One good turn deserves another.―情けは人の為ならず―EP1

 マルセイは業務中でありながら携帯端末を取り出し、娘からのメッセージを確認をする。

「分かってる。俺も早く帰りたいよ」

 近年の犯罪件数増加に伴い、一部では完全自動化及び無人化された施設ですら、こうして警備員や緊急メンテナンスに備えた技術者が常駐している。


 例えば、闇市で出回ったマイクロハッキングチップは料金所に設置された機器のAIを意図も容易く改変してしまう。

 高速道路料金の未払いは違反者に留まらず、復旧が為されない限り無関係の一般車両ですら可能となってしまうため、損失額は膨大となり、また一台の受付機器が監視カメラの役割も担っていた場合、記録された映像そのものが書き換えられてしまう恐れがある。


 そういった最新式の仕様が導入されているのは交通量が多い都市近郊が殆どであり、Tokyoに繋がる高速道路では自然の摂理と言わんばかりに料金の未払いが多発した。


 治安の悪化に伴い警備会社の需要は急増。結果として、マルセイの勤め先は人手不足に陥った挙句、有給休暇を取得していた筈の彼を急遽派遣するという暴挙に出たのである。


 当然やる気が起きる筈もなく、マルセイは深いため息を吐きながら手短にメッセージの返信を行う。

「誕生日パーティは、パパ抜きで楽しんでくれ……」

 端末の操作がバレないように、警備小屋のデスクの下でマルセイは操作を終えた。

 その時、彼から見て左側遠方から、タイヤが激しく擦れる音が迫ってくる。マルセイは訝しげに外の様子を伺う。

 瞬間、眼前を通過した動体は残像すら捉えさせない。首を伸ばした彼の鼻先は風圧に押し潰される。

 白鯨の如き巨大な動体が、一瞬のうちに彼の視界を横切っていた。


 程なくして全身に衝撃が迸り、目に映る光景はコマ送りに流されていく。

 身体は宙に浮き、窓ガラスは割れ、フェンスはひしゃげていた。

 壁面に食い込んだ銃弾の如く、彼の眼前で動きを止めていたのは、白い小型トラック。


 感覚が正常化するに伴い、マルセイの全身に激痛が駆け巡った。一方で意識はハッキリとしている。出血した痕跡もない。勢い良く後頭部と背中を打ち付けたものの、辛うじて致命傷は免れていた。

 揺れる視界の最中、マルセイはゆっくりと立ち上がり目を凝らす。


「だ……大丈夫ですか……?」


 声をかけてみたものの返事はない。

 彼が運転席とその周辺を確認した限り、小型トラックは無人だった。

 得も言われぬ恐怖を感じたマルセイは小型トラックに背を向け、床に転がる携帯端末を拾い上げる。

 既に自分自身で解決出来る問題ではないと判断したマルセイは、すぐさま警察に通報した。

「もしもし。Saitama高速道路の料金所で警備を行なっている者ですが、小型のトラックが一台衝突しまして。ええ、それがですね、運転手の姿が見当たらなくて。見間違いとかじゃなく……はい。逃げた様子もないんです。扉が閉まったまま〈crush〉〈srrr〉……」

 冷静に状況の説明を始めたマルセイであったが、背後から響いた異音に反応し、彼は言葉を詰まらせた。


 恐る恐る振り返ると、トラックの荷台に幾つか穴が開いていた。

 先程確認したのはあくまでも運転席のみ。荷台の様子は曖昧に記憶していた。


「その、あとですね……荷台に妙な穴が。いま気が付いたんですけど……」


 マルセイは荷台から目線を逸らす。


 彼が抱いた違和感と恐怖はある意味正しい反応だったのかもしれない。だが、直面している脅威そのものが常識の範疇から大きく逸脱しているとは知る由もなかった。

 無人なのは事実である。しかし、そこには人ならざるものが存在していた。

 

 彼の視線が外れた途端、あたかも好機を伺っていたかのように、荷台の穴から黒い紐状の物体が這い出す。

 

