは静かに首を横に振る。


「あの子にはもう、何も残ってないから。私が別のに繋がるとあの子も消えちゃう」


「わかった。私たちが外へ出るまで守ってほしい。できる?」


「うん」


 

 集まった全員が無事に輸送機に辿り着いたことを確認し、パイロットたちが降下してゆく。照が先行。リコはノルンが抱え、最後尾からゆっくりとドックに降り立った。


 輸送機がエレベーターに収められてゆくのを見送り、パイロットたちは各々の機体へと乗り込んでゆく。リコは抜け殻のフェンリルに向き合う。


「ありがとう。もう、いいよ」


 途端、フェンリルの体は全てがDDLとなり、跡形もなく消え去った。


 かつて戦争の終わりに現れ、数多くの戦士を屠り、ある時は照や司令を助け、またある時はGleipnir《グレイプニール》と照を食らおうとした神話の狼を名に持つベイカントは、ついに死んだ。


「――行きましょう」


 照の声でノルンとリコは一度だけ、三人でハイタッチをし、それぞれの機体と接続する。


 フェンリルのコードを削除された羅刹であったが、違和感なくノルンとリコは同調を開始する。


 照のGleipnir含め、計10機のセヴンスが起動。エレベーターへと収まり、現在使用できる武装を各自携える。これらの運用も、すべて司令とその直属の部下たち数名で行っていた。


 降下してゆく。巨大な筒状となっているドックは中央である72層と73層の間でパージができるよう設計されており、そこから海中へ出ることができる。だがそこは深海約365メートル。漆黒の闇とおよそ30気圧の水圧が襲い掛かる。


 その中をロケットエンジンであるセヴンスの全身に搭載されたバーニアを最大稼働で駆け上がり、海上への到達と同時に噴射飛翔翼のジェットエンジンを点火、SLBMのセヴンス版のような方法で空へ上がる。地下10層で待機している輸送機も同じく緊急離脱用のロケットブースターを用いて空へ上がる算段だ。


 全機、72層地点に到達。上下の耐圧隔壁が機体を挟む形で閉鎖される。ボルトが弾け、ゆったりと73層以下の基地が海の底へ沈んでゆく。


 司令からの通信。


「各員に告げる。説明もなく、このような事態となって大変申し訳なく思う。だが、これは――いや、よそう。制空権を確保し、必ずや輸送機を守り抜け。以上」


 今、DDLの事実を知っている者は4人となっていた。ここで全員死ねと司令が言えばそれで司令の目的は達せられる。しかし司令は巻き込まれた人命を救うことを諦められなかった。これを甘さではない。ノルンはそう断言できた。


 各機と通信が繋がる。起点となったのはGleipnir、照だった。


「戦隊各機。発進タイミングは私に委ねられました。本作戦の指揮を取ります、AWACS Gleipnir《グレイプニール》担当官、納戸 照中尉です。各自最高の働きを期待します。本作戦における戦隊のコードネームは“エインヘリアル”。各自割り振られた番号を確認してください」


 エインヘリアル。死してなお戦い続ける戦士の名。羅刹は一番機。以下、各機体が続く。


 各機から出撃準備完了のサインが集まる。


「全機発進。上がれ!」


 照の声を合図に、耐圧隔壁解放。機体ロック解除。


 10の機体が、暗く冷たい海へと飛び込んでゆく。

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