 それは脈動し、血のような液体が滴っていた。関節は二箇所に存在するが、軟体動体と同様に全体をしならせながらそれは蠢いている。

 特徴を鑑みるならば、当て嵌まるのは何からの生物から生え出た四肢の一部、若しくは触手のような器官。

 まるで狡猾な毒蛇の如く、それはマルセイの死角から彼の背後へにじり寄る。マルセイは、己の身に迫る危険に気が付いていない。


 物体の先端は人間の右手と酷似した形状に開閉を行い、まるで獲物にかぶり付く捕食動物のようにマルセイの後頭部を鷲掴みにした。

 軽々と身体を持ち上げたそれは、彼を荷台に空いた穴の中へ呑み込もうとする。しかし、肩がつっかえて入りそうにない。その間マルセイはもがき苦しむものの、状況が好転する様子もない。


 すると、更に四本の物体が別の穴から出現し、彼の腕と手足を分断。それぞれ荷台の中へ収納していった。

 四肢を失った身体は絞り取られた雑巾のように、鮮血を吹き出しながら狭い穴の中に引き摺り込まれていく。


 端末が拾い上げた惨たらしい不快音を最期に、通話を繋げたままマルセイは沈黙した。

 事態の悪化を危惧した警官が現場に駆けつけると、衝突による破損の痕跡や、マルサイのものと思われる血痕は随所に見られたものの、肝心の小型トラックは見当たらなかった。

 手掛かりを求めて警備小屋の捜索に当たった警官らは、散開したガラス片の中に起動したままの携帯端末を発見する。

 液晶画面には一件の通知が表示されていた。メッセージ冒頭の数行まで内容が確認できる。

[私、パパが帰ってくるまで待ってるから。愛してるよ、パパ。お仕事がんば……]


――――――――――――――――


「Don't miss it」

 腕に現れた傷をなぞり、ジュンイチは囁き声でそれを読み上げる。

 鋭利に研いだ杭の先端を皮膚の表面に軽く押し当てたかのような、薄くか細い筈の切り傷は毒々しい色味によって視線を奪おうとする。

 描き出された文字は達筆の筆記体であり、節々に滲み出る書き味は不気味なほど使い慣れた様相を呈していた。

「お前も探し出さないとな」

 ジュンイチの顔色に感傷は伺えない。

 結露した鏡に指を添え、彼は曇った己のまなこを覗き込んだ。

 奥底から引き摺り出された記憶が、天を衝く悲鳴と熟れた血の匂いを想起させる。

(最後に笑っていた)

 ニューロンに焼き付いた声が木霊する。

(喪失しているならば、思い出させてやろう)

 ジュンイチの肩から背面全体を覆う筋繊維が蠢く。

 隣接する皮膚の一部は鬱血により変色し、顔には薄らと血管が浮かび上がった。

 一筋の雫が霧を払い除けると、裂けた白霧から男のまなこが彼を覗き込む。

 視線は鏡越しに交わされた。

 差し向けた己の瞳孔に正気はなく、理性すらもありはしない。

 瞳の奥底、深淵から溢れ出ていたのは執念と憎悪、そして憧憬の念。

 

〈PRRRrrrrr〉

「……」


 男が纏う静寂を払い、水回り一角を覆い尽くしたのは、ジュンイチの後方から鳴り響く着信音。発信人はケアリーだ。

 洗面台に掛かる体重を退けると、ジュンイチは重たい足取りで携帯端末を手に取る。

「ハロー、ジュンちゃん。ちょっと早めのモーニングコールだよ。元気してた? さっきぶりだね」

「……その呼び方はやめてくれないか」

「え〜、突っ込むところソコなの」

「……悪い。本気で言ってる」

 ジュンイチは眉間を摘み、目を瞑った。

 今は亡きカオリ・グランデマンの笑顔が、彼の脳裏を埋め尽くす。一斉に咲き誇る勿忘草のように。

 しかし、華々しく朗らかな記憶は息つく間もなく湾曲する。

 見開いた無数の瞳孔がジュンイチを覗いた。花開いた記憶全てが、一糸乱れぬ視線を送る。目を離す事は許されない。

 彼女は、惨たらしく辱められた。

 虹彩の奥に焼き付いたのは、無残な最期の姿だった。


 頭蓋骨の中でカオリの声がこだまする。ジュンイチを呼んでいる。

 カオリは親しみを込めて、幼き頃から彼を「ジュンちゃん」と呼んでいた。

 今はとうに捨てた名だ。

 二度と呼ばれることはないと、ジュンイチはそう思っていた。

「あー……なんか、変な地雷踏んじゃった? もっと踏んでもいい」

 あどけない口調と抑揚のない疑問形でケアリーは問う。

「用がないなら切る」

「冗談だって、悪かったよ。気を取り直してさ、テレビ付けてくれない? コメディやアニメじゃなくて、報道番組ね」

「……点けてくれ、Silva」

 薄型の液晶テレビがジュンイチの音声を認識しスリープモードを解く。


[〜速道路の料金所に無人の車両が衝突したと通報があり、警官数名が現場に駆け付けましたが、既に車両は無く、通報した警備員の姿もありませんでした。しかし、設置されていた監視カメラには、衝撃的な映像が記録されていました]


 高速道路に設置された監視カメラは決定的な犯行の瞬間を捉えていたようである。映像の内容について、肉声と聞き紛うような機会音声が事細かに説明を行なっている。

 しかし、凄惨な場面ではモザイク処理が多用されており、詳細は判別出来ない。

「……」

 ジュンイチの眉間に皺が寄る。

 彼の見地からすれば、明らかに『異端の造物』と呼ばれる超常的存在が関与している。しかし、こうして明るみに出る事は極めて珍しい。

「どお。興味あるでしょ、こういうの」

「そうだな……車輌は防弾性能の量産型輸送用トラック。富田工業製の代物だ。米国本土に繋がる輸送専用海底トンネルの方面でよく見かける。積載物の殆どは、政府公認の貿易品や運搬物資のはずだが……」

「いいね、私も似たような事考えてた。報道だと、事故にあった車輌が運んでいたのは、工業製品って事になってる。私はそうは思わないけど」

 推測を交えた風の物言いだが、ジュンイチはケアリーの声音の中に確固たる確信を汲み取る。

「勿体ぶるな。何を掴んでいる」

「今さっき運送会社のサーバーに手を突っ込んでね、掴んできたところ。ここ、東京病院から妙な依頼を請けてる。突拍子もなくイキナリね。匿名掲示板じゃあ、東京病院の勤務員を名乗る輩が、今日遺体を運び出したって騒ぎ立ててる」

「……投身自殺した患者か……?」

「やっぱ気が合うね。可能性、あると思うよ。名前は確か、コニー・オルコットだっけ。自殺の現場は不自然だったし、その後の対応も未公開でしょ。何より、貴方が追っていた違法薬物の売買にも関与していた。お膳立ては充分じゃないかな……ちなみに今、私の方で独占生中継してるんだけどさ、どうする? 中身、確かめてみたくない?」

「……」

 ジュンイチは当時の状況を想起する。

 子供に違法薬物を売り付ける現場を目撃したジュンイチは、売人の尾行を中断。力づくで阻止しようとした。

 その時乱入してきたのが変異体の女と、女の人質にされていた客引き係、コニー・オルコット。

 変異体は身の危険を感じると、反射的に本性を表す。少なくとも、コニーは変異体では無かった。あの時点では。

(変異体の女はその場で処理した。間違いない……。だが、奴がコニーに何らかの影響を与えていたとしたら。時限爆弾のような……。俺が、情けをかけた結果がこれか?)

「位置を教えてくれ。先回りする」

「えへへ、そうこなくっちゃ」


//to be continued……

